【AI支援改稿】マリオネットとスティレット 第二話 救貧院にて
※数万字分の設定やプロットを入力したClaudeのproject機能を用い、書きかけの小説を再構成。最終的な文章の調整は自分、北條カズマレによる。
救貧院は、古い教会を転用したものだ。もともとは国教会が所有していたもの。このパラクロノスの街が自治の力を増すに連れ、彼らはどんどん資産と権益を手放した。その結果、神との対話の場所が、もっとも忌み嫌われている暗殺ギルドの手に渡ったということだ。貧民街の外れ、街の城壁にほど近い、最も標高の低い場所の教会だが、この件は中央の国教会の聖職者を大いに慌てさせた。だからこそ暗殺ギルドも空気を読んだ。この場所を貧民救済の拠点にするしかなかったのだ。
「みんなー! 今日はテルお兄さんが絵を教えてくれるよー」
その声が石造りの教会堂に響き渡る瞬間、レカは思わず足を止めた。朝陽に照らされた古い窓からは、木々の葉を透かした光が階段状の床に落ちている。まるで神の恩寵のような輝きだ。しかし、まさにその光が、レカの両手に残る生々しい感触を際立たせる。昨夜の仕事の痕跡。それはまだ消えていない。
礼拝堂の中では、子供たちが輪になって座っていた。獣人の耳、エルフの耳、そして普通の人間の子供たち。この場所だけは、街の差別も、貧富の差も存在しない。テルが持ってきた画材を、みんなで分け合っている。
「はい、順番に並んでね」
若い娘の声が優しく響く。美しい娘だった。あえて地元の伝統的な形式を模したくすんだドレスでも、この薄暗い救貧院の中で、まるで光を放つかのようだ。レカは教会の窓の外からその様子を見つめていた。抱えた荷物が、妙に重く感じる。
「じゃあ、みんなで絵を描いてみよう!」
そう言ったのは、金髪の青年。いや、少年だろうか。年齢よりも幼い顔立ちだ。汚れてもいいように古着を着てはいるが、その物腰からは隠しきれない気品が滲み出ている。
「テルお兄ちゃん! 絵の具欲しい!」
「ごめんね、数に限りがあるから……」
テルが画材を配り始める。画材とは言っても、キャンバスの代わりにボロ布、筆も足りないから大半は黒鉛、高価な貴族用の絵の具は、テルの持ち込み。小遣いの範囲内で揃えることができたものだ。安いパルプ紙や布の破片、そして木炭と高価な絵の具。数を揃えようとすると、なかなか貴族の師弟でも厳しい。他の学友のように、湯水のようにジャブジャブ金を渡されているわけでもないのだ。なんとも慎ましやかな絵画教室、それでも子供達の笑顔は弾けんばかりだ。獣のふさふさした耳や、エルフの長い耳を備えたもの、人間の子供もいる。みんな元気いっぱい。そんな中で、優しくお手製に画材を配るテル。レカは彼の仕草に、いつもの優雅な印象を感じ、安心感すら得た。しかし同時に胸が締め付けられる。昨日の暗殺の記憶が、まだ生々しく残っているから。
(あーしにゃ、似合わねえ場所だよな……)
レカはそっと木箱を置こうとした。だが、
「あ! レカお姉ちゃんきたぁ! リリアさん! レカおねーちゃーん!」
獣人の子供が駆け寄ってくる。娘が振り返った。
「あ、レカさん! みんな! レカさんが来てくれたよ!」
その声に、子供たちが一斉に振り返る。レカは精一杯の笑みを浮かべた。
「よっ! 配達サービスでーす!」
両腕に山のような荷物を抱え、背中にも大きな袋を背負ったレカが姿を現した。常人なら持ち上げることすら困難な量だ。
「レカさん!」
美しい娘が駆け寄る。
「また、そんなに。私たちで取りに行くって言ったのに」
「へへー、運動不足解消!」
リリア。暗殺ギルドのボスの娘。リリア・ヴォルヴィトウール。古びて捨てられた教会を背景に、まるで光を背負っているように。愛すべき、花。この汚された街に咲いた、唯一誰にも汚されない、真っ白な花。レカは彼女を見るたび、そのイメージを抱く。暗殺ギルドの中で、この聖女のような女性の力になりたいと、思わないものはいない。
荷物を下ろしたレカは汗すらかいていない。赤い瞳の魔力。極めて少数だけが宿す、超人的な力。
「すごいね、レカ。手伝ったのに……」
テルが近づき、さりげなく彼女の様子を確認する。なにか探るような視線。しかしレカはそれをいなすように、
「っへ、おめーの細腕じゃあ、これひとつも持ち上がらねーよ! おめーはガキの頃から力弱かったもんなあ」
そのレカの言葉に、テルはなおも何か言おうとするが、レカは軽く首を振り、話題を遮った。
「リリア、オメー、ボスが心配してたぞ? 頑張りすぎるなよ? 疲れたら言えよな?」
リリアは微笑んだ。見るもの全ての胸を解き放って幸福を感じさせるような、そんな笑みだった。
「ふふ、レカさんはいつもやさしいなあ。わかってるって! でも私は一族で一番役立たずだから、人より頑張らないとね」
レカは、初夏の白い陽光のようなリリアに会うと、いつも思うことがある。自分とは何もかも違うと。あまりにも大きな違いに、レカは恐ろしさを抱いていた。この街で一番罪のない年下の娘に、筋違いの嫉妬と憎しみを抱いてしまいそうで……。
(レカ……)
テルはレカの幼馴染みだ。彼女の心の機微なら、親よりもわかっている。今彼の青い瞳に映るレカは、悲しさに耐えているように見えた。
「お、絵の教室?」
レカが腰を折って、子供たちの輪に目を向ける。礼拝堂の真ん中の、寄付された木のテーブルに、色とりどりの絵が散らばっている。
「なんだなんだ、隠すなよー、見せてよー」
獣人の子供が恥ずかしそうに描きかけの絵を見せる。不格好な線で描かれた時計塔。
「おー、うまいじゃん!」
レカは屈んで絵を覗き込む。そしてテルに向けて手を伸ばす。何か描くものをよこせ、と言いうことだ。テルは不躾さに不満げな顔も見せず、サッと木炭の棒と紙切れを渡す。それを見ていたリリアがクスクス笑った。幼馴染みゆえのつーかーのやりとり。しかし面白いのは、貴族の姉弟をアゴで使える暗殺ギルドの人間なんか、他にいないということだ。
「あーしも描いてみていい?」
受け取ると、レカは言った。
「レカさんも絵を描くんですね」
リリアも興味深そうだ。
「ヘタクソだけどな!」
と言って描き始めたレカの手つきは、驚くほど繊細だった。暗殺の技術を磨くために鍛え上げた指先が、今は優しく木炭を走らせている。その様子を見ていたテルは、レカの普段見せない表情に気づく。いつものどこかしらk影のある眼差しは消え、代わりに柔らかな光が宿っていた。
「レカお姉ちゃん、なにを描いてるの?」
獣人の子供が首を傾げて覗き込む。レカは少し照れたように笑う。
「これはな……」
描かれていたのは、朝日に照らされた大時計塔。だが普段の威圧的な姿とは違い、どこか優しい輝きを放っているように見える。
「すごい!」
子供たちが口々に感嘆の声を上げる。その反応に、レカの頬が少しだけ紅潮した。誰にも言えない暗殺者として生きる日々の中で、こんな純粋な称賛を受けることは稀だった。
「レカさんって、本当に繊細なんですね」
リリアの無邪気な言葉に、レカの体が一瞬硬直する。他意がないことはわかっていた。リリアは暗殺ギルドの「仕事」から、完全に隔離されている。血の一滴も跳ねたことがない、純白な存在がリリアだ。だからこそ、その言葉はレカの胸を残酷に貫く。その「繊細さ」は、人の命を奪うための技術でもあるのだ。しかし、そんな暗い思いは、すぐに子供たちの笑顔に押し流されていく。
テルは黙ってその様子を見つめていた。レカの笑顔の裏に潜む影を。
「ねえ、レカお姉ちゃん、この絵、もらっていい?」
エルフの少女が恥ずかしそうに尋ねる。レカは一瞬考え込む素振りを見せた後、にっこりと笑う。
「いいけど、その代わりおめーも絵を描くんだぜ? 約束な」
その言葉に少女の顔が輝く。レカは静かに息を吐く。この子たちの未来に、自分のような影は必要ない。そう願いながら、彼女はその子の後ろに周り、優しく小さな手に自分の手を添え、木炭を走らせる手伝いを始めた。
少し離れたところで、リリアがテルに言った。
「本当に素敵ですね」
リリアの穏やかな声は、子供達が楽しそうにするのを心から喜んでいることが察せられた。
「レカさんが来てくれると、みんな、こんなに生き生きするんです」
その純粋な賛辞に、テルは複雑な思いを抱く。彼はずっとレカのことを見てきた。それこそ、幼い頃に自分の屋敷で彼女に追いかけ回されたり、イタズラの標的にされた頃から。最近でこそ学院での貴族教育だの、貧民街の見回りだので、会う機会は少なくなったが、だからこそ些細な変化に敏感だった。テルだけが、彼女の表情の陰影を見逃さなかったのだ。
(レカ本人は、どう思ってるんだろう)
なにか、テルには話してくれない重荷を、彼女一人で背負っているのではないか。そんな思いが、彼の胸を締め付けた。彼はまだ、幼馴染みの血塗られた使命を知らないのだ。やがてみんなの作品が出来上がりはじめる。テルがレカの絵を壁に釘で打って貼り付けて、出来上がった子の作品も飾っていく。
「ね、レカさん」
リリアがテーブルに頬杖をつきながら言った。ぼーっとレカの手が女の子が握る木炭を導くのを見ていた。
「私たち、暗殺ギルドは変わったんですよね」
レカの手が一瞬止まる。女の子が不思議そうな顔で振り返り、それはまたすぐに動き出す。
「レカさんも聞いてるでしょう? 昔は……暗い噂もあったって聞きます。でも今は違う。私たちは街の人々を守る存在になったんです、兄さんは、まだ、その、危ない仕事を請け負うけれど……でも……それももうだんだん少なくなるはずなんです」
純粋な誇りに満ちた声だった。レカは黙って聞いている。
「だから、レカさん。あなたはずっとずっとこの街区の世話役でいてください。あなたは……私たちのようになってはダメですよ」
リリアは優しく微笑む。
「罪は、これからの人は背負ってはいけないんです」
バキッ。大きな音がした。テルが驚いて振り向いた。
「あ、レカお姉ちゃん、黒いの折れちゃったよー」
一瞬の沈黙。テルの視線がレカに注がれる。リリアはあまり不思議にも思っていないようだった。レカは力無く笑った。
「ハハ、いっけね。あーし、馬鹿力だから……」
レカは努めて明るくそう言った。テルにはわかった。無理をしていると。その声は、いつもより少しだけ高かったから。
絵が完成した。女の子が嬉しそうにそれを持って飛び跳ねた。しかし立ち上がったレカの手は、かすかに震えていた。テルはそれを黙って見ていた。
「あ! メスゴリラだ!」
「レカおねーちゃんが鬼!」
「おー、おー、なかなかの挑発だあ」
暗くなりつつある庭で、鬼ごっこが始まった。キャーキャーという、外の楽しそうな声を聞きながら、テルとリリアが屋内の片付けを済ませた。
「本当に優しい人ですね、レカさんは」
壁の一部の木の板に貼られた絵に触れながら、リリアが言った。
「レカさんにはいつもお世話になってるの。レカさんはすごいの。暗殺ギルドの本当の構成員じゃないのに、父上の言うことを一番聞いてくれてさ! 私のこともすごく気遣ってくれるんだあ」
テルは複雑な気持ちでそれを聞いていた。夕暮れが、救貧院の古い窓ガラスを赤く染める。子供たちがはしゃぐ声を聞きながら、みんなが描いた作品を見るのはとても幸福だったが、紙と絵具の匂いの中でも、晴れない気持ちがある。レカと深い話をしたのは、一体いつが最後だろう。レカもテルも、最近忙しい。
「私、レカさんが大好きなの! なんだか、本当のお姉さんみたいで……。暗殺ギルドでは女の人で私と気楽に付き合ってくれる人いないから……」
リリアがやわらかな微笑みを浮かべる。その表情には、暗殺ギルドの令嬢としての威厳より、純粋な喜びが溢れていた。どこかの聖女が子供っぽい笑みを浮かべたような。
「そっか……」
テルはぼーっと子供たちが描いた絵を見ながら、曖昧に頷く。壁に貼られたたくさんのそれには、色とりどりの夢が描かれていた。だがその中に、一枚だけ異質な絵があった。なかなか手に入らない白い布をくじ引きで手に入れた子が、木炭で塗りつぶすように描いた絵。たしか、6歳のエルフの少女の。レカは手伝った絵だ。そこに描かれているのは真っ黒な大時計塔。その下に、女の子が自分だけで描いた部分がある。絵の具を遠慮するように使って描かれた、赤い目をした金髪の人影が佇んでいる。
「あの子、レカさんが本当に好きなんですね」
リリアが言う。その声には何の疑いもない。テルは絵が描かれた布に指でそっと触れつつ、背中で聞いている。彼は絵をずっと前からやってきた。16歳になった今もアトリエにこもって絵ばかり描いている人間だ。だからこそ、何か伝わるものがあった。
「ふふ、みんな、レカさんのことを街の英雄だと思ってるんです。この低い方の街区のみんなが、レカさんのことを本当に……」
テルは黙って絵を見つめ続けた。赤い目の描写が、妙に生々しい。
「リリア。君も何か、何も知ら……」
思わず口から漏れた言葉に、リリアは首を傾げる。
「何も? それって...何のことですか?」
「いや...」
テルは言葉を飲み込む。確信を持てていない疑問を口にすることはできない。それは同時に、この救貧院の、あるいは貧民街の、託された希望を壊すことになるかもしれないのだから。
「テルさん、最近どこか暗いですよ」
リリアがそっと彼の傍まで近づいてきて、真っ直ぐにテルを見つめる。レカのことについて、疑いすら持っていないのだろう。テルはその視線を受け止めることができなかった。
「レカさんのことを、心配しているんですか?」
その瞳には、兄弟を想う妹のような愛情が宿っていた。そう、15歳のリリアにとって、テルもレカもお兄さんお姉さんだ。だが、そのまっすぐな信頼にどこか後ろめたさを感じて、テルは思わず目を逸らす。
「僕には……描けないんだ」
「何がですか?」
「この街の真実を。君のように、純粋に信じることも。レカのように、闇の中で戦うことも」
夕陽が沈み、部屋が徐々に影に包まれていく。リリアのドレスの白だけが、まるで光を放つように浮かび上がっていた。
「私にはよくわからないけど……」
リリアはそっと蝋燭を灯す。少しだけ礼拝堂が明るくなった。
「でも、テルさんには描く力がある」
リリアは静かに言う。
「絵を通して、子供たちに希望を与えることができる。食べ物をくれる人はいますけど、貧民街の一番下まで降りてきて、絵を教えてくれるなんて……。ふふっ。ここまでしてくれる人、いないですよ」
「そっか。希望か……」
テルは苦笑する。希望はレカなのだ。しかし、自分も少しはそれに近いものになれるだろうか。そう思った。
「でも、僕は嘘しか描けない。食べ物は本当だし、レカが助けてくれるのも本当だよ? でも、僕ができるのは……綺麗な嘘くらいで……」
リリアがふっと息を吸った。
「嘘じゃありませんっ!」
リリアの声が、珍しく強くなる。
「この子たちが描く未来は、本物です。たとえ...私たちの知らない影があったとしても」
テルは驚いてリリアを見た。その瞳に、今までに見たことのない強さが宿っていた。
「私は……全てを知っているわけじゃありません」
リリアは窓の外、沈みゆく太陽を見つめる。
「それに何かを察することができるほど賢くもない。でも、それでも、見えたものの中から想像することはできます。近寄って知ることもできます。それでもわからないことは、信じることだってできます。レカさんのことも、この街の未来も……私から見て、レカさんはすごくいい人だし、本当に姉のように思っています。それが、それだけが私は信じる真実ですっ!」
静寂が二人を包む。やがて、街の魔光灯が次々と灯されていく。その青白い光は、二人の影を壁に映し出していた。一人は真っ直ぐに、もう一人は少し歪んで。