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第一講 ドラクエの世界に見る、驚くべき「鉄」の価値とは?

地理講師&コラムニスト
宮路秀作

ドラクエの「どうのつるぎ」はなぜ安い?

突然ですが、読者の皆さんは歴代のドラゴンクエストシリーズをプレイしたことはございますか? 1986年5月27日に初代の『ドラゴンクエスト』が発売されて以来、およそ40年にもわたってシリーズ展開されている作品です。私は、『ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ…』が最も好きです。

さて、歴代ドラクエシリーズにおいて、ゲーム序盤で手に入る「つるぎ」として知られている武器に「どうのつるぎ」があります。ゲーム内における「どうのつるぎ」は攻撃力が低いことから安価で販売されていて、「はがねのつるぎ」の方が断然価格が高く設定されています。

当然のことですが、「どうのつるぎ」よりも「はがねのつるぎ」の方が攻撃力が高いからこその価格設定なのですが、「資源」という視点で考えると、どうも違和感を覚えます。

ゲームの世界にツッコミを入れるという実に大人げないことではありますが、そもそも鉄に微量の炭素を混ぜて作った「鋼」より、「銅」の方が高いのではないかと思うわけです。

もちろん、「市場の変動」「品質と合金」「地理的要因」「経済政策などによる規制」など他の要素が組み合わさることで、鋼の方が銅よりも高価格なることはありうるかと思います。

USGS(米国地質調査局)が発表した2021年の統計によると、世界における銅鉱の産出量が2060万トンなのに対し、鉄鉱石の産出量は16億5000万トンを数えます。文字通り「桁違い」、しかも二桁も違います。

このように鉄鉱石の方が銅鉱石よりも産出量が多いため、「産業のコメ」と呼ばれるほど鋼の方が一般的に広く利用されている現実があります。「広く利用されている」ということは、安価であることの裏返しだといえるでしょう。

鉄(Fe)
地球の重さの約35%を占めており、最も多く生産され、広く利用されている金属。鉄骨や鉄筋などの普通鋼はビルや橋、道路といった建造物に用いられている。特殊鋼は工具、構造材、バネなどに使用される。特殊鋼の一種であるステンレスは耐候性や耐食性に優れ、建材、医療器具、キッチン用品などに利用されている。日本の鉄鉱石の輸入量は年間1億200万トン。国内で毎年4000万トン以上発生する鉄スクラップも原料として再生し、中国、インドに次いで世界3位の年間8700万トンの鉄を生産している。

現実世界においては、紀元前11世紀には鉄製ナイフが作られたという記録が残っていて、これが、人類が最初に鉄を使った機会とされています。

ドラクエシリーズには「せいなるナイフ」という武器が存在し、これが何を材料にして作られているかはわかりませんが、やはり「どうのつるぎ」より高価なので、「銅」より希少価値の高い物質が材料なのかも。経済学的な視点だけが最適解を与えてくれるとは限りません。

「大酸化イベント」が鉄鉱石を産み出した

地球の成り立ちについて探求することは、宇宙の神秘に迫ることであるともいえます。

今からおよそ46億年前、太陽系の形成とともに、地球もまたその一部として誕生しました。このとき、無数の微小な粒子が引力によって衝突し、次第に大きな塊を形成し、ジャイアントインパクトによって月が誕生したとする学説があります。

月を従えた原始地球は、溶けた鉄と岩石が混ざり合った状態で、重たい鉄が地球の中心に向かって沈み、軽い岩石が表面に残りました。この過程で、地球の核とマントル、そして地殻が形成されました。

地球が冷え固まる過程で、大気や海洋が形成され、鉄と酸素が反応する環境が整いました。およそ25~20億年前になると、地球上に酸素が増加する大事象が発生したとされていて、これは「グレートオキシデーションイベント(大酸化イベント)」と呼ばれています。

このイベントの中心的な役割を果たしたのは、シアノバクテリアという光合成を行う原核生物です。シアノバクテリアは太陽光をエネルギー源として利用し、二酸化炭素と水から酸素と有機物を生成します。

当時、地球の大気中には酸素がほとんど存在せず、主に二酸化炭素や窒素、メタンなどで構成されていましたが、シアノバクテリアによる光合成が生成した酸素が徐々に大気中に放出され、地球の酸素濃度を上昇させました。これにより生物多様性、さらには生態系の進化に大きな影響を与えていきます。

この変化した環境下において、酸素を利用した代謝機構を備えた生物(好気性生物)の進化を促しましたが、一方で酸素に対して耐性のない生物にとっては厳しい環境となりました。結果として、生物の種類や分布に大きな変動が生じ、これをきっかけとして地球の生命史において新たな章が始まったといえます。

この大酸化イベントは、地球の自然環境にも影響を与え、特に鉄鉱石の形成に大きな役割を果たしました。酸素の増加により、地球表面の鉄が酸化され、バンド鉄鉱床(Banded Iron Formation、BIF)の大規模な鉄鉱床が形成される原因となったわけです。

およそ25億年前、地球の大気と海洋において酸素が増加し始めたことが、バンド鉄鉱床の形成を促しました。増加した酸素が海水中に豊富に溶存していた鉄と反応して、酸化鉄(Ⅱ)(FeO)や酸化鉄(Ⅲ)(Fe2O3)という形で酸化鉄を作り出しました。これらの鉄酸化物は水中で不溶性となって、海底に沈殿していきます。

この沈殿物は想像を絶するほどの長い時間スケールの中で層を形成し、プレートテクトニクスや堆積環境の変化によって複雑化していきました。

特にバンド鉄鉱床(BIF)は鉄が豊富な岩石で構成されているため、赤色と灰色の層が交互に積層しています。火山地帯では、地下深くからマグマが地表に向かって移動します。マグマが上がってくるときに、周りの岩石が熱くなり、この熱で地下水も熱くなります。

新太古代(およそ28億年前から25億年前)にできたものと思われるバンド鉄鉱床

この熱水には鉄分が多く溶け込んでおり、周囲の岩石と反応することで鉄鉱石が形成されます。つまり、マグマの熱で温められた鉄分の豊富な水が、岩石と合わさって鉄鉱石を形成するわけです。

また火山地帯の地熱の影響で鉄鉱石が地表近くにあることがあり、昔の人々は比較的容易にこれを掘り出していたと考えられます。火山の近くでは、地熱が鉄鉱石を地表近くまで押し上げてくれるわけですね。

世界最大の産出量を誇るオーストラリア

鉄鉱石の採掘は古代から行われていましたが、その方法は時代とともに進化しました。現代では、採掘技術はさらに進化し、大型の機械が導入され、露天掘りや地下掘りがより効率的に行われるようになりました。

鉄鉱石から鉄を取り出すには、高炉という大きな炉が使われます。この炉で、石炭から作られたコークス(燃料)と鉄鉱石を一緒に高温で加熱します。高炉での鉄の抽出過程では、コークスが燃焼して生成される一酸化炭素が酸化鉄と反応し、鉄を還元します。

この反応で一部のガスはさらに変化して二酸化炭素になりますが、主に作用するのは一酸化炭素です。この過程を通じて、鉄鉱石から鉄が得られるわけです。最近では、水素で還元するグリーンスチールの研究も進んでいて、鉄鋼業はこれまでも、そしてこれからも時代に合わせて発展していきます。

オーストラリアは鉄鉱石の豊富な埋蔵量で知られ、鉄鉱石の産出量は2011年以降、毎年世界最大を記録しています。特に西オーストラリア州のピルバラ地区は世界有数の産出地として知られています。高等学校で地理を選択した方なら、必ず聞いたことのある地名でしょう。

この地域の鉄鉱石は、露天掘りによって採掘されており、採掘された鉄鉱石は世界中へと輸出されています。ちなみに日本で供給される鉄鉱石のおよそ60%がオーストラリア産です。最大の輸入先ということですね。

露天掘りの方法では、広大な地表を削り取りながら、地層から鉄鉱石を抽出します。この採掘法は大規模な機械と人員を要しますが、鉄鉱石の品質と量の確保には非常に効率的です。

ピルバラ地区の採掘業は、オーストラリア経済にとって非常に重要な役割を果たしており、世界の鋼鉄業界における鉄鉱石の主要な供給源の一つとなっています。

オーストラリアの鉄鉱石は、特に中国や日本などのアジア諸国の鉄鋼業界にとって不可欠な資源です。つまり国際市場の需要動向によって、オーストラリアの鉄鉱石産業が左右されるということでもあります。

オーストラリアのピルバラ地区、ダンピア(Dampier)の港では、内陸部で採掘された鉄鉱石を専用船で積み出している

日本の自動車産業を支えた鉄鋼業

日本では、鉄の使用と加工の歴史が古く、鉄は多くの文化的、工業的進展に寄与してきました。古墳時代から存在する多くの遺跡では、鉄製の武器や工具が発見されており、当時の日本には高度な鉄の加工技術が存在していたことを物語っています。

しかし、地体構造上、日本には鉄鉱石の埋蔵量がほとんどないため、古くから質の高い鉄鉱石を海外から輸入しています。輸入に依存する日本企業にしてみれば、いかにして高い付加価値をつけるか。その技術の進化は日本経済の発展そのものといってもいいかもしれません。

日本企業は、技術を駆使して高品質の鉄製品を生産してきました。実際に、自動車産業の発展は「鉄の軽量化の歴史」ともいわれるほどです。

近代に入ると、日本はその産業革命を通じて鉄鋼業を急速に発展させ、世界有数の鉄鋼生産国となりました。特に高度経済成長期においては、造船業やアルミニウム工業とともに、鉄鋼業が国内産業の発展を牽引し、多くの重工業製品の生産が可能となりました。

この時期には、国内外の技術革新が取り入れられ、環境への配慮とともに、より効率的かつ持続可能な鉄鉱石の利用方法が模索され始めました。

鉄鉱石は古代から現代に至るまで、人類の文明を支える基礎資源としての役割を果たしてきました。まさしく「産業のコメ」と呼ばれてきたほどです。地球の深部から産出されるこの貴重な資源は、地球の成り立ち、地質学的な特性、そして人類の技術革新の歴史を通じて、私たちの生活に不可欠な存在であり続けています。

オーストラリアの露天掘りから日本の技術革新に至るまで、鉄鉱石とそれを取り巻く産業は、今後も世界経済において重要な位置を占めるのではないでしょうか。

このように、鉄鉱石とその採掘技術についての理解を深めることは、私たちが持続可能な方法で地球の資源を利用し続けるための鍵となります。

そもそも鉄山は大都会ではなく、人里離れた場所に存在しているものです。そこは大自然に囲まれ、美しい景観が広がっています。だからこそ、利益の追求だけに邁進するのではなく、技術の進展とともに、より効率的で環境に優しい鉄鉱石の採掘方法が求められていくことが重要といえます。


宮路 秀作 地理講師、日本地理学会企画専門委員会委員、コラムニスト、Yahoo!ニュースエキスパート

現在は、代々木ゼミナールにて地理講師として教壇に立つ。代ゼミで開講されているすべての地理講座を担当。レギュラー授業に加え、講師オリジナルの講座である「All About 地理」「やっぱり地理が好き」も全国の代ゼミ各校舎、サテライン予備校に配信されている。また高校教員向けに授業法を教授する「教員研修セミナー」の講師も長年勤めるなど、「代ゼミの地理の顔」。最近では、中高の社会系教員、塾・予備校の講師を対象としたオンラインコミュニティーを開設、地理教育の底上げを目指して教授法の共有を行っている。

2017年に刊行した『経済は地理から学べ!』(ダイヤモンド社)の発行部数は6万4500部を数える大ベストセラーとなり、地理学の普及・啓発活動に貢献したと評価され、2017年度日本地理学会賞(社会貢献部門)を受賞。2023年にはフジテレビのドラマ「教場」の地理学監修を行った。学習参考書や一般書籍の執筆に加え、浜銀総合研究所会報誌『Best Partner』での連載、foomiiにてメルマガを発行している。

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