19歳の春。僕は、母に料理を教わった。
それなら、一つ料理教えるからこっち来て!
寒くなると、何故か過去を思い出します。どこかに拠り所を求めるからかな?
そんな過去の一片。ふと、思い出したので書いてみようと思います。
19歳の僕は一年浪人し、どうにか大学に合格し、春からの大学生活に備えていました。他県の大学への進学となるので、実家から離れて一人暮らすこととなりました。
当然、初の一人暮らし。とりあえず家具やガスなどの準備はひと段落したものの、これからの一人暮らしのイメージがいまいち湧きませんでした。
何をしようか。何ができるんだろう。今までは想像してこなかった事がこれから起きていくのだろうか。
宅浪というのは落ち着かないもので、そんな妄想をしながら暇じゃ無いのに暇な気がしていました。
暇なんだよな〜と思い、ふと昼間の飯を自分で作ってみることにしました。
一人暮らししたらやってみたいことランキング1位が自炊。昼間は家に1人。昼間は一人暮らしみたいなもんで、僕はたまに家の冷蔵庫を漁って自分で昼飯を作ってみたりしていました。プレ自炊。
ただ、その行為がバレることを何故か恥ずかしく思っていた僕は、家族にその事を話す事はありませんでした。話したからなんだという事はないんですが、当時の僕は何故かバレたくありませんでした。
ただ、素人の僕の料理はマズかったんです(当然だよな)。レシピ通りに作るという概念はなく、ノリで作る。味の素はクソみたいなプライドで使う事はなく、炒飯を作った日には塩胡椒のみの味付け。思い出に残る味となったのは秘密。
不味くて作るのをやめて、また自分の可能性を信じて作って。
当然、料理の腕は上がることはなく、3月になりました。そろそろ契約したアパートへ引っ越し、新たな生活を始めることになりそうでした。
あと1週間か。
そんな感傷に浸るだけの感受性を持ち得ていなかった僕は、そんな事を思わず。
一浪の不安を持ちながら、大学生活にだけ気が向いていました。そんな時に、
一人暮らしのご飯はどうするの?
スーパーから帰ってきた母が言った。
んー、自炊するかな。
白々しく、自炊経験をした事がないかのようにそっけなくそう答えると、母は野菜を取り出しながら
んだば、一つ料理教えるからこっちさ来て!(東北弁)
いきなりの出来事に一瞬、間ができた。
とっさに僕は、
たしかに。
と意味のわからない返答をして、そう言った手前何故か素直に照れ隠ししながらも台所へ向かいました。
急な展開にも驚きながら、それまでの人生で一番頭の回転が良かった浪人生の僕はすぐに冷静になる事ができました。
いつぶりだろうか、母と一緒に台所へ立つのは。
いつのまにか母の背を越し、一緒の布団に寝ていた僕も、来年には成人。想像していた成人とは違うけど。
小学校の時以来かな?フルーチェ作った時だっけかな?クッキーを作った時だっけ?いや、カレーの野菜を炒めた時以来?そんな事を思っているとなんとなく心が温かくなっていきました。走馬灯じゃないけどね。
ベタなワンシーンがまさか自分の身に起こるなんて思いもしませんでした。でも現実に起こっている。なんとも言えない感覚は今でも覚えています。
そして、目の前にあるのはキャベツとえのき、豆腐。
あー、あれか。
材料を見てわかるほど食べてきたあれ。でも作り方はわかりませんでした。醤油は入ってる。でもあの甘さは?とろみは?たっぷりの汁は?
砂糖でも使うのか?とろみは片栗粉?みりんでも使うのか?いつも食べているのに何もわからない。今でも料理名は謎。
母も、なにも普通のことのように振る舞っているけど、やっぱりどこか恥ずかしそうだった気がします。
きっとお互いに走馬灯のようなものが巡ったであろう時間と共に現実は進んでいきました。
手で割くと、味が染みやすいんです〜(母は説明する時だけ標準語になってた。ほっこりする。)
キャベツ、豆腐は手で一口大に。えのきは石づきを落とし手で割く。
大きめの鍋を準備し、キャベツ、えのき、豆腐、キャベツの順に入れていく。キャベツは押し込むのがポイント。
調味料は酒と醤油、そしてほんの少しのごま油のみ。
醤油をふた回し程度。酒はひと回し。まぁ、大体同じぐらいの分量かな。
蓋をして、中火でキャベツがくったりするまで待つ。途中、お玉などを使い全体を押しならす。
全体がくったりしたら、ここで味を見て整える。えのきから出るとろみによっていつもより薄味でも大丈夫。
味を落ち着かせるために少し時間を置く。食べる時になったら再度火にかけ、温める。最後にごま油をほんの少し垂らして出来上がり。
甘さ、とろみ、たっぷりの汁は全て素材から出るものだった。僕は知らないうちに素材を味わっていたのだ。
恐らく、素材の味とかそんな深い意味はなかった。単純に料理をした事がない自分にも作れるようにとシンプルな料理を教えてくれたのだろう。
シンプルなのに美味しい。
そこにはいつも食べている味があった。
その日の夕食には、いつもと変わらないかのように自分の作った料理が並び、いつも通りの味だと言わんばかりに食べ進められた。
俺が作ったんだぜ、、、
食べる側からすれば味が同じなんだから気づくはずないよな笑
でも、母だけは知っている。母もいつも通り。なんとも言えない食卓だったな〜
さぁ、作ろうか。母の味を。
一生に一度あるかないか。
母に料理を教わる。分量は思い出とともに。