星野源『役者魂が音楽に溶け込んだ世界』(後編)人生を変えるJ-POP[第21回]
たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。
連載21回目はミュージシャンであり、俳優でもある星野源を扱いました。まだソロ歌手としてデビューして13年目ですが、J-POP界の中で独特のポジションを確立しており、また同時に俳優としての存在感も放っています。俳優と歌手という2つの顔を持っている彼の今までの歩みとそこから見えてくる人間的魅力について紐解いていきたいと思います。
(前編はこちらから)
歌手・星野源としてのソロ活動(恐怖心を持っていた、「自分の声で歌う」ということ)
歌手・星野源としてソロ活動を始めたのは2010年。高校生の頃に細野晴臣の音楽に出会ったことで、「(声を)張り上げなくてもかっこいいんだ」と自分の音楽に自信を持つキッカケになったとか。
その後、SAKEROCKのリーダーとして活動していく中で、細野晴臣とは、テレビ情報誌『TV Bros(テレビブロス)』の企画『細野晴臣&星野源「地平線の相談」』での連載を通じて2007年に出会い、そのまま交流を続け、ソロデビューを誘われたのです。
しかし、それまでインストゥルメンタルバンドでやってきた彼は、自分の声で歌を歌うということに最大の恐怖を感じたと話しています。歌いたいという気持ちは持ちながらバカにされるかもしれないと、人前では歌わないということを頑なに守ってきたため、自分が作る曲は暗いものばかりで、そういうものを世の中に出してもいいのか、とも思ったとか。
そんな彼は、「大人計画」の社長に「その暗いところを一回全部出しちゃったらいいんじゃない」と言われたことでソロデビューする決心をします。2010年、1stアルバム『ばかの歌』でメジャーデビューをしました。
『ばかのうた』は、同年のCDショップ大賞を受賞。翌11年には、9月にリリースした2ndアルバム『エピソード』が、オリコンチャート5位にランクイン、2年連続でCDショップ大賞を受賞するなど、順調に活躍を広げて行きました。
2012、13年の手術、治療による中断を経て、復活後は、さらに精力的にアーティストとしての活動を拡大していったのです。
彼が歌手として大きくブレイクしたのも、やはり2016年のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のエンディングテーマソング『恋』の楽曲でした。
彼が作ったこの楽曲に合わせてドラマの登場人物が踊る「恋ダンス」は大ブレイクし、結婚式の披露宴や、各種パーティー、また幼稚園や学校の体育祭など、多くのイベントで歌い踊られる一大現象を巻き起こしていったのです。
この楽曲で、星野源の俳優としてのキャラと、アーティストとしての独特の世界観に多くの人が魅了されたのは言うまでもありません。
俳優として培われた多くのキャラが彼の音楽の中に生かされて、楽曲は、芝居感を強く醸し出しているものが多いと感じられるのも彼独特の世界と言えるでしょう。
『恋』、聴く人の耳に強烈に残る音階の秘密
「アンバランスな魅力」
彼の音楽にはそんな形容詞がピッタリです。彼は自身の音楽を「イエローミュージック」と名づけています。
このイエローミュージックというのは、ブラックミュージック(ソウル、ヒップホップなどのアフリカ音楽も含めた黒人音楽のこと)と日本のポップスを程よく掛け合わせた独特の音楽スタイルを指しているのですが、これは、やはり、彼が尊敬するYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のサウンドに大きな影響を受けていると言えるのではないでしょうか。
大ヒットした『恋』の楽曲のサビのメロディーは、いわゆる「ヨナぬき音階」と言って、音階の4番目のファの音と、7番目のシの音が抜いた形で構成されています。
これは、非常に中毒性の高いメロディーで、何度もこの音階が繰り返されることから、リスナーの耳の中に強烈に残っていく音階とも言えます。
このメロディーに対し、メロディーを支えるバックミュージックはグランドオーケストラ感のある非常に厚みのあるサウンドが使われています。アップテンポでリズミカルな音楽を刻みながら、そのサウンドは非常にぶ厚く、その上に日本のポップスというよりは、どちらかといえば昭和の歌謡曲に近いメロディーの特徴である長音符の譜割の歌が乗ってくるのです。
すなわち、楽曲全体に流れる音楽は急かすようなテンポであるのに対して、メロディーの流れはゆったりとしているのです。
楽曲のテンポは速いのに、歌のメロディーから感じるテンポ感はゆったりとしている、となると、そのアンバランスなリズム感を楽曲として成立させるのは難しいのですが、彼の楽曲の場合は、歌を支えるサウンドの厚みをしっかりと作ることで、ゆったりとしたメロディーを確実に下支えしている構造を持つのです。
このことによって、歌詞の言葉一つ一つが、非常にゆったりとしたテンポでリスナーの耳に届いてきます。いわゆる、「言葉が立つ」状態になるのです。
軽快でアップテンポな音楽の上にゆったりとしたメロディーによって歌われる言葉は、リスナーの脳内で十分、文字に変換して認識する時間を与え、彼によって選び抜かれた言葉たちが歌詞となって伝わってくる。
すなわち、「言葉と音楽の融合の世界」が星野源の音楽の特徴と言えると思います。
新しさをノスタルジックを兼ね備えた楽曲に惹きつけられる
近年のJ-POPは、早口にも似た言葉の処理で、音楽のリズム感をそのまま表して歌われるものが多いです。
細かな音符によるメロディーに合わせて歌詞が乗せられていく楽曲が多いため、非常に言葉数が多く、リスナーは、一瞬で聴こえてくる歌詞を脳内で忙しく文字に変換しながら歌声を追いかけることになります。
そのために、何を言っているのかよくわからない、と感じるのです(いわゆる「言葉が滑る」状態になる)。そういう楽曲が増えているのが最近の楽曲の1つの傾向でもあります。
すなわち、最近のJ-POPの傾向として、言葉も音楽を構成する一つの音として捉えている楽曲が多いのに対し、彼の楽曲は前述したように、どれもメロディーラインが比較的ゆったりとしていて、1つの音に対して一文字を乗せていくという、昭和歌謡の手法が取られているのです。
これが、ヒップホップやソウル感覚のリズムの刻みになっているバックグラウンドのサウンドミュージックとのアンバランスな為に、耳に馴染みやすく、どこかノスタルジックな楽曲に感じるのです。
また、Aメロ、Bメロとサビの間にインターバルとも言える、それまでのテンポとは全く違うパートが嵌め込まれ、それがあることによって、次のサビがリスナーにとっては待ち遠しくなるような空間(いわゆる“間(マ)”というもの)を作り出しているのです。
この手法は、芝居でいうところの幕間のような役割を果たしており、その間だけ、リスナーは、全く違う空間に連れていかれる感覚を味わうのです。
そして、インターバルが終わり、再び、聞き慣れたサビのメロディーに帰った途端、現実に戻るという感覚になるのです。
この手法が顕著に使われていると感じるものに『アイデア』があります。この楽曲は、NHKの朝の連ドラ『半分、青い。』のテーマソングですが、連ドラで流される部分は、A、Bメロとサビですから、その間に挟まれているインターバルに関しては、紅白歌合戦などで初めて体験した、という人も多かったかもしれません。
楽曲に施された「仕掛け」は究極のエンターテイメント
このように、彼の楽曲には、何がしかの“仕掛け”が施してあるものが多いのも、役者として培ってきたお客さんを楽しませるという感覚から出てくるものなのではないかと想像します。
彼の歌声は、非常にソフトで幅も広い響きを持っています。音域はバリトン(男声の中声区)で、響きにブレス音の混じった透明的な声質が特徴で、尖った響きはありません。
この歌声が、ゆったりと進むメロディーラインをたっぷりと歌い上げることで、リスナーは優しい空気に包まれていくような感覚を持つのでしょう。
コロナ禍の中で配信した『うちで踊ろう』は、まさに彼の持つエンターテイメント性を最高に発揮したものでした。
また、『創造』や『不思議』の楽曲では、今までギターで作っていた楽曲をキーボードで作ってみたり、歌声そのものに重点を置いた楽曲作りにしたりと、常に新しいものを作り続けている彼です。彼にとっては、音楽もやはり演じる世界のように思われるのです。
丁寧に役柄と向き合うように、音楽というものに向き合い、作品を作り上げていく。そんな役者魂とも言える「ものづくり」の精神がアーティスト星野源の音楽を支えていると言えるでしょう。