第九講 アメリカ東部の大都市はなぜ「滝線都市」と呼ばれるのか
地理講師&コラムニスト
宮路秀作
人類が活用してきたさまざまなエネルギー
われわれ人類がエネルギーをどのように使い、そしてそれをどのように進化させてきたか、その歴史は人類の文明の発展と深く結びついています。
エネルギーとは単に物を動かす力や熱を生み出すものにとどまらず、社会の在り方をも変えていく力そのものでもあります。人類の特徴の一つでもある「火の使用」から始まり、農業の発展、産業革命、そして現代の高度情報化社会へと至るまで、エネルギーの変遷は人類の文明の発展を裏で支えてきました。
エネルギー利用の最も古い形は、火の発見にまで遡ります。火を使って料理をしたり、寒さを凌いだりすることで、人体へのエネルギー摂取効率が上がり、これがさらなる文明の発展に繋がりました。
また、野生動物を近づけないように、絶えず火を燃やし続けていたともいわれ、その過程で煮込み料理を作るようにもなったといわれます。また、燃料としての木材が主要なエネルギー資源となり、薪や木炭の形で生活のあらゆる場面で活用されるようになりました。
しかし、現在よりもはるかに人口が少なく、人間の経済活動に対して自然資源が豊富だった時代には、木材の使用が自然環境に過度な負荷を与えることは少なく、自然が回復するサイクルを超えるほどの経済利用はみられませんでした。
動力・移動手段としてのエネルギー
次に、人類は農業技術を発展させるとともに、エネルギーの範囲を広げました。農作物の育成や収穫には多大な労力が必要であり、そのため家畜が人間の労働力を補完する形で活用されました。
それが「畜力」です。牛や馬といった家畜の力は、耕作や運搬といった作業に欠かせないものであり、こうして人力を超える「エネルギー源」として畜力が導入されることとなりました。
江戸時代に犂(すき)や馬鍬(まぐわ)を引かせて田畑を耕したりしたことは、学校教育で習ったとおりです。また荷車を曳くなど、自動車社会が到来する直前まで、牛が重い荷物を運搬するために利用されていました。
アンデス山脈で暮らす先住民は、標高ごとに異なる農作物を生産し、不作のリスクに備えていました。しかし、異なる標高を行き来するのはなかなか大変ですので、アルパカを荷役用の家畜として重宝していました。
畜力は、単なる力の補完だけでなく、農業の効率化や食料生産の増加にも寄与し、農村経済の成長にも大きな影響を与えていきました。
さらに、風車や水車といった自然の力を生かした動力装置が発明され、風力や水力が地域の小規模な産業活動を支える役割を担いました。例えば、風車は穀物を挽くために、また水車は製粉や織物の加工などに利用され、生活や生産に不可欠なエネルギーの一部として利用されるようになったのです。風車はヨーロッパや中東を中心に発展しました。
帆船もまた、風の力を利用しました。船舶によって、海の向こうへと移動することが可能となり、交易や文化交流の促進を後押ししました。風力は石炭や石油を必要とせず、持続的に供給可能なエネルギー源として、現在でも再生可能エネルギーとして見直されています。
現在、世界最大の風力発電量をほこるのは中国ですが、世界最大の風力発電割合を示すのはデンマークです。その割合は56.4%(EIA、2022)と非常に高い水準です。
滝を水力として利用してきた都市が発展
水力もまた、古代から人類が利用してきた自然の力の一つです。川や滝の流れを利用した水車は、製粉や織物の加工などに使われ、地域産業の発展に大きく寄与しました。水車の技術は時代とともに発展し、やがて水力発電の技術へと発展を遂げることになります。
アメリカ合衆国における「滝線都市」がその好例だといえます。
アパラチア山脈の東側に縦断するピードモント台地と、大西洋岸に広がる平野の境界では、古くから土地の高低差が生み出す水力を利用していました。
土地の高低差が生みだしたのはまさしく「滝」であり、それが南北に線状に分布することから、これを「滝線」と呼び、ここに発達した都市を滝線都市といいます。
下の図は、地理院地図で作った色別標高図を基図に、滝線都市の分布を表したものです。見事に台地と平野の境界に存在していることがわかります。
トレントン、フィラデルフィア、ボルチモア、ワシントンD.C.、リッチモンド、ローリー、コロンビア、オーガスタ、メーコン、モンゴメリーなどの滝線都市では水力を動源として紡績や製粉などの産業が発展し、それがその後の発展の礎となりました。現在もこれらの都市では各種工業が発達しています。
水力発電は、発電所において水の流れを利用してタービンを回し、電力を生成する技術です。特に20世紀に入ってからは、水力発電が重要なエネルギー源となり、現在も世界中で安定した電力供給を続けています。
こうした自然界に存在する力の利用は、持続可能な社会を築くために欠かせないものです。薪炭材、畜力、風力、水力といったエネルギー資源は、人間の生産活動や生活に深く根ざし、地域社会の経済基盤を支え続けてきました。
これらのエネルギー資源は再生可能であり、環境に与える負荷も比較的少ないため、持続的な発展に貢献してきたといえます。