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椎名林檎『常に時代を先取りするものづくりの名手』(後編)人生を変えるJ-POP[第32回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

J-POP界には優れたアーティストがたくさんいます。それぞれが独自の世界を築いていますが、椎名林檎の存在は、その中でも特筆すべき存在でしょう。彼女のデビューからの軌跡を辿りながら、音楽の世界観や歌手としての魅力に迫ってみたいと思います。


音楽活動の原点はどこにあったか

彼女は音楽活動の原点に「15歳の女の子の死」を挙げています。これは、彼女が15歳のときに目にした新聞で自分と同じ歳の女の子が自殺した、という記事を読んだことから、強いショックを受けたと言います。

自殺した女の子と自分とは何が違ったのだろう、自殺した女の子の背景を考えるうちに自分と表裏一体のように感じたと言います。(

彼女はその女の子に思いを馳せながら、自分が生まれて間もない時期に手術によって命を助けて貰った立場では、自殺するという発想自体が許されることではないという思いと、自分は生きていく以上、この女の子の気持ちを現在進行形で考え続けることが、J-POPの世界へ飛び込もうと思ったきっかけだったと話しているのです。

「バレエは母のすすめで10年以上レッスンを受けていましたが、結局は身体のバランスを矯正する痛みを克服できずにやめました。そうして打ち込んできた芸も諦め、学校でも、父や母ともうまくいかない。そんな思春期に、自分一人で責任を取れる場所に思えたのが、譜面の中だけだったんじゃないでしょうか。」(

この彼女の発言からもわかるように、思春期に自分のありのままの感情を表現できる場所は唯一譜面の中だけだったということなのでしょう。

息子を持つ1人の母となった彼女は、この女の子のことが心にあり、「『女の子』という言葉の響きだけで涙が溢れる時があります。女性という生き物は、『勘』で生きていると思うんです。でも少女の頃はまだ知恵も経験も乏しいから、うっかり命を落としてしまいかねない。それをなんとかしたいという思いが、結局いまでも私のものづくりの基礎なんでしょうね。」()と話しています。

そういう思いを持ち続けながら作り出す彼女の音楽は、ことばの選択にしても、MVに表す世界にしても、彼女の命を吹き込むようなものなのかもしれません。

常識を打ち破る、映像美が椎名林檎そのものだった

1998年にデビューした椎名林檎には、その頃のJ-POP界の常識を破るものがあったと思います。

1つは、映像美です。「聴かせる音楽」が主流のJ-POPは、長くMVというものに力を入れてきませんでした。

彼女がデビューした2000年前後の頃は、音楽好きのリスナーたちも公開されるMVより、曲の方を重視していたと思います。

この頃のMVは、歌手が実際に歌っている映像の合間にその楽曲の歌詞に見合った寸劇やシーンを挟み込むというようなものが多く、映像そのものを楽しむというような発想はなかったと感じます。

すなわち、MVはあくまでも添えものという扱いで、楽曲を提供するプロデューサーたちもそれほど重要視していなかったのではないでしょうか。

そういう時代に彼女のMVは『本能』をはじめ、『罪と罰』『茎(STEM)〜大名遊ビ編〜』など、完全にストーリー性のあるものになっていました。彼女自身が主人公を演じる形を作り上げていたのです。

特に『茎(STEM)〜大名遊ビ編〜』は、『短篇キネマ 百色眼鏡』の映像を用いており、非常にインパクトの強い仕上がりになっています。

それまでのMVの多くが、本人が歌っている映像を主体としているのに対し、彼女のMVは歌手椎名林檎としての登場より、そのシーンの主人公になった椎名林檎が登場しているという作りになっているところが、当時、斬新だったのではないでしょうか。

この映像作りは、彼女のアイデアによって主体的に作られているもので、彼女の名前を広く世に押し出した『本能』のMVでは、ガラスを打ち破るという強い女性の姿を描ききっています。

『茎(STEM)〜大名遊ビ編〜』や2015年8月発売の『神様、仏様』に見られるような純和風的世界観の映像では、花魁や洋風建築、また虚無僧や盆踊りなど、観る人を古く懐かしいノスタルジーの世界へ誘っていくのです。

また、2007年1月発売の実兄である椎名純平とコラボした映画「さくらん」のエンディングテーマ『この世の限り』では傘を使ったパフォーマンスがディズニー映画「メアリー・ポピンズ」のシーンを彷彿させます。

さらに2017年4月に発売されたウルフルズのトータス松本とコラボした『目抜き通り』では、オープンした「GINZA SIX」のテーマソングということもあって、ブロードウェイミュージカルを連想させるような小洒落た作りになっているのが非常に印象的です。

このように彼女の音楽は、彼女自身の持つ独特のセンスに基づく映像の世界と、彼女の哲学的とも言える日本語の選択から発する歌詞の世界が不可欠な要素となって、その世界観を作り上げているということが言えるでしょう。

デビュー当時とほぼ変わらない、稀有な歌声

彼女の音楽の世界を作り上げているもう一つの要素に、彼女の歌声があります。

今回、私は彼女の歌をデビュー曲から代表的なものをピックアップして10曲以上聴いてみたのですが、驚くことに、彼女の歌声はこの20数年、ほぼ変わっていないと言い切れます。

彼女の歌声は10代でデビューした時と、40代の今でも、ほぼ変わらないということなのです。

女性の場合、男性と違って10代後半には第二次性徴期が終わり、身体が完成されますから、声帯の発達もその頃に完成されると考えられます。

ですから、10代、20代と年齢を重ねても、それほどの声の変化は感じられない人が多いです。しかし、変化がないと言っても、それは生物学的なもので、実際には、声質が加齢と共に太く重くなります。

特に彼女のように、透明感のある細い歌声の人は、その音質が年齢を重ねるごとに濃くなり、透明性が失われていきます。

また、30代後半から40代になると、声の響きに粘りのような音質が現れ、全体的に太めの重たい響きを感じさせる人が多いです。しかし、彼女の場合は、44歳の現在まで、ほぼ音質の変化は感じられません。

透明的で細い尖った音色の持ち主である彼女は、その声と、プツプツと切り気味に発音する滑舌によって、言葉の1つ1つが非常に立って聴こえてくるという特徴を持ちます。

これが、彼女の独特のセンスによって選び抜かれた単語や、小説のような歌詞の世界を印象的にリスナーの耳に届けていくのです。

また、歌詞そのものも音楽の1つと捉える彼女にとって、「まず歌はいらない。歌が入ると風俗になる。歌が入るとそこに目が行ってしまう」とのこと。(

そんな彼女は、歌が極力、音楽の邪魔にならないように、歌声さえもコントロールしているのかもしれません。

いずれにせよ、彼女の細く尖った歌声は、彼女の作り出す音楽の世界観をリアルに届けてくれるのにピッタリの歌声であることに変わりはありません。

K-POPの映像美に力を入れたMV作りに刺激を受け、やっと最近では日本もMV作りに力を入れるようになりました。ネット社会の現代は、音楽をアピールする重要なアイテムとして映像を意識するようになったからです。

その重要性を早くから認識し、時代を超越した音楽を常に提供し続けてきた彼女が、これからの時代、どのような音楽を提供してくれるのか、非常に興味があります。

それは、多分、時代を先読みした世界観であるに違いないのですから。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞