【台本】『遣いの使いを終える刻』投稿
『遣いの使いを終える刻』
を、声劇台本置き場様に投稿いたしました。
遣いの使いを終える刻(とき) 人柱、生贄。
神に縋り、人が始めたその行いは それは果たして正解であったのだろうか
そしてそれは、神が望むものであったのだろうか
この台本には、
・天津祝詞の奏上
・唄の場面
が、含まれています。
天津祝詞を含めた理由
元々は、考えたセリフを入れていました。
ですが、しっくり来ず。
そこで、『天津祝詞』を入れてみました。
仏教校出身者は『般若心経』を唱えられ、カトリック校出身者も『主の祈り』を言える。私自身は『天津祝詞』を覚えているのですが、一体どれほどの人が知っているのだろう、と。『天津祝詞』を知っている人が少しでも増えてくれたらいいな、という思いも込めています。
神社でも、『天津祝詞』は神職のみが奏上するもの、と思われている場合がほとんどのようです。そのため、参拝時に口に出して言うためというより、七五三、厄除け等の祈祷をお願いしたときに、心の中で共に唱えてみるものとして少し覚えてみてはいかがでしょうか。唄
妹が姉に「覚えてるんでしょ」、「思い出してよ」と詰め寄るトリガーとして何がいいかを考えていた時、思い付いたのが唄でした。
兎は神の使い。そして彼女たちも神の使いの真似事をさせられている。
「うさぎは、寂しいと死ぬ」というイメージもあったり(科学的根拠はないそうです)というところから、彼女たちを兎に見立てた唄を作りました。
悲しいお話ではありますが、四番の歌詞で少しだけでも救われた気持ちになっていただけたら幸いです。
読んでいただいたり、劇で使ってもらえると嬉しいです。
感想等も、良ければコメントからいただけると喜びます!