川苔山、水と緑輝く天国と奈落の底
前書き
2023年4月23日(日)、登山1年生のときから憧れていた川苔山にようやく行ってきた。
登山デビューは、スペイン巡礼に行ったあとの2018年7月。その後5年間、行きたい〜行きたい〜新緑と水〜と念じつづけてきたのだが、いざ決行してしまうと、気づいたら登山口に立っていて、必死で歩いているあいだに登山口に戻っていた。
いつもながら、始まるとあっというまだなぁ。時間にして、たった3時間半ですものね(私の決めたルートでの私の所要時間)。
5年もグダグダしていたのは、いくつか理由がある。
(1)川苔山、台風で通行止めになりがち。
これはもうこのとおりなのだが、川苔山(の中でも自分の目的である川乗林道~百尋ノ滝あたり)は、少し強めの台風がくると、すぐ通行止めになる。仮に他の条件が揃っていたとしても、この条件があるとすべてパァである。
(2)川苔山、初心者OKの山にしてはコースタイムが長い。
川苔山は、いちおう初心者も登れる山とされる。だが、一般的な川乗橋バス停〜川乗林道〜百尋ノ滝〜頂上〜鳩ノ巣駅のコースで、所要時間が6〜7時間。
私はホーム山が高尾山で、よく行く病院裏コースの薬王院ピストンだと2時間ほどで下山してしまう。疲れているときに短時間で気分転換できて重宝するのだが、日ごろ2〜3時間しか登山しない状態でいきなり6〜7時間に行くのはちょっと勇気が要る。
2〜3時間の高尾山→少し登りごたえのある4〜5時間の山→6〜7時間の山
という順番でトレーニングしようとは思うのだが、近年、自分に合う職場に出会えず仕事が定まらなかったため、体力気力を仕事や就活に奪われ、トレーニングを続けることができなかった。
以前、富士登山の際に痛い目に遭っているため、なまった体で突撃するのは懲りている。
(3)川苔山、滑落事故が多い。
川苔山では、名所である「百尋ノ滝」付近のトラバース道で滑落事故が多発している。だいたいの登山SNSの山行報告では、慎重に進めば大丈夫と書かれていたのだが、何がどう大丈夫なんだろう……大勢亡くなっているのに。
上のとおりトレーニングも間に合っていない状態で、事故多発地帯に突撃する勇気が出なかった。
今年、(1)の通行止めについては、ちょうど3月中に解除された。トレーニングは、年度末が多忙で、2月に逗子の大楠山に行って以来登山しておらず、一抹の不安があった。
だが、ふと、
「……頂上までわざわざ行く必要ある?? 私が行きたいのは新緑と渓流と滝だけなのに!」
と、ひらめいた。
私が行きたいのは一般的なコースの前半、渓流と滝だ。登山というとわけもなく頂上に行くような印象だが、個人的にはピークハントに興味はない。
百尋ノ滝で折り返してしまえば、トレーニング不足でもコースタイムを短くできるし、滑落事故多発ポイントも通らないですむ。
おりしも決行を悩んでいたとき、奥多摩ビジターセンターの公式Twitterが以下のようなツイートを流してくれた。
やはり、百尋ノ滝ピストンはアリなのだな! と我が意を得た私。奥多摩エリアは電車移動が長いので、すみやかに前泊の宿を確保し、川苔山 百尋ノ滝ピストンの予定を確定させたのだった。
2023年4月22日(土)登山前日
午前から午後にかけて、身体のメンテナンスや買い物、もともと予定していた声楽レッスンをこなす。15時すぎにレッスンを終えると、その足で電車に乗って移動開始。
17時半ごろ、奥多摩駅に到着。休日の朝だと山に行く電車は大変な混雑なのだが、午後遅い時間は空いていて快適だった。なるほど……前泊、いいなあ! 長野の山なら距離的に前泊したこともあるが(木曽駒ヶ岳・栂池自然園。入笠山は日帰り)、奥多摩はいちおう都内なので前泊は初めてだった。
これなら、高尾山などでもどんどん前泊するのもアリかもしれない。
まずは、駅前の商店で明日の朝食(宿は素泊まり)を調達。菓子パン・おかずパン、それに想定していなかった品として「笹かまぼこ」を発見。タンパク質をとりたいし、常温保存ができて助かる〜。
早朝に出てコースタイム4時間なので、昼食は不要。行動食として、菓子パンを多めに確保(というか、食べたいドーナツが個数の多い袋しかなかった)。
それから、予約した宿、奥多摩駅から徒歩3分の「きよかわゲストハウス」にチェックイン。古民家リノベーションのユースホステル(ドミトリー)タイプの宿で、ありがたいことに寝室は男女別だった。1泊素泊まり3,900円。
私の泊まる女性部屋は全6ベッド、その日の宿泊者は3人(と聞いた)で、全員下のベッドをとることができた。下のベッドが人気なの、スペイン巡礼みたいで懐かしいですね。
寝床を整え、夕食と入浴に出発。おなじみの温泉施設「もえぎの湯」は、宿から徒歩10分。そのとき食堂のラストオーダー時間(19時)が迫っていたので、先に食事にする。前に氷川キャンプ場に来たときに食べた川魚定食。何回食べてもやはりおいしい。
20時の閉店前にもえぎの湯を出て、暗い中を宿に戻る。奥多摩の町の夜は、人が歩いていなさすぎてちょっと怖いのだが、同じ外(橋の下の氷川キャンプ場)に他にもたくさん人がいると思えば気楽だった。
宿に戻ると、共用スペースで宴会らしきもの(バータイム?)が始まっていたが、もちろん関係ないので女性部屋に戻る。スペイン巡礼のときの癖で、20時半ごろには床についた。
この日、前日までの仕事の疲れがあったとはいえ、当日は運動不足だったので、早寝には失敗した。宿の宴会(バータイム?)は24時まで続き、遅くまでわいわいとした声を聞きながら、うとうと、ぼんやりと、あまり寝つけずに夜を明かした。
ちなみに、耳栓とアイマスクは持参したが、部屋にも備え付けの耳栓がある。やはり、ユースホステル(ドミトリー)タイプの寝室で耳栓は必須アイテムですね。
2023年4月23日(日)登山当日
ちなみに私は2月にApple Watchを購入したのだが、その後一度しか登山に行っていないし、日常的にApple Watchを装着して寝ていないので、今回Apple Watchの設定をまちがえた。
要するに、ただでさえ寝つけないのに、ひと晩じゅう50分起きに「スタンドの時間です」と起こされつづけた(デスクワークの座りすぎを防止する機能)。
ただ、いずれにしても眠れなかったので、大差なかった。
朝5時、設定したアラームでApple Watchが震える。睡眠に失敗したわりには、5時に起床した時点で十分体も頭も動いていた。ベッド横の荷物置きスペースから朝食をとり、静かに1Fのキッチンに移動。
朝食は、きのう駅前で買ったコロッケパンと笹かまぼこ。紅茶とコーヒーは好きに飲めるので、お湯を沸かして紅茶をいれた。皿も自由に使える。ドーナツも食べるつもりで出したが、コロッケパンとドーナツの両方は無理があった。笹かまぼこはいいが、コロッケパンの朝食はきっついなぁ!
奥多摩駅6:31発(始発)のバスに乗るべく、宿を出た。バス停には10人程度が集まっていた。トイレと水のペットボトルを調達し、バス停のまわりに集まっておく。乗り込むと、バスの座席はほぼいっぱいになり、2、3人分の空きがあるぐらいの混み具合。
川苔山は人気の山だと聞いていたから、バスはどうなることかと心配だったが、ちょうどいい人数だった。
川苔山登山口のある川乗橋バス停までは、所要時間13分。ここで7、8人が下りたと思う。
そんなわけで、登山SNSで何回も見た登山口の前に、とうとう立ってしまった。早い。心の準備をしたい。もたもたしているあいだに、慣れた登山客たちは準備運動をすませてどんどん出発していく。私も遅れて、とりあえず出発した。
まずは林道歩きからスタート。今回、片道2時間のうち、半分の1時間が舗装路である。木漏れ日の林道、ゆるやかな上り坂。まだまだ楽勝。
なお、林道を歩きつつノロノロ写真を撮ったりしているうちに、気づくと同じバスに乗った方々は影もかたちもなくなっており、川乗林道は完全に独り占め状態だった。
林道だと渓流は少し遠いのだが、新緑はとてもきれいだ。
しかし、きつい坂ではないとはいえ、1時間ゆるやかに登りつづけるのは、存外体力を使った。
とはいえ、川苔山は林道のあとが本番。細倉橋からは、いよいよ本格的な登山道に入っていく。
最初の印象は、ちょっと道が狭いな、だった。
SNSの写真でよく見る橋だ。ここがそうか。
思ったより広い橋なので、私のようなバランス感覚の悪い人間でも行けることは行ける。でも……下がスケスケだ。私は高所恐怖症ではないが、ヒュッとする。そしてこの橋、けっこうしょっちゅうある。また橋……また橋!? 橋以外の選択肢はないのか?(ない)
脳内で、死んだ祖母が「ご遠慮!」と言いだした。父方の祖母は高所恐怖症で、下が透けているタイプの高所が何よりも嫌いだったからである。
しかし、私はといえばご遠慮はできない、今日の目的地に行くには進まなくてはいけないので、あまり深く考えずにとにかく橋板の上に足をのせ、また次の橋板の上にのせ、と頭を真っ白にして前進した。
すぐ横が崖になった細い登山道と、下がスケスケの橋の繰り返し、これが細倉橋を過ぎたあとの百尋ノ滝への道のりだった。どこもそれなりに落下する自分を想像させて、緊張感がある。
(滝までの)終盤には、少し岩を登る箇所もある。今回、川苔山に興味をもっている高齢の母を連れてこられるかどうかも見ていたのだが、母はよじのぼるという行為ができない筋力のため、不可能という結論に至った。
美しい新緑、美しい水、それなのにすぐかたわらにある奈落の底。それが川苔山、百尋ノ滝までの道の印象である。
最大の滑落事故多発ポイントは、百尋ノ滝から川苔山の頂上に向かってすぐの位置にあるのだが、百尋ノ滝までの道でも、滝に近づくにつれて数か所、滑落事故発生の注意書きがあった。
いろいろな記事で見かけたとおり、慎重に行けば大丈夫ではあったのだが、注意書きが目に入るとよけい緊張してしまって、却って失敗しそうだった。今回は片道2時間だったので休憩なしで進んできていたが、滝がもう少しだとわかると、緊張でどっと疲れが出た。そういえば今日、寝不足もあるんだった……。
そうして、無事本日のゴール、百尋ノ滝に到着。
おおお、美しい滝……! 大迫力の滝だとよく書かれている気がするが、優しい感じのする滝だ。さすが奥多摩、水がきれいなだけあって、滝のしぶきがいい匂いがする(滝からゴミの匂いがしたりすると興醒めなんですよね)。
百尋ノ滝を見ながら、ドーナツを食べてひと休み。同じバスの登山客はとっくにみな先に行ってしまっており、滝もひとり占めだった。ダラダラと休憩しているうちに、次の便(7:31)の先頭らしき人に追いつかれたが、思うぞんぶん滝を満喫してから折り返し出発。
帰りは、一度通った道なせいか、思ったよりスムーズに進んだ。緊張する道でも、繰り返していると慣れるらしく、岩場もスケスケの橋もサクサクと進む。
折り返すと当然、次のバスの人たちと狭い登山道ですれちがわないといけないのだが、慣れた方が多いのか、スムーズにすれちがうことができた。
細倉橋に着くと、緊張する道が終わって心底ホッとした。このころにはもうすれちがうのは(たぶん)8:35の便の人たちで、始発や7:31の人たちに比べるとだいぶ一般ハイカーのゆるめな雰囲気があった。始発はベテランな感じ?
細倉橋まで来てしまえば、あとは舗装路を下るのみ。ここで念のため、帰りのバスの時間を確認した。次のバスは10:29発。残り1時間もなく、なかなか厳しい。
次のバスは……12:18。えっ11時台ないの? お昼の時間になっちゃうじゃん。
検討の結果、林道は舗装路だから走れば時間短縮できるのではないか? とひらめいた。
私はストックを手首に絡ませたままの登山スタイルで、走りはじめる。走っては歩き、走っては歩きし、そのつど現在位置を確認……いける!!!
ということで、少し走っては少し歩いて息を整える、を繰り返しながら、林道をひた走った。途中、登山客と次々にすれちがい、トレランのランナーでもないのに恥ずかしかったのだが、目的のバスに乗るために恥ずかしいなどとは言っていられない。
そうして1時間の林道歩きを30分程度に短縮し、無事、乗りたいバス時刻の20分前には川乗橋バス停に到着した。
個人的に、緊張する区間を終え、バス時間のために焦る区間も終えて、その日いちばん頭がハイな状態になっており、バス停でボロ椅子に座ってみる周囲の新緑が、その日もっとも美しく見えた……!
11時前には奥多摩駅に到着。駅に着いたとき、疲れて足腰はぎくしゃく、早くも筋肉痛に襲われ、バスを下りたとき一瞬どこにいるのかわからなくなって車掌さんから「駅はあっちだよ!!」と言われるなどしつつも、無事お昼どきを前に駅まで戻ることができた。
お昼の目的は、クラフトビール。他にも有名な奥多摩グルメはあったが、もうビールしか考えられなかった。
他のハイキング客とともに開店前の門前に並び、開店を待った。
さあさあ、いらっしゃいませ!!! 私はやりきったよ!
このあと、お土産を買ったり、名水を汲んだりとやりたいことがいくつかあったのだが、疲れたところに酒を入れてしまった結果、もう帰ることしか考えられなくなった。
東京の自宅最寄り駅まで、ちょくちょく寝落ちしながら、電車に揺られて帰っていった。