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Ado『自己を脱却する歌い手』(前編)人生を変えるJ-POP[第19回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

連載19人目は、Adoさんを扱います。年末の音楽特番やNHK紅白歌合戦などで、ホログラムで出演した”ウタ”というキャラクターの歌声で印象に残っている人も多いでしょう。顔出しを一切しない歌手として衝撃のデビューを果たした彼女の魅力について紐解いていきたいと思います。

中2で動画を初投稿。2020年『うっせえわ』でメジャーデビュー

Adoは、2002年生まれの20歳です。小学1年生の頃から父親のパソコンでボーカロイド音楽を聴いていたとのこと。そんな彼女は小学校の高学年には、ニコニコ動画などのSNSサイトで顔出しをせずに活動を行う歌手に興味を持ったと言います。

2017年、中学2年生のとき、SNSサイトにクワガタPの『君の体温』という楽曲で「歌ってみた動画」を初投稿しました。

その後も投稿を続けていたところ、2019年にボカロPの”くじら”からオファーされて参加した『金木犀 feat. Ado』という動画がデビューのきっかけになりました。

2020年にユニバーサルミュージックから、『うっせえわ』でメジャーデビュー。『うっせえわ』はそのインパクトのあるタイトルからも記憶に残っている人が多いのでは?と思います。

彼女の活動名であるAdoという名前の由来は、元々、狂言で主役を表す「シテ」と脇役を表す「アド」から来ているとのことで、彼女が小学生のときに決めたとか。

小学生のとき、狂言について学ぼうという中で「アド」という言葉を知り、響きがカッコいいと思って自分の名前に決めたと話しています。

さらに「後付けにはなってしまいますが、アドという脇役として皆様の人生の音楽として、誰かの人生の脇役として支え役になれたら嬉しいなという思いで活動させていただいていますね」とのこと。(スポニチアネックス2022年10月20日記事より引用)

このように楽曲のインパクトと名前のインパクト、さらに歌声や歌詞の内容にこれまでのアーティストにはない強烈な個性を感じさせる形で彼女はデビューを果たし、『うっせえわ』は3億回のMV再生回数を獲得するという驚異的な状況になりました。

小学1年生で出会ったボーカロイド音楽に…

彼女はボカロPが作ったボカロ曲を歌うという形で歌手活動を行っています。ボカロPというのは、この連載の最初の方でも扱った米津玄師やYOASOBIのAyaseなどの記事の中にも書いたようにボーカロイド音楽を制作する人達のことです。

ボーカロイド音楽というのは、YAMAHAが開発した音声技術やそれを応用したソフトウェアで制作された楽曲のことで、VOCALOIDは、メロディーと歌詞を入力することで人間の歌声を合成することが出来ます。

初音ミクなどの歌声が代表的ですが、近年では、ボカロPの楽曲を歌手が歌うというスタイルのものも多く、YOASOBIや米津玄師(彼はボカロP時代から自身で歌うスタイル)はその代表格と言えます。このスタイルをAdoも取っているのです。

彼女とボーカロイド音楽との出会いは小学校1年生というのですから、如何に彼女が早くから「歌手」というものに憧れていたかを感じさせます。

「元々、根暗で自分に自信がなかった」という彼女は、顔出しをせずに歌うボカロイド歌手の投稿を見て「歌手なら自分にも出来るかもしれない」という思いで歌を始めたのでした。

顔も名前もわからず「歌だけで人を魅了しているのが凄い」と思ったとのこと。そうやって彼女は顔出しをせずに歌う、というスタイルでデビューしました。

『うっせえわ』のリリース後は、2020年の終わりから『レディメイド』『ギラギラ』を次々配信。4作目の『踊』はポップなEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)調の曲で、それまでの3作とはガラッと印象の違った楽曲を提供しました。また7作目の『阿修羅ちゃん』は、ドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』のシリーズの主題歌として10月に配信されました。

この年、『うっせえわ』は新語・流行語大賞の年間トップテンに選出され、「第63回日本レコード大賞」の特別賞を受賞。非常に速いスピードで彼女の存在は、人々に認知されていったのです。

翌2022年にファーストアルバム『狂言』をリリース。また8月には劇場版アニメ『ONE PIECE FILM RED』にてウタの歌唱を担当し、主題歌『新時代』は映画のヒットと共にApple Musicグローバルチャートに於いて全世界第1位を獲得しました。

また「第64回日本レコード大賞」に於いて『新時代』が優秀作品賞を受賞し、2年連続で特別賞を受賞しています。

このように、わずかデビュー2年余りで、Adoの名前は全世界に知られる存在になったのです。

ありのままの感情を歌に込めて…

自分に全く自信がなかった、という彼女は、ボカロ曲を数多く聴く中で、ありのままの感情をそのまま出していいんだ、と思えるようになったとか。

ボカロPのsyudouや和田たけあきの楽曲で「悪意を悪意のまま表現したようなものを歌っていると気持ちが晴れた」と。また反対に初音ミクが活き活きと歌っているボカロらしい明るい楽曲も歌っていれば明るい気持ちになれたとか。

そうやって歌を歌うことで自分のそれまで押し殺していた感情や、自信の持てなかった自分をそのまま認めることが出来るようになったのかもしれません。

またディズニー映画の影響も大きかったと話しています。ディズニーに登場するプリンセスの中で一番好きなキャラクターはシンデレラ。

シンデレラが美しいのに姉や継母からいじめられても諦めないで夢を見続け、優しいけれど強い信念で生きていく姿から、「今は辛いけど、いつか報われる時が来るから頑張ろう」と日常生活の中で救われている部分は多いと言います。

彼女にとっては自分のありのままの感情を歌に込めて歌えるようになったことが、自分に自信を持つ、ということの第一歩だったのかもしれません。歌によって解放された彼女の心は自分を表現することに躊躇がなくなっていったのでしょう。

僅か数年でそれほどの変化を彼女自身にもたらしたものが、「歌」だったとも言えるのです。

後編につづく)

久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞