第五講 銅の力! 現代世界を動かす金属とその供給地
地理講師&コラムニスト
宮路秀作
銅は、我々の生活に古くから関わってきた金属の一つといえます。第四講でも解説したように、紀元前3000年頃に青銅器時代を迎えているので、銅の利用は紀元前8000年くらいから始まったと推測できます。
青銅器時代は銅と錫の合金である青銅が使用された時代であり、この時代の象徴でもありました。
では、現代世界において銅という資源は世界のどの地域に分布しており、われわれの生活でどのように利用されているのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
銅がなければ現代生活は成り立たない
銅はわれわれの生活のありとあらゆる所で活用されています。銅は電気の伝導性が高く、耐久性や抗菌性に優れていることもあって、その活用は多岐にわたります。
銅は細菌やウイルスに対して強力な抗菌効果を持つことが知られています。まず、細菌が銅の表面に触れると、その防御壁である外膜が破れます。これにより銅イオンが細菌の内部に侵入し、細胞内の重要な化学反応を阻害します。
銅イオンは栄養素の運搬やエネルギー生成、壊れた膜の修復などを妨げ、最終的に細菌を死滅させます。これにより、銅は短時間で細菌数を大幅に減少させることができ、公共衛生に大きく貢献しているわけです。銅の抗菌性能は非常に高く、米国環境保護庁(EPA)からも認定されています。
例えば、病院内の感染予防対策として銅を用いた素材が広く使用されています。ドアノブは多くの人が頻繁に触れるため、細菌やウイルスの感染源となることが多いようです。そのためドアノブを銅製にすることでその抗菌性を利用して感染リスクを大幅に減少させることができます。
銅を織り込んだマスクというのもあって、空気中の細菌やウイルスを除去します。また水道管に銅が使用される例もあり、これもまた抗菌性を利用したものといえます。水中の細菌の繁殖を抑制し、清潔な水を供給しています。
もちろん銅が耐腐食性にも優れているという特性を生かし、長期間にわたって使用しようできるという点は経済的も優れているといえます。
さらに銅の熱伝導性の高さから、調理器具にも利用されています。銅鍋や銅製フライパンは、熱をムラ無く均一に伝えることができます。もちろん抗菌性は食品の安全性の確保に繋がりますね。冷蔵庫の内装に銅が一部使用されるのも抗菌性を活かしたものといえます。
他に銅が使用されている例としては、スマートフォンやパソコンなどが知られています。これらの回路基板には銅が不可欠です。銅がもつ高い電気伝導性によって、データの高速伝送と効率的な電力供給が可能となっているのです。またコネクターに銅が使われているのも、電気伝導性によるものです。
他にも挙げればキリがないほど、銅が日常生活で利用されていて、我々の生活を豊かにしてくれています。
チリの乾燥気候が銅の産出にメリット
まずは、世界の銅鉱の産出量(2020、USGS)の上位5か国を見てみましょう。
1位 チリ(27.8%)
2位 ペルー(10.5%)
3位 中国(8.4%)
4位 コンゴ民主共和国(7.8%)
5位 アメリカ合衆国(5.8%)
高等学校で学習する地理において、「銅は新期造山帯で産出量が多い」という話を見聞きすることがありますが、「銅鉱が新期造山帯で産出する」という因果関係はありません。「銅鉱は新期造山帯で産出量が多い傾向が見られる」という相関関係でしかないのです。
産出量の多い世界のトップ20の銅鉱山のうち、15の鉱山が北アメリカ大陸と南アメリカ大陸に存在します。特にチリが7つ、ペルーが4つを擁していて(残りはアメリカ合衆国2、メキシコ1、パナマ1)、両国の産出量の合計が世界の40%近くを占めているため、両国は世界の銅鉱の主産地だと言えます。
①チリ
何といっても、世界最大の産出量をほこるエスコンディーダ鉱山が有名です。産出量は年間約140万トンで、チリ全体のおよそ24%、世界全体のおよそ7%を占めています。2位のコラワシ鉱山(チリ、61万トン)、3位のブエナビスタ・デル・コブレ鉱山(メキシコ、52万5000トン)の産出量の合計より多いです。また、100年以上も操業しているチュキカマタ鉱山も有名です。
下の図は、地理院地図で作成した植生分布図をベースマップにして、チリの主要鉱山の位置を表したものです。中でも、エスコンディーダ鉱山、カセロネス鉱山、ロス・ベランブレス鉱山は日本のJX金属株式会社が投資しています。
これを見ると、植生がほとんど見られない場所に鉱山が位置していることがわかります。つまり、乾燥気候が展開して植生がほとんど見られないため、岩石が地表に露出しており、露天掘りを行いやすいという利点があるのです。
「海岸砂漠」が展開するいくつかの条件
そもそも、なぜこの地域に乾燥気候が展開するかといえば、「海岸砂漠が展開しているから」です。
南アメリカ大陸のほぼ中央部を南回帰線が通過するため、本来であれば、チリ北部の緯度帯は熱帯気候が展開するはずです。しかし、沖合を寒流のペルー海流が流れているため、周辺の大気が冷やされ、冷やされた大気は密度を増して重くなるため地表付近に留まります。
これによって上空の暖気との間で大気が安定するため、上昇気流が起こりにくくなり、極端に降水量が少なくなります。また寒流は蒸発量が少ないため、周辺の大気の水蒸気量が減少するという要素も加わります。
天気予報などで、「明日は大気が不安定となり、所により雨が降るでしょう」というフレーズを聞きますが、その逆の現象が起きるということです。大気が安定すると雨はほとんど降りません。
こうして形成された砂漠を「海岸砂漠」といいます。チリ北部に展開するアタカマ砂漠、アフリカ大陸南西部に展開するナミブ砂漠などが好例です。とはいえ、砂漠は一つの要因に集約されるわけではなく、複合的な要因で展開しますが、海岸砂漠に分類されるのは便宜上この二つです。
下の図中に青い丸で示した箇所は寒流が流れる場所であり、同緯度の大陸の東の沖合より海水温が低くなっていることがわかります。
南アメリカ大陸の西の沖合を流れるペルー海流は、別名フンボルト海流といい、「近代地理学の父」と謳われるドイツの地理学者、アレクサンダー・フォン・フンボルトにちなんでいます。
彼は1800年前後に南アメリカ大陸を中心とした広範な探検を行いました。特にペルー海流の水温の低さに注目して、これが沿岸地域に与える影響について観察したといわれています。
「地図に名を残す」、実に素敵なことであり、誰もがマネできることではありません。
ちなみに、アタカマ砂漠に位置するチリ北部の都市イキケは、年降水量が1.4mmしかありません。海岸砂漠恐るべしです! そのため、雲がほとんど出ないので、世界で一番星空の綺麗な街ともいわれます。
つまり天体観測地として最適であるため、パラナル天文台をはじめ、多くの天体観測所が存在します。
しかし、いくら星空が綺麗だからといって、「お嬢さん、僕と星を観に行きませんか?」とチリに誘うのは、デートではなくもはや誘拐ですのでお気をつけください。
②ペルー
世界第二位の産出量を誇るのがペルーです。
ペルーは、アンタミナ鉱山やセロ・ベルデ鉱山、ラス・バンバス鉱山、トキパラ鉱山、クアジャーネ鉱山などが有名です。ペルーへは主に日本の商社が投資を行っていて、安定した銅の供給を確保しています。
われわれのような消費者は銅が使用されている製品を目にするだけですが、その銅の供給網を構築している企業に思いを馳せることは、「世界を知る」という点において重要です。
チリと同様、ペルーの銅鉱山の多くが露天掘りです。ペルーに広がる砂漠はコスタ砂漠といって、アタカマ砂漠同様にペルー海流の影響で展開する海岸砂漠です。
どこからがコスタ砂漠で、どこまでがアタカマ砂漠なのかという自然の境界線を明確にすることは難しいですし、意味の無いことですが、両砂漠は同様の要因で展開しています。
ペルーやチリはアンデス山脈を背後に控えるため、山地斜面を利用して階段状に掘削することで、銅鉱石を効率的に採取することができます。
それでいて海岸砂漠が展開するため、植生が少なく、露天掘りを行うための「仕込み」がほとんど要りません。また鉱産資源の採掘は屋外で行うわけですから、降水量が少なく作業が中断することがないというのも利点です。
こうした地形や気候といった要因から、ペルーでは露天掘りが主流となっているようです。
銅に付随して産出される重要資源
アフリカ大陸のコンゴ民主共和国南部からザンビア北部にかけての地域に、広大な銅鉱床地帯が広がっています。これはカッパーベルトと呼ばれ、両国では銅の採掘が行われています。
銅鉱床にはコバルトが共存していることが多く、銅鉱石の採掘、そして処理の過程において、コバルトが一緒に抽出されることがあります。
そのため、カッパーベルトにおいてもコバルトの産出量が多く、コンゴ民主共和国は世界シェアの72.6%(2021、USGS)を占めるコバルト産出国として知られています。
コバルトはリチウムイオンバッテリーの正極材料として用いられ、さらに磁石や合金の材料にもなります。そのため、これからの成長産業において不可欠な資源です。
しかし、カッパーベルトは内陸部に位置するため、採掘したあとの輸送路を確保する必要があります。そこでカッパーベルトから東西へそれぞれ貨物輸送のための鉄道が建設されています。
西へ延びるのがベンゲラ鉄道です。ベンゲラ鉄道はコンゴ民主共和国ルアラバ州からアンゴラのロビトを結びます。1902年に建設が開始され、1929年に全線開通しました。
しかし、1975年以降に勃発したアンゴラ内戦で線路が各所において寸断され、運転休止を余儀なくされました。その後、中国の支援で復旧工事が行われ、2014年に全線開通して現在に至ります。
一方、東へ延びるのがタンザン鉄道です。タンザン鉄道は、ザンビアのカピリムポシとタンザニアのダルエスサラームを結ぶ鉄道です。1970年に建設が開始され、1975年に全線開通しました。
かつてザンビアが「北ローデシア」と呼ばれていた時代の1925年、同地で銅が発見されます。当時は「南ローデシア」と呼ばれていた現在のジンバブエを経由し、南アフリカ共和国に運ばれ、ここから輸出されていました。
しかし、ジンバブエとして独立すると南アフリカ共和国と同様にアパルトヘイトを採用したことを背景に、世界から経済封鎖が実施されました。
そこで、銅の新たな輸送路を確保すべく建設されたのがタンザン鉄道でした。この「東アフリカルート」の提案をしたのが中国であり、中国は融資と労働力の提供を行ってタンザン鉄道が建設されます。
現在はザンビアやタンザニアにとっての重要な輸送路として機能しています。2019年には先述のベンゲラ鉄道と連結して、アフリカ大陸の東西の海岸が連結され、大陸横断鉄道となりました。
操業停止を命じられたパナマの銅鉱山
2020年統計(USGS)で世界17位の銅産出量を誇るのがパナマです。それまでパナマは銅の採掘を行っていなかったのですが、2019年9月よりコロン州にあるコブレ・パナマ鉱山の操業を開始しました。
これによってパナマは世界的な銅産出国となりました。この鉱山で採掘を行っているのが、カナダのファースト・クァンタム・ミネラルズ(FQM)という企業で、FQMの筆頭株主(持ち株比率18.354%)は中国で銅の採掘と精錬を行う江西銅業集団という企業です。
ところが2022年12月16日、パナマ政府がFQMに操業停止を命じるという出来事が起こりました。これは、パナマ政府とFQMとの間で、使用許諾料と税金についての合意が成立しなかったことが原因とされています。
輸出総額(2021年)の75%、GDPの3.5%を占めるなど、銅はパナマにとっての「ドル箱」になっていました。2022年12月20日の銅相場の終値は1トンあたり8320ドル(およそ111万円)と、コロナ禍以前から4割以上跳ね上がっていたので、パナマが「今のうちに!!!」と高い使用許諾量と税金を求めたことは想像に難くありません。
この操業停止は長期化して2024年7月の時点でも続いており、今後は銅の供給不足が生じるとの予測が出ています。金融機関によってバラツキがありますが、向こう3年間で70~100万トン不足するされています。
コブレ・パナマ鉱山の産出量は世界の1.5%を占めていたので、世界市場に与える影響は大きかったといえます。
供給が減退する一方、アメリカ合衆国の好景気、中国の製造業の回復などの要因が銅需要を押し上げています。しかし景気変動は先行き不透明なこともあり、需給バランスや価格の変動は予測しにくいといえます。
銅は多くの産業で不可欠な資源であり、その安定供給がいかに重要かを改めて認識させられます。世界の銅市場は今後も大きな変動が予想されますが、これがどのような影響をもたらすのか、引き続き注目していく必要があります。