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若者のパワーが集まる秘密基地 ~多摩市若者会議~

 こんにちは。日本青年館note学生記者の城田空です。簡単に僕の自己紹介をさせて頂きます。
 名前は城田空、現在、多摩大学に通う大学一年生です。出身は福島県いわき市で東日本大震災を機に神奈川県に引っ越し、現在は神奈川横浜市に住んでいます。高校生の頃からまちづくりに興味をもち、実際の活動に取り組み始めました。今はまちづくりを志す若者を繋げる団体「CRENECTION(クリネクション)」で副代表をしています。
 今回は東京都多摩市で活動する多摩市若者会議を取材しました。取材場所は多摩市若者会議の活動拠点にもなっている未知カフェ。未知カフェは小田急・京王永山駅から少し離れた建物の地下にあり、むき出しのコンクリートの壁、DIYで制作された装飾品、吊るされた電球が淡い光を放つ秘密基地のような場所です。
 多摩市若者会議で中心的な役割を果たしている高野義裕さんにお話を伺い、別日に若者会議の担当をされている多摩市役所の皆さんにも取材させて頂きました。
 多摩市若者会議、本当に面白い団体です。取材を進めていく中で自分の経験と照らし合わせて多摩市若者会議に接し、もっと早くこの団体と出会えたらよかったのにと思いました。僕がそう思った理由がこの記事の中で伝えられたら幸いです。

多摩市と多摩市若者会議

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取材に応じてくださる高野さん

 そもそも多摩市若者会議が活動する多摩市とはどういう場所なのか。
多摩市は1971年11月1日に誕生、市の6割が多摩ニュータウンという住宅街になっていて、学生のまちとしても親しまれています。さらに、スタジオジブリの「平成狸合戦ぽんぽこ」「耳をすませば」の舞台になった地域としても有名です。
 そんな多摩市にも課題は存在します。高野さん曰く多摩市の課題は「若者」だそうです。「多摩に住んでいる若者は地元出身かどうかを問わず大学卒業後に出て行ってしまう」と高野さんは語ります。
 多摩市周辺には多くの大学があり、二十歳前後の若者が少なくないようです。僕も多摩大学に通い始めて三か月。確かに大学で新しく出来た友達で別の地域から来て多摩市に住んでいる学生はいます。多摩市にある大学に通っている僕を含め、大学生が卒業後、多摩市を離れるのは必然のような気がします。ところが、物語はその先にあるようです。高野さんは語ります。

 「五年くらい継続して活動していると多摩に戻ってくる人達がいます。ここを繋ぎたいのです。多摩市出身の人も周辺の人も、そのまま多摩市にいてくれたらいい。そのために多摩市若者会議を多摩市と続けています」。

若者のやりたいことが出来る町

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 そんな思いから2017年に始まった多摩市若者会議。今どんな活動をしているのか、高野さんに聞いてみました。
 「多摩市役所が一番初めに言い出したことが『若者のやりたいことが出来るまち』。ワークショップとフィールドワークをやっていました。ワークショップはみんなで集まって多摩市でこんなこと出来たらいいよねと意見交換をして、フィールドワークでは実際に外に出て街を見ての気付きからアイディアを出したりしていました」。
 ここまではよくあるパターンで、多くの地域で行っているのではないでしょうか。僕が高校生の頃に参加したイベントやプログラムは、ほとんどこういった話し合いや発表をして終わり。しかし、多摩市若者会議は違います。
 「ここで出たアイディアを若者自身でやってしまおう、というのが多摩市若者会議の特徴で、アイディア出しの段階で参加していた若者会議のメンバーが、立案から運営まで行うようにしました」。
 僕が多摩市若者会議を面白いと思った一番の理由がここです。僕は高校生の頃、自分たちが本気で考えたアイディアが発表して表彰されただけで終わってしまうことに不満を持っていました。その不満を完全な形で解決しているのが多摩市若者会議です。実際にアイディアを出すのとそれを実行するのには大きな差があります。理由は様々ありますが、一番の問題は、誰が責任をとるのかだと思います。若者が考えたアイディアを若者が実行することに対して、責任を持つことは簡単なことではありません。しかしそれを実行しているのが多摩市若者会議。だから、僕はこの話を聞いた時感動し、そしてもっと早く多摩市若者会議のことを知りたかったと思いました。 
 それでは、これまでの実現した最大のアイディアとは何だったのでしょうか。高野さん曰く、「実は最初にやった大掛かりなプロジェクトがこの未知カフェです。1年目にアイディアを出して2年目に場づくりをしている人達に話を伺い、その結果クラウドファンディングやろうと。2年目の最後の方からDIYで地域の大工さんとかと協力しながら作り始めて、3年目にオープン。3年がかりでした」。
 立案から3年で完成できる実行力、凄すぎます。このカフェに入った時、一番初めに秘密基地みたいだなという印象でした。駅にあるオシャレなカフェではなくて、手作り感があり一から自分達で作った秘密基地のようだと。僕はかなり気に入ってしまいました。このカフェならどんなことも出来そうな可能性が感じられてワクワクします。そんな気持ちに完全にマッチした企画を多摩市若者会議では行っているそうです。実際の運営を伺ってみました。
 「カフェを利用して一日店長方式で運営しています。コロナ禍であまり出来ていませんが、メンバーが店長になりメニューを考え、毎日趣旨が変わるのです」。
 まさに、僕がやりたかったような企画です。カフェを自分がやりたいコンセプトで一日運営する。めちゃくちゃワクワクします。さらに学生がチャレンジしやすいよう、材料費をカフェ側で負担する仕組みもあるそうです。ちなみにこの一日店長は多摩市若者会議のメンバーでなくても出来ます。僕は夏休み中に準備して、秋学期の学校の帰り大学の友達を呼んで一日店長を出来たらいいな、なんて考えています。

これからの多摩市若者会議

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 高野さんの取材から数日後、多摩市役所の皆さんに取材をし、多摩市若者会議にどのような存在になって欲しいかを聞きました。
 市役所にとって多摩市若者会議とはどういう存在なのでしょうか。「まずは若者が参加しやすい地域の仕組みっていうのを作って行くところなので、 地域や行政へ若者にいかに参加してもうかというのを考える場所です」と市役所の永井さんは説明してくれました。若者の政治離れなど地域の問題に直で取り組んでいる市役所の方々がどれだけ若者の意見を聞こうとしているのかが分かりました。地域に何か変化を起こすなら政治が変わらないと出来ないと思っている人も多いと思います。でも多摩市若者会議は若者が自分の手で地域を変えるきっかけを作る場所として立ち上げた。僕はこれも一つの政治参加だと思います。
 そんな多摩市若者会議に多摩市役所が期待することは何なのか。同じく市役所職員の西村さんは「初めは若者の意見を聞く場として多摩市若者会議を立ち上げましたが、活動するうちに提言から挑戦へと変化してきました。何者でもない挑戦できる場所というのが魅力です。そういった意味で次に世代が活動できる場、挑戦できる場のようなものになって欲しい」。この話を聞いて多摩市若者会議は多摩市の若者のパワーが集まる中心になると思いました。地域で若者が挑戦できる場はそうそうありません。その挑戦を市がバックアップしてくれる。これこそが多摩市の魅力になっているように思えます。
 多摩市役所には多摩市若者会議での経験を通じて就職した方がおられます。満井さんです。 満井さんは多摩市役所に勤める前、多摩市若者会議のメンバーでした。大学生時代、自治体の広報の役割を考えていた時期があり、そこがきっかけで多摩市若者会議に参加したとのこと。多摩市若者会議のメンバーと多摩市役所の職員という立場。この二つの視点から見た多摩市若者会議にはどのような違いがあったのでしょうか。「私が参加者として感じたことは企画して実行できるという部分よりも、多摩市若 者会議を通して自分が今まで関わったことのない業種の人と会えるというのが一つモチベーションです。映画業界の方がいらっしゃったりして、そんな人と関わることなんてないと思っていて、他の人が体験できていない事を体験できている。そこに価値を見出した ところはありました。そこから、なんで様々な業種の人達が若者会議に集まるのだろうという疑問もありました。今、市役所の職員となって感じることは、社会人になってから実践する場、自分が何かやってみたいと思える場所というのがあまりありません。若者会議は会社と家ともう一つの場所、サードプレスとしての価値があると思っていて、それが地域という身近な場所としてあるのが重要だと思います。参加者の時に感じていた様々な業種の社会人がなぜ若者会議に集まるのかという疑問が今なら分かるような気がします」。
 僕は企画して実践できる場所として多摩市若者会議がいい場所だと思いました。ですが、参加者として社会人として満井さんが見出した価値もまた多摩市若者会議の魅力なのでしょう。人や立場が変われば変わるだけ価値や魅力も変わっていく。すこしだけ多摩市若者会議を理解できたような気がします。

この記事を書いた人

城田 空(しろたそら)福島県いわき市出身、神奈川県横浜市在住。クリネクション副代表。趣味はボードゲームやカードゲームなど。「人と人を繋ぐソフト面でのまちづくり」を勉強中。将来は東北でまちづくりの仕事をしたいと考えている。

◆もっと知りたい!な人へ
・多摩市若者会議
 https://tamayouth.jp/

・未知カフェ
 https://tamayouth.jp/michicafe/


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