「絵解きマーケティング」
幼い頃から本屋に行くのが好きでした。たくさんの本が並ぶ中で、自分の興味分野の本が並ぶ書棚の前で、その背表紙を見ながら幾つかの本を手許に引き寄せて少し読んではまた書棚に戻す。あまり長く読み続けていると、店主から小言を言われた時代です。昭和を回顧すれば「貸本屋」という店がありました。頻繁に本を買って貰える家庭ではなかったので、読もうと思った本は「貸本」で借りるか、学校の図書室の本を借りるのが当たり前でした。ただ、年に数回だけですが、おもちゃを買って貰った記憶がない父親と一緒に本屋に行くと、「好きな本を1冊だけ買ってやるぞ」と言われ、胸弾ませて本選びをしたものです。
母に連れられて兄と共に他人の家に行った折にも、愛想よく話をするのが苦手だった私は、大人と会話をしている兄を見ながら、その横で黙って本を読んでいる子どもでした。あまり子どもらしくない子と言われた記憶があります。
長じて中学校に通うようになってからも、本を読むのが好きでした。自宅から離れた私立中学校に通っていたので、朝は(当時の国鉄)中央線での通学でした。約30分は大人の勤め人と一緒の電車に乗る。どうにか隙間を見つけて左手で吊革につかまり、右手で文庫本を開く。教科書類は肩から掛けた袈裟懸けの帆布の鞄に入れていました。
駅間の移動時間が読書時間。空間の制約もあり、基本的に文庫本をもっていたように記憶している。古典と言われる小説も読んでいた。読めない漢字にも多く出逢う時。ただ、たとえその漢字自体は読めなくとも、前後の脈絡から何となく意味を解釈できたように記憶しています。
その後、大学生の折にマーケティング概念に出逢う機会を得て、ビジネスの世界でマーケティング実践を学ぼうと心しました。公式に当てはめて一つの解を求めるのではなく、多様な現象や事実を自分なりに解釈して、多様な未来図を描いていくマーケティング思考に興味を持ったからです。そのためには、まさに多様な下地となる知識がなければ、どうしても狭小的な発想しか出来なくなってしまいます。
興味関心の領域が広がり、今まで知らなかったことを知ることの楽しさを知るようになったように感じます。理解できないことも、時折出逢うちょっとした図表を眺めていると、イメージの幅が広がっていったように思い出します。文字だけでは伝えきれないことも、図を見ることで固まっていたイメージが広がったからでしょう。
社会に出て企業に就職。マーケティング・スタッフとして第一歩を踏み出しました。ビジネス・スタッフはどうあるべきかを日々教えてくれた先輩諸氏や上司に恵まれて、多くの学びを得た時でした。特に、自分の考えや仮説を他者に説明する際に、どうしても饒舌な話になってしまい、まとめをつくる際にも、文章量の多いシートを何枚も(当時は手書きで)作成していると、上司から「言いたいことは1枚のシートにまとめなさい」と、いつも指摘をされていました。今思えば「企画書は1枚のまとめがポイント」という、自分自身のプランニングの基本スタイルが出来ていったことに感謝しています。
言いたいことがたくさんあっても、全体を見直してみると、幾つかに絞って考えられるもの。更には、その中でも特に伝えたいことを絞っていくと、確かに1枚のシートにまとめることが出来る。自分自身のプランニング・スタイルが形作られる基も、実はその頃からの作業に対する姿勢や癖が身に付いたからであろうと思っています。情報の発信者は、どうしてもたくさんの文章を記述して、相手に読んでもらいたいと思うものです。しかし、受信者サイドでは、ポイントは何なのかをいち早く知りたいと思うものです。知らせたいと思えば、文字の情報だけでは「読む」ことを前提としなければ伝えることは出来ません。伝えるためには、相手に何かを気づいてもらう必要があります。気づくきっかけとして、ちょっとした動きがあります。静寂の中で、何かが動くとハッとして気づくもの。それと同様に、平板な文字が並んだシートのどこかに、気になる図形や記号があると、全体のなかで気になることが多いのではないかと思います。まさに、文字解釈をする「左脳」だけではなく、図形認識をする「右脳」の活用を促すことが必要です。
子どもの頃に読んでいた本のなかでも特に幼少期には「絵本」があったことを思い起します。文字を読むことにそれ程の苦労はしなかったのですが、図や絵があると自分の描く世界が広がったものです。私は童話(民話)のなかで「かさじぞう」が好きでした。雪道を家に戻る途中で、降り続く雪が頭に積もった地蔵に気づいたおじいさんが、六体の地蔵には自分がつくった笠を、一体には手ぬぐいをかぶせる善行をする場面は、文字での説明と共に絵が描かれており、幼い自分が、今、雪の道を行くように思えたものです。
絵はやがてアイコンになって、「見て」「感じる」きっかけも多くなってきました。私が半世紀前に出逢ったマーケティング思考の数々も、その折に多くの気づきを与えてくれた本のような整理が出来ないかと考えてきました。ここに取り纏めたものは、ビジネス現場で思考を巡らせる際の視点を提示すべく、自分自身が取り纏めてきた幾つのかの「マーケティング眼シート」を基にして、1視点1葉で表記します。
さらに加えて、マーケティングの主要テーマでもある「概論」「ブランディング」「企画」に関しては、講義のレジュメスタイルにしています。テーマに沿って、読みながら見ながら、ふと何かに気づいてもらえることを期待しています。
考える糸口は、一人ひとりの「気づき」の発露でもあります。多くの文章を読み込んで理解することも重要ですが、それと同等に重要なことは、ちょっとした変化や刺激に触れて、新たな発想につながるような「気づき」を得ることです。わずかな説明文に目を通して頂くと共に図表を眺めて頂き、思考の幅が広がっていくことを期待しております。
2021年5月
清野裕司
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