みんな眠っているからね 第1回|門限と就寝|小原晩
門限と就寝
門限のきびしい家で育った。
小学生のときは夕方五時のチャイムが鳴り終わるまえに玄関のドアを開けなければ叱られたし、中学生のときは五時半、高校生になっても門限は六時だった。
十五歳の春、夜九時頃。
お風呂から上がると喉が渇いていたので、近所の自動販売機にカルピスソーダを買いに行ってもいい? と台所にいる母に聞いた。父はソファーに座って、リモコンでぽちぽちとチャンネルを変えている。
私はそれまで、親と一緒でなければ、どれほど近い距離であっても、夜九時以降に外へ出たことはなかったので、胸の内では緊張していた。いっそ、あたって、砕けよう。そういう勢いも、あるにはあった。
しかし「うん、いいよ」と案外、母は簡単に言ったのだった。
私はたちまち、ひとりで夜へ飛び出した!
チェックのパジャマに、ビーチサンダル、濡れたままの髪だった。
お風呂上がりに浴びる春の風は大ざっぱで、私はもうなんでもかんでも放り出してしまいたいような心地になった。
暗闇のなかでぴっかり光る蜘蛛の巣だらけの青色の自動販売機。600mlのカルピスソーダ缶が落ちる音。きんとつめたくて、重い缶。その場でプルタブを引っ張り、のみ込む一口目の爽快。束の間の夜に、胸がいっぱいになった。
小学生のとき、就寝時間は夜九時と決められていた。
ドラマの始まる時間には、眠らなければならなかったから、友だちの中で私だけがドラマの話に入れず、このままではいつか仲間はずれにされると思うと不安になった。
だから私は就寝時間になると、二階の自室へ上がり、電気を消して、ベッドに入り、寝たようなふりをして、ブラウン管に布団をかぶせ、テレビの電源をつけて、できる限り画面の光量を弱め、音量を一にして、こっそりドラマを観はじめた。母親の階段をのぼる音に耳をすまして、ぎしっと聞こえれば、すばやくテレビを消して、爆発すんぜんのどきどきでもって、たぬきねいりをした。毎晩が修学旅行のようだった。ときどき、隣の部屋にいる兄にテレビをつけていることがバレて、告げ口をされたりもした。
ある日、深夜にとつぜん目が覚めてしまって、うまく眠れないのでテレビをつけたら、劇団ひとりさんが女の子のキャミソールの細いひもをぺちぺちとはじいていた。私は目を疑って、それから目が離せなくなって(それがゴッドタンのキス我慢選手権だったことは、中学生になってから知るのだけれど)見てはいけないものを見た……と思った。
翌日、学校へ行っても、クラスメイトとあの光景について話す気にはなれなかった。ただ教室の中でひとりきり、キャミソールをぺちぺちとはじく音だけが耳の中に残っていて、なんだかおそろしいから他のことを考えようと、目をぎゅうっとつぶってみても、まぶたのうらに劇団ひとりさんのあの熱い瞳が浮かんできて、どうしようもなくなって、ついには熱を出したことを覚えている。
遠ざけられれば遠ざけられるほど、私は夜に憧れた。
大人になり実家を離れてから、初めて自由に夜を過ごせるようになると、それは私の想像をゆうにこえて、とびきりうつくしく、温かなさびしさをたのしむための時間であることを知った。
私は夜がくるたびに、ふと自分の自由を感じ、うれしくなる。
好きにしていい時間、なのだ、夜は!