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政治とカネと企業と民主主義と

(表紙画像はX(旧Twitter)のGROK機能より生成しました)
去る2024年12月24日、政治改革3法が成立しました。
収支報告の報告義務がない「政策活動費」が廃止になり、このスピード感には私も驚いています。

#日経COMEMO #NIKKEI

さて、企業献金・団体献金については未だに結論が出ていません。

岸田総理のときから、自公政権は「八幡製鉄事件」を引き合いに「合法だ」という論を展開しております。

これは判決文のみ読めば確かに「取締役のやったことは合法だ」という論は導けそうですが、その中には以下のような一文があります。

憲法上の選挙権その他のいわゆる参政権が自然人たる国民にのみ認められたものであることは、所論のとおりである。しかし、会社が、納税の義務を有し自然人たる国民とひとしく国税等の負担に任ずるものである以上、納税者たる立場において、国や地方公共団体の施策に対し、意見の表明その他の行動に出たとしても、これを禁圧すべき理由はない。のみならず、憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるものと解すべきであるから、会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有するのである。政治資金の寄附もまさにその自由の一環であり、会社によつてそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあつたとしても、これを自然人たる国民による寄附と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない。論旨は、会社が政党に寄附をすることは国民の
参政権の侵犯であるとするのであるが、政党への寄附は、事の性質上、国民個々の選挙権その他の参政権の行使そのものに直接影響を及ぼすものではないばかりでなく、政党の資金の一部が選挙人の買収にあてられることがあるにしても、それはたまたま生ずる病理的現象に過ぎず、しかも、かかる非違行為を抑制するための制度は厳として存在するのであつて、いずれにしても政治資金の寄附が、選挙権の自由なる行使を直接に侵害するものとはなしがたい。
会社が政治資金寄附の自由を有することは既に説示したとおりであり、それが国民の政治意思の形成に作用することがあつても、あながち異とするには足りないのである。所論は大企業による巨額の寄附は金権政治の弊を産むべく、また、もし有力株主が外国人であるときは外国による政治干渉となる危険もあり、さらに豊富潤沢な政治資金は政治の腐敗を醸成するというのであるが、その指摘するような弊害に対処する方途は、さしあたり、立法政策にまつべきことであつて、憲法上は、公共の福祉に反しないかぎり、会社といえども政治資金の寄附の自由を有するといわざるを得ず、これをもつて国民の参政権を侵害するとなす論旨は採用のかぎりでない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/040/055040_hanrei.pdf

以上のことから、企業は「政治献金は違法とは言えない」と論旨しています。ただ同判決の裁判官の意見として、「抽象的に判断するというのをここで持ち出すのは無理があり、そこだけで判断するのは疑問」、また同判決でも松田二郎裁判官は、こう意見を付けています(これには集団的自衛権のときの論拠になった砂川訴訟のときに話題になった、入江俊郎裁判官も賛同しています)。

そして、多数意見のいうところより判断すれば、あるいは多数意見は、会社体の なす政治資金の寄附については、取締役に課せられた制限とは必ずしも関係なく、 ただ、「定款所定の目的の範囲内」なるか否かの基準によつて、その寄附の有効無 効を決するとしているものとも思われる。しかし、判例上、会社の行為が定款所定 の目的の範囲外として無効とされたものを容易に見出し難い以上、多数意見による ときは、会社による政治資金の寄附は、実際上、きわめて広く肯定され、あるいは、 これをほとんど無制限に近いまで肯定するに至る虞なしといえないのである。私としては、このような見解に対して疑を懐かざるを得ないのである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/040/055040_hanrei.pdf

というように、当時としても企業献金は即それ自体が危ないのではないか、という論はあったと言えます。しかし私としては、違う側面を強調したいと思います。

やや長い引用になります。

商法二五四条ノ二の規定は、同法二五四条三項民法六四四条に定める善管義務を 敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるのであつて、所論のように、通常の委任関 係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものとは解することができな い。ところで、もし取締役が、その職務上の地位を利用し、自己または第三者の利 益のために、政治資金を寄附した場合には、いうまでもなく忠実義務に反するわけ であるが、論旨は、被上告人らに、具体的にそのような利益をはかる意図があつた とするわけではなく、一般に、この種の寄附は、国民個々が各人の政治的信条に基 づいてなすべきものであるという前提に立脚し、取締役が個人の立場で自ら出捐す るのでなく、会社の機関として会社の資産から支出することは、結果において会社 の資産を自己のために費消したのと同断だというのである。会社が政治資金の寄附 をなしうることは、さきに説示したとおりであるから、そうである以上、取締役が 会社の機関としてその衝にあたることは、特段の事情のないかぎり、これをもつて 取締役たる地位を利用した、私益追及の行為だとすることのできないのはもちろん である。論旨はさらに、およそ政党の資金は、その一部が不正不当に、もしくは無 益に、乱費されるおそれがあるにかかわらず、本件の寄附に際し、被上告人らはこ の事実を知りながら敢て目をおおい使途を限定するなど防圧の対策を講じないまま、 漫然寄附をしたのであり、しかも、取締役会の審議すら経ていないのであつて、明 らかに忠実義務違反であるというのである。ところで、右のような忠実義務違反を 主張する場合にあつても、その挙証責任がその主張者の負担に帰すべきことは、一 般の義務違反の場合におけると同様であると解すべきところ、原審における上告人 の主張は、一般に、政治資金の寄附は定款に違反しかつ公序を紊すものであるとなし、したがつて、その支出に任じた被上告人らは忠実義務に違反するものであると いうにとどまるのであつて、被上告人らの具体的行為を云々するものではない。も とより上告人はその点につき何ら立証するところがないのである。したがつて、論 旨指摘の事実は原審の認定しないところであるのみならず、所論のように、これを 公知の事実と目すべきものでないことも多言を要しないから、被上告人らの忠実義 務違反をいう論旨は前提を欠き、肯認することができない。いうまでもなく取締役 が会社を代表して政治資金の寄附をなすにあたつては、その会社の規模、経営実績 その他社会的経済的地位および寄附の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な 範囲内において、その金額等を決すべきであり、右の範囲を越え、不相応な寄附を なすがごときは取締役の忠実義務に違反するというべきであるが、原審の確定した 事実に即して判断するとき、D製鉄株式会社の資本金その他所論の当時における純 利益、株主配当金等の額を考慮にいれても、本件寄附が、右の合理的な範囲を越え たものとすることはできないのである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/040/055040_hanrei.pdf

判決文を読んでいて意外だったのですが、「ところで、もし取締役が、その職務上の地位を利用し、自己または第三者の利 益のために、政治資金を寄附した場合には、いうまでもなく忠実義務に反するわけ である」と明確に判示していることです。またこの訴訟では、「ところで、右のような忠実義務違反を 主張する場合にあつても、その挙証責任がその主張者の負担に帰すべきことは、一 般の義務違反の場合におけると同様であると解すべきところ、原審における上告人 の主張は、一般に、政治資金の寄附は定款に違反しかつ公序を紊(みだ)すものであるとなし、したがつて、その支出に任じた被上告人らは忠実義務に違反するものであると いうにとどまるのであつて、被上告人らの具体的行為を云々するものではない。も とより上告人はその点につき何ら立証するところがないのである。」と述べています。これもとても意外でした。

つまるところ、「善管注意義務を立証するなら、その立証は主張者が証明すべきで、この場合は「政治資金の寄付は定款に違反し、忠実義務に反する」と言っているだけでは直ちに善管注意義務違反とは言えない」と述べています。

この訴訟は株主代表訴訟です。株主は会社に出資した人であり、株式会社に直接的な影響力を持つ人々です。そして株式会社の最高意思決定機関は株主総会です。持分会社でもない限り、例外はありません。経営の透明性を担保するため、指名委員会等設置会社制度もできました。いずれにせよ、会計書類は公開されます。

何が言いたいのかというと、政治とカネの問題は「民主主義がどこまで拡大されているか」ということに尽きるのです。一般の政治における投票とは異なり、株主は一株一票であり、たくさん出資した人が大きい影響力を持ちます。資本主義なのですから、それは仕方がありません。
ですが、この八幡製鉄事件も示している通り、取締役が自己またや第三者のために献金をすれば、忠実義務違反と言っています。株主の意識の問題だ、ということもできましょう。

この政治とカネの問題については、「民主主義がどこまで機能しているのだろう?」という点に私は尽きると考えます。もちろん日本の株主総会がそもそもきちんと機能しているのか?という批判や、「論点はそこではない」という批判もあるでしょう。しかし財界を敵視しすぎるあまり、その場しのぎの法規制を設け、企業の自由な活動を損なうのもまた違うと考えます。それゆえその自由な活動には責任が問われる、それは企業体として当然のことだと考えます。また上記した毎日新聞においても

「国民民主は企業・団体献金について「禁止しても個人献金などの形で迂回(うかい)することもある」(古川元久代表代行)などとして存続を否定しない。」

https://mainichi.jp/articles/20241229/k00/00m/010/216000c

というように、どう規制しても抜け穴は生まれるものです。であれば、決まりに頼りすぎず、株主や、あるいは政界サイドであれば有権者が、よく企業や政治を監視し、見ていくしかないのはないか、と私は考えます。
先般の第50回衆議院総選挙でも、自公政権がここまで敗北したのも「政治とカネの問題」でこのような評価を下したのではないかと思っています。

株主でない人は正直縁遠い話ではあるでしょうが、企業は会計書類を公開する義務があります。株主でない方も見ることができます。株主でなければ訴訟は起こせませんが、「何かがおかしい」と思ってみるのは重要であろうと思います。問題だと言うならば、具体的な指摘が必要なのです。

「政治とカネの問題は、有権者・消費者の意識が問われる問題だ」、と思えてなりません。健全な議会制民主主義・資本主義が発展することを期待いたします。




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