映像翻訳者が厳選! グッドバイブスな洋画 #2 『ガタカ』 (1997)【誰もが価値マックス】
◎いまだに輝きを失わない珠玉のSF映画
『ガタカ』はニュージーランド出身の監督、アンドリュー・ニコルの長編デビュー作として1997年に制作されました。派手なCGシーンなどいっさいない作品でありながらSFの傑作との呼び声が高く、2011年にはNASAが選んだ「現実的なSF映画」の第一位にも輝いています。私もこの企画を始めるとき「これは絶対にはずせない!」と真っ先にこの作品を候補にあげていました。
なぜこれほどまで人気なのか? それは「人間の価値」という大きなテーマをあつかっているからだと私は思っています。ですがこの映画の魅力はそれだけではありません。主人公のヴィンセントを中心に、人生、愛、偽り、疑い、殺人など、さまざまな要素が見事に絡み合うヒューマンドラマの面白さも兼ね備えています。さらにハラハラさせられるストーリー展開、キューブリックへのオマージュが感じられる70年代風のスタイリッシュなセットや映像表現、クラシックカーや重厚な音楽、シンプルで美しいセリフの数々など、少し考えるだけでもオススメポイントが次々に浮かんできます。
タイトルの原題『GATTACA』は監督の造語で、物語のなかでは宇宙開発をおこなう施設の名前として使われています。スペルにある、G、A、T、Cとはそれぞれ、DNAの塩基成分であるグアニン、アデニン、チミン、シトシンの頭文字からとられたものです。DNA、つまり「遺伝子」がこの作品の重要なキーワードのひとつになっているのです。
◎冒頭の引用からうかがえる監督の想い
『ガタカ』は次の2つの引用文から始まります。**********************************
神のみわざをみよ。
神の曲げられたものを、だれがまっすぐに直し得るだろうか?
(旧約聖書『伝道の書』7章13節より)
我々は母なる自然に手を加えようとするが
母のほうでもそれを望んでいると私は思う
(精神分析医 ウィラード・ゲイリンの言葉)
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聖書のほうは「神が与える試練を避けることはできない。ありのままに受け入れるのが最善である」と解釈される一節です。それに対してゲイリンの言葉は、それにあらがう意味にとることができます。果たしてどちらが正しいのか? この対比が映画のテーマを探る最初のヒントになっています。
とは言っても、こんな意味の取りずらい言葉を私たちはいきなり字幕でパッパッと見るだけです。冒頭に引用が使われる作品はときどきありますが、たいていは「ん?」と思うだけでスルーしてしまいます。もちろん私もそうでした。観終わってから「あれ?最初の引用ってなんだっけ?」と思い出そうとしても映画館では頭だけ見直すこともできず。あとからDVDなどで観て「なるほどー!」と、うなるわけです。
しかも相反する内容の引用を並べて見せるのは、とても珍しいことです。もしかすると監督も、私たちが戻ってくることを期待しているのかもしれません。大好きな本を繰り返し読むように2度3度と観て噛みしめたくなる映画。そんな作品を創ったのだという制作者の誇りとこだわりを、この冒頭は感じさせてくれます。
◎「適正者」と「不適正者」のいる世界
そう遠くない未来、世の中は子宝を「授かる」時代から「選ぶ」時代になっています。子どもをのぞむ親たちは遺伝子をチョイスするのが当たり前という世界を舞台に物語は展開していきます。
選べるのは、性別、身長、髪や皮膚の色といった外見的な特徴だけではありません。子どもをマッチングする施設には、近眼や依存症などの有害な因子があらかじめ排除されたものや、特定のスポーツや芸術に秀でた才能を持つものなど、たくさんの遺伝子がストックされています。親たちはそのなかから希望に見合う優秀な子どもを自由に「作る」ことができるのです。
こうして誕生した子どもはVALID「適正者」と呼ばれます。それに対して両親の「愛の結晶」として生まれた子どもはIN-VALID「不適正者」として差別され、希望の職にもつけず、適正者であるエリートたちの影に隠れるように暮らすしかありません。
人が手を加えて「作られた」人間の方が、自然の流れのなかで「創られた」人間より優位とされる世界。グッドバイブスでいう「誰もが価値マックス」とは真逆な常識が、この作品の大前提になっています。
主人公ヴィンセントは「愛の結晶」としてこの世に生を受けました。そして、生まれてすぐの血液検査で身体の弱い部分やかかりやすい病気などが瞬時に予測され、寿命はおよそ30年と告知されてしまいます。その事実をつきつけられた両親はショックを受け、怪我や病気のないよう神経をとがらせながら彼を育てていきます。
ただ、どんなに大切に育てても所詮は不適正者です。入学を希望する小学校があっても「不適正者の子どもは何かあったときに学校の保険でカバーできない」という理由で断られてしまいます。現実を思い知った両親は、2人目を「普通の方法」で作る決心をします。そして最高の遺伝子を持つ弟のアントンが生まれるのです。
やがてヴィンセントは、子どもながらに弟とはあきらかに「違う」ことに気づきます。もちろんアントンも自分が兄より優れていることを自覚しています。それでも兄弟でよく親の目を盗んで海へ行き、沖へ向かってより遠くまで泳ぐ競争をしていました。
2人が「チキン」と呼んでいたこの競争では、怖じ気づいて先に引き返した方が「臆病者」と呼ばれます。生まれつき心臓の弱いヴィンセントは当然、負けてばかりいました。それでも彼は自分の可能性を信じています。だから何度でもアントンに挑み続け、宇宙飛行士になりたいという幼いころからの夢を叶えるための努力も惜しみませんでした。そして青年になったある日、とうとう海で弟に勝ち、それを期に家を出ます。
数年の間、ヴィンセントは不適正者でも許される掃除の仕事をしながら各地を転々とします。そして清掃人として初めてガタカを訪れたとき、部外者の侵入を防ぐための厳しい管理体制を目のあたりにして、不適正者には手の届かない世界だと思い知ります。ですが「それでも可能性はゼロじゃない」と、その管理体制を逆手にとる行動に出ます。裏の取引をつかって「適正者ジェローム・モロー」という男になりすまし、ガタカのエリートの仲間入りを果たすのです。
本物のジェロームはかつて水泳界のスーパースターとして注目をあびていました。大きな大会でもメダルをとり将来を期待される存在でしたが、ある理由で表舞台からしりぞき、世間から隠れるように暮らしています。裏取引をしたいま、ヴィンセントがジェロームとしてガタカにいられるよう全面的にバックアップする、それだけが彼のすべきことになったのです。
ジェロームとしてガタカで働くヴィンセントはすべてをそつなくこなし、期待の星として高い評価を得ていきます。数日後に予定されている土星の衛星タイタンに向けて打ち上げられる宇宙船の乗組員にも選ばれており、その準備も最後の段階にはいっています。
この評価は、彼がジェロームとしてガタカの職員になったから得られたものではありません。幼いころから宇宙飛行士を夢見てきたヴィンセント本人が、血のにじむような努力を重ね、執念でみずから勝ち取ったものです。宇宙への情熱や知識ではエリートたちにひけをとらない自信があったヴィンセントの問題点は、自分が「不適正者」だということだけでした。つまりジェロームになるというのは彼にとってガタカに入るための単なる手段だったともいえるのです。
不適正者が自分の目的のために適正者を利用する。この運命の皮肉が彼らを結びつけ、2人の人生がひとつに重っていきます。
ガタカで注目を浴びるヴィンセントはアイリーンという同僚の女性と心を通わせるようになります。でもアイリーンは、ジェロームと名乗るヴィンセントがじつは不適正者だとは夢にも思っていません。そんななか、ガタカでヴィンセントの素性に疑いをもっていた上司が殺されるという事件が起こり、アイリーンは捜査に協力するよう命じられます。
いったい犯人は誰なのか? ヴィンセントは科学を駆使した厳しい捜査の目をかいくぐり、素性を隠したまま無事タイタンへ飛び立つことができるのか? 物語はどんどん加速していきます。
◎運命の皮肉が映し出す対比と希望の光
この映画には、ほかにもさまざまな「皮肉」と「対比」が描かれています。なかでも特に目をひくのは、適正者として生まれたはずのジェロームとアイリーンが自分の価値を認められずにいるのに対して、不適正者のヴィンセントは自分の価値をとことん信じて夢を叶えようとしているという点です。
どんなに統率のとれた管理社会のなかでも必ず「ひずみ」は生じます。ですが「完璧」という正しさを持つ適正者たちにとって、そのひずみを受け入れるのはとても難しいことだといえます。だからこそ彼らは、約束されていた未来像が崩れたとき、悲観し人生をなかばあきらめてしまいます。それに対して、もともと生物学的には「完璧ではない」ヴィンセントは何があっても「可能性」つまり自分を信じる気持ちを忘れません。それは「人は生まれながらに誰もが価値マックスで、ずっと変わることはない」というグッドバイブスな生き方といえます。そんな彼の存在がまわりの適正者たちに希望の光を与え、心を揺さぶっていくのです。
ヴィンセントをとりまく人々のなかでも、特にジェロームの変化と行動にはさまざまな解釈があげられると思います。はじめは投げやりな気持ちでヴィンセントに自分の身体を「与えていた」ジェロームの心は、ヴィンセントから「与えられた」グッドなバイブスによってしだいに変わっていきます。そして本当の「自分の価値」に気づいたとき、彼はある決断をするのです。
この決断の解釈は、彼がエリートの道をはずれたきっかけの出来事とあわせて映画ファンの間で意見が分かれています。ほかにもいろんな解釈ができる余地を残した描き方が多く、私はそれもこの映画の魅力のひとつだと思っています。
ヴィンセントとジェローム、それぞれが「勝つこと」へのこだわりをもっていて、それが彼らの生き方を分けました。その違いは、どちらが正しくてどちらが間違っていると言いきることはできません。監督はこの2人を通して「人間の価値とは何か?」という大きな問いを私たちに投げかけているのです。
アイリーンに「神の子」と言われたヴィンセントのラストのセリフもとても印象的です。その余韻のなかであの冒頭の引用を思い出してみてください。
「誰もが価値マックス」そう信じることができれば人生の見え方が変わってくるかもしれません。『ガタカ』はそのきっかけを与えてくれる作品だと思います。
最後にもうひとつ、ヴィンセントにとってガタカで気軽に話ができる唯一の相手であり、薬物検査を担当しているレイマー医師にもぜひ注目してください。じつは彼が誰よりも「価値マックス」を信じているグッドバイブスな人なのかもしれない、と私は思っています。
☆『ガタカ』 (1997)
原題:GATTACA
監督、脚本:アンドリュー・ニコル(『トゥルーマン・ショー 』(脚本)、『ドローン・オブ・ウォー』)
出演:
イーサン・ホーク(ヴィンセント・フリーマン)
ユマ・サーマン(アイリーン・カッシーニ)
ジュード・ロウ(ジェローム・ユージーン・モロー)
ローレン・ディーン(アントン・フリーマン)
ザンダー・バークレイ(レイマー医師)
【配信サイトリンク】
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【グッドバイブス関連】
書籍:『グッドバイブス ご機嫌な仕事』
公式サイト:グッドバイブス公式ウェブ