泰葉のこと
泰葉のこと。
高校生のとき、一番仲良しで大好きだった泰葉のこと。
高校一年生の春、泰葉の誘いで、数学専門の塾に通うことにした。そのとき私は畏れ多くも〇〇大学志望で、明らかに数学の偏差値が足りていなかったから、数学の得意な泰葉が「とてもいいよ」と勧める塾に一緒に通うことにした。高校からの帰り道、駅までの通学路の途中にある古びたビルの3階、薄暗くてうさんくさい雰囲気の廊下。真っ白の蛍光灯とホワイトボード。意外と広い教室。癖の強いオーナー講師。
講師はオーナーひとりで、たまに大学生くらいの若いアシスタントが授業をすることもある。場所柄、私の通う高校の生徒が多かったけれど、メンバーは日によって入れ違った。というのも、講義内容によって受ける・受けないを決めてよいシステムだったから。
オーナーは出席を取らない主義。来ても来なくても月謝は一緒、来たくなければ来なければいいし、俺には関係ない、というスタンス。それ自体はまあそれもありかな、なんて当時は思っていた。今は、お金をもらって子供を預かる大人として、持つべき責任を放り投げるなと鼻で笑いたい。
入塾してすぐ、大いなる違和感に見舞われる。オーナー講師は授業中、頻繁に決まった生徒を名指ししてホワイトボードに答えを書かせ、解説をさせる。だんだん、講師ではなく彼や彼女の授業を受けている気持ちになる。手塩にかけて育てた、生徒だそうな。オーナーの教え込んだ解法で問題を解き、説明までこなしてみせる。いっとうお気に入りだったのは、西川さんという女子生徒で、私と同じ高校の二つ上の先輩だった。彼女は東京大学を志望していた。華奢で、小さな顔に大きな口、上品に笑う人だった。西川さんはときに、授業の最初から最後までをこなしてみせた。オーナーはそれを満足そうに見ていた。教室の一番後ろの席で。私が入塾する前からこのスタイルだったのかどうかは、知らない。
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