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サンライズ工業株式会社(岩美郡国府町字庁)

【事業所めぐり41】サンライズ工業株式会社(岩美郡国府町字庁)


昭和52年2月の創刊時から連載されていた、山陰の事業所を紹介する『事業所めぐり』をnoteで順次紹介。今回は昭和52年9月5日号より、サンライズ工業株式会社の記事をご紹介します。
※地名、会社名など各種名称、役員、事業内容・方針、広告内容等記載内容は掲載当時のものです。


屋内の電気配線用スリーブ、圧着工具、建築用押し込みコンクリート・ボールトなどの製造販売を行い、特にスリーブにおいては生産量、販売量とも国内で業界中最大手といわれるメーカーである。

昭和35年に短大卒業後、県内の重電機関係の会社に営業マンとして勤務していた仁保社長が、その会社の倒産を機に、それまで担当していた得意先の支援を得て、昭和40年6月1日、わずか25歳の若さで同社を設立。資本金60万円、従業員5人でスタートした。

時はまさに高度成長期で「製品を作れば売れる」という売り手市場の中で、年々業績を伸ばし、43年には鳥取市吉方にあった同社を同市立川町に移転、翌44年に大阪営業所を設置し、さらに、47年には現在の岩美郡国府町へと、移転するたびに設備投資を図りながら会社の規模を拡大、急成長を遂げていった。

しかし、オイル・ショック後低成長時代を迎え、厳しい環境下にある同社は「勇気あるチャレンジと転換」を行うべく、50年後半から約6カ月を費やして市場を調査。その結果を基に51年から5カ年計画で①新製品の開発②日本工業規格表示許可工場の取得③東京営業所の新設④新工場棟の建設を行うことにし、早速実行に移った。

新製品では建築用ボールトの開発が特筆される。現在では、二年たらずの営業で国内市場の30%を占めるまでになった。市場占有率60%を誇っていたスリーブと、同20%のエ具の売上は下降気味だが、建築用ボールトは既存市場に食い込み、順調に伸びてここ2年、年商は前年比20%アップを続けている。昨年の年商実績は2億6000万円。ことしは3億円を超える見込み。

また、これまで伸び悩んでいた北海道と沖縄地方の業績もことし6月にそれぞれ代理店を得て、これからの伸びが期待されている。これで、同社の代理店数は全国で27社となった。

さらに、ことし2月に念願のJIS工場になり、製品の品質管理面で絶対的な自信を持っている。今後は、得意先へのサービス向上のため、53年度中に東京営業所を新設するとともに、55年度までに現工場に隣接する新工場棟(約990平方㍍) を建設する計画を進めている。

「大企業と中小企業とでは資金、人材両面で根本的な相違があるので、中小企業の特性を生かさなければならない」という方針の下に、同社は自らの進むぺき道をマイ・ペースで歩んでいる。また「自社の製品が、市場においてどのような位置にあるかを常に見極めるとともに、新しい市場を見つけ出すエネルギーを絶えず持ちたい。そうしてより大きな市場の獲得と、よりニーズの高い新製品の開発に力を人れていく」と仁保社長は意欲的だ。(昭和52年9月5日号)



昭和52年9月5日号掲載当時のレイアウト


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