四ツ辻のおばあさん
家の近くに交差点があり、その四ツ辻のところの一軒家に一人暮らしをしているおばあさんがいた。
表札は旦那さんと思しき男性の名前になっていたけれど、おばあさん以外の人がその家を出入りしているところは見たことがない。
毎朝、私と息子が出かける頃、大体外に出ていて家の周りの掃き掃除をしていたり、歩道にはみ出た庭の植物を剪定したりしていた。
そして私達に会うと、息子に向かって「可愛いねえ」とか「立派だねえ」などと声をかけてくれるおばあさんだった。
私は正直言ってこのおばあさんが苦手だった。
駅前などで、お友達と歩いているおばあさんを遠くに見かけると、決まって避けた。
顔が何となく意地悪そうで、私がちゃんと挨拶をしないものなら陰口を言いそうな雰囲気だったからだ。
それに、「お菓子があるからおいで」と息子に声をかけてきたこともあった。よく知らない人から貰ったものを子供に与える勇気はなかったため、やんわり断るのに苦労した。(もし貰っていたら、当時の息子はその場で食べると騒いだはずだ。)
だから挨拶くらいは交わすけれど、それ以上の関わりには発展しないよう、細心の注意を払っていた。
ところがこの数カ月、そのおばあさんの姿を全く見かけなくなった。雨戸も固く閉ざされたまま。
入院でもしているのだろうか。と気になりながら、おばあさんの家の前を、横を、何度も何度も通り過ぎた。
ところがこの間、黒づくめの怪し気な男性二人組が、メジャーを持っておばあさんの家の外を測っているのを見かけた。
何か嫌な予感がして、ふと見ると「売り物件」という看板が取り付けられていた。どぎつい色の、不動産の旗も三本、立てられた。
ああ。
やっぱりか。
そうなのか。
おばあさんは、もうここには戻ってこないんだ。
おばあさんのことを、疎ましく思っていた自分を後ろめたく感じた。
庭にはまだ、おばあさんが置いたままの形であろう緑のジョウロがある。
息子に、「おばあさん、いなくなっちゃったね。」と言ったら、「引っ越したのかも」と言った。
そういうのもあるか。
おばあさんのことは苦手だったけれど、今どこかで幸せだといいなと思う。