日常は予想以上に贅沢だった。
皆さんは刑務所に住んだ事はあるだろうか?僕はないが、近いものを感じ取れるほどの体験をしている。
僕はここ数ヶ月、会社の寮に住んでいる。立地の悪さと古さが折り紙付きの寮だ。
部屋はただの箱で、エアコンと無造作に置かれた物置棚。そして壊れかけたベッドだけだ。
風呂は共同浴場。トイレは共用でウォシュレットが付いていない。冷蔵庫も無く、もちろんキッチンなどあるはずもない。
ただ、ただ、無機質な空間だ。色はない。
あるとしたら、タバコのヤニで茶色く変色した壁くらいだろうか。床はタバコの火が落ちたのだろうか、所々跡が残っている。
日中の日当たりは悪く、灯りをつけなければ薄暗い。
ご飯は、あまり口に合わない。美味しいと思ったものは納豆くらいか?キッチンを使わせて欲しいものだ。
しかし、最も問題なのがこれだ。
社員寮という性質上、常に、他人の存在が、会社の同僚が、日々の生活にがっつりちらつく。
別に嫌いなわけではないが、流石に疲れる。
プライバシーというものが、無機質な箱の中以外にはほぼ無い。
刑務所であれば、自分が罪を犯したのだから汚さ・プライバシーの無さは納得出来る。
しかし、僕は何か罪を犯しただろうか?
自問自答の日々だ。
何が楽しくてこんな生活をしているのか。最近は、こんな単純な疑問が浮かんでは消えてを繰り返している。
そして、ふと過去の生活を思い出す。
僕は自炊が好きだった。その日の気分で食べたいものを作り、好きな酒を飲み、映画を見ていた。キッチンドランカーになる日もあった。
外食も好きだった。近所のカレー屋のインドカレーとビリヤニにハマって良く通っていた。
休日の朝は、コーヒーを淹れてのんびり過ごすこともあった。あの香りと共に、好きな音楽をかけていればそれで良かった。
サイクリングもやったな。目的もなくただ河原を走るだけで、その日は満たされた。
風呂では良く歌った。狭くてもそこには充実感があった。
日当たりが良かった。それだけで日々の生活が明るくなった。物理的にも精神的にも。
そしてこう思ったのだ。僕が過ごしていた日常はどんなに贅沢なものだったかを。
人間とは欲深いもので、その日常を過ごしていた僕はこの贅沢さに当然気付かず、さらに何かを求めていた気がする。
今だって、求めているんだ。僕の思考回路の根本的なところは何も変わっていない。
ただ、それに気付けた。
この生活で得たものは、そんな気付きと、数値上健康に近づいた体。
無駄な経験は無いのだと感じ、そんな日常を取り戻すことを心に決めた、今日この頃であった。