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(浅井茂利著作集)金融政策はなぜ想定どおりとなっていないのか(2)

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1652(2020年7月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 前号で触れたように、黒田日銀による2013年以降の「量的・質的金融緩和」が成功であったことは間違いありません。しかしながら、消費者物価上昇率の目標2%がいつまでも達成されず、「量的・質的金融緩和」に疑問が持たれているのは、大変気になるところです。2020年に入ると、新型肺炎の感染拡大、そして緊急事態宣言によって経済活動が制限される中、さらに達成が遠のく状況となっています。
 金融政策は、当面は企業の資金繰り支援が中心となるにしても、新型肺炎終息が見込める段階となった際には、経済活動の迅速な正常化を図るため、「中央銀行としてできることは何でもやる、最大限やる」(2020年4月、黒田日銀総裁記者会見)という姿勢を、実行に移していただきたいと思います。

2016年秋から2020年年初まで続いた量的金融緩和の縮小

 量的金融緩和は、中央銀行が民間金融機関から国債などを買い入れることによって、市中への資金供給を図り、経済活動を刺激する金融コントロールです。日銀では長期国債を中心に購入しているので、日銀の長期国債保有残高の年間増加額が、量的金融緩和の度合いを示す目安になります。
 日銀は、2013年4月から「量的・質的金融緩和」を開始しましたが、2016年9月に導入された「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、10年物国債金利がおおむねゼロ%程度で推移するように長期国債を買い入れるというもので、引き続き「量的・質的金融緩和」の看板を掲げつつ、金融政策の軸足を資金量のコントロールから金利のコントロールに移したものと言えます。金利がゼロ%程度であれば、国債買い入れを少なくしてもよいわけですから、これ以降、2020年年初にいたるまで、テーパリング(量的金融緩和の縮小。金融引き締めではない)が続きました。日銀の長期国債保有残高は、2016年9月には、前年に比べ78.0兆円増加していましたが、このあとはほぼ一貫して増加幅が縮小し、2020年2月には、わずか13.9兆円に止まっています。
 こうした政策転換は、量的金融緩和のいわゆる「出口戦略」ということになりますが、金利がゼロ%だからといって、それで量的金融緩和の縮小がもたらす景気への悪影響を免れるのかどうかは疑問です。内閣府の「景気ウォッチャー調査」いわゆる「街角景気」を見ると、「景気の現状判断(方向性)DI(原数値)」は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入後しばらくの間、好不調の境目である50を挟んだ水準で推移していましたが、2018年5月以降は、50を超えたことは一度もありません。
 量的金融緩和の縮小を続ける中でも日銀は、
*2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。
*マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。
との方針を掲げ続けてきました。しかしながら、「必要な時点まで」「継続する」という方針は白川日銀時代の「物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく」という方針と酷似しており、市場に対し中央銀行の積極的な姿勢を示すことになっていない可能性があります。
 なお公式には、日銀は量的金融緩和の縮小を認めていません。「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」導入後も、2020年4月に変更されるまで、日銀の長期国債保有残高の年間増加額のめどは、「約80兆円」とされたままでした。

新型肺炎と日銀の対応

 2019年10月の消費税率引き上げ後の景気低迷は、当初想定されていたよりも大きなものとなりましたが、その後、新型肺炎の感染拡大、緊急事態宣言の発令により、経済活動が著しく制限されることになり、企業の資金繰りは急激に悪化しました。
 こうした状況に対応し、日銀は2020年3月以降、市中への資金供給と企業の資金繰りを支えるための施策を打ち出してきました。主要なものとしては、
①日銀による社債やETF(上場投資信託)などの買い入れを拡大する。
②民間金融機関が企業に対し無利子・無担保の融資を実施するための仕組みを整備する。
③日銀による長期国債の買い入れについては、上限を設けず、必要なだけ行う。
などがあげられると思います。
 企業の資金繰り悪化に伴い、政府は日本政策金融公庫などから企業に対して無利子・無担保の貸出を行うようにしています。しかしながら窓口は限られ、手続きに時間がかかることから、4月20日の緊急経済対策において、「民間金融機関でも(企業が)実質無利子・無担保の融資を受けることができる制度を創設する」ことが打ち出され、これに対応するため、日銀では「新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペレーション」の整備を行いました。
 金融機関も営利企業ですから、無利子で融資すればまったく儲からないだけでなく、事務経費のぶん赤字になってしまいます。そこでまず、融資の資金は、日銀が金融機関にゼロ金利で貸し付けることにしました。加えて、金融機関が日銀に預けている日銀当座預金(日銀当預)に対し、「金融支援特別オペ」を使って金融機関が日銀から借り入れた資金の残高と同額だけ、プラス0.1%の金利を付けることにし、金融機関が企業にゼロ金利で融資したとしても、利益が確保されるようにしました。
 銀行・信金計の貸出残高は、2020年1~3月期に前年比2.0%増だったのか、6月には6.2%増に拡大しています。

日銀の長期国債保有残高の増加額の上限撤廃

 日銀による長期国債の買い入れについては、2020年4月に変更されるまで、「保有残高の増加額年間約80兆円をめど」とされていました。4月には、この「約80兆円」が削除され、「上限を設けず」ということになりましたので、新聞などでは、「国債購入の制限撤廃」という見出しで、あたかも量的金融緩和が拡大されるようなイメージで伝えられました。しかしながら、前述のように増加額は年間10兆円台に縮小していますので、そもそも「約80兆円」は「めど」、あるいは「上限」として、機能していませんでした。
 本来であれば、もっと前に「約80兆円」を引き下げておくべきだったと思いますが、それは金融緩和の縮小を公式に認めることになるので、景気への影響を考えると、なかなか踏み切れなかったのだろうと思います。そうこうしているうちに、今回の経済危機が勃発したことから、量的金融緩和を強化する印象を与えながら、現実と乖離した「約80兆円」を金融コントロールの方針から削除した、ということではないでしょうか。現実に、2020年5月の長期国債保有残高の増加額は、前年に比べ13.9兆円、6月は12.9兆円に止まっており、拡大する状況とはなっていません。
 ただし、経済活動が制限されている中で量的金融緩和の拡大を行っても、効果は限定的にならざるをえませんので、今後、経済活動の制限が徐々に解除され、正常化に向かう中で、拡大していくことが重要だと思います。

経済活動の迅速な正常化と、新たな成長軌道構築に向けた金融政策

 新型肺炎の第二波、第三波が懸念される段階となっています。いずれにしても、来年春ごろにはワクチン接種も始まり、やがて終息宣言が出されることになると思います。金融政策も、当面は企業の資金繰り支援が中心となるにしても、終息が見込める段階になったならば、経済活動の迅速な正常化を促すものにしていかなければなりません。
 とりわけ、今回の新型肺炎に対応する中で、わが国におけるデジタル化の遅れが誰の目にも明らかとなっており、「デジタル強靭化」の動きを加速させなくてはなりません。また、新型肺炎によって米中対立が先鋭化し、米中新冷戦が本格化してきていますので、グローバルなバリューチェーンの再構築、すなわち、中国に置いていた生産拠点や研究開発拠点を日本国内やASEAN、南アジア諸国などに移していくことが不可欠となっています。さらには、脱炭素社会、脱炭素経営の実現も、新型肺炎終息後における非常に重要な取り組み課題です。
 こうしたことも含めて、新型肺炎終息後の新たな成長軌道を構築していくための企業の資金需要は、きわめて旺盛なものになることが予想され、日銀としてもしっかりと資金供給を行っていく必要があります。
 2012年からの7年間で、日銀の長期国債保有残高は390兆円増加しており、その分、民間金融機関に資金が供給されたことになるのですが、実は、そのうちの大部分である361兆円は、日銀当預の口座に止まっており、市中に供給された資金は27兆円にすぎません。
 前号で触れたように、金融機関は、預金者から預かっている預金の一定割合を日銀当預に預けなくてはなりません。これが法定準備(所要準備)ですが、必要な金額を超えて日銀当預に積み上がっている「超過準備」が2019年の平均で実に336兆円に達しています。
 なぜ超過準備が巨額に積み上がっているのかというと、「金融支援特別オペ」のずっと以前から、日銀当預のかなりの部分に対して、日銀が0.1%のプラス金利を支払ってきたからだと思います。本来、日銀当預はゼロ金利が基本なのですが、2019年平均で208兆円に対して0.1%のプラス金利が支払われ、20兆円に対して逆に0.1%のマイナス金利をかけています。低金利は金融機関の利ザヤを圧縮し、収益を悪化させるので、0.1%のプラス金利を支払うことにより、日銀がその収益を支えています。金融機関からすれば、208兆円については、何の運用もせず、日銀当預に積んでいるだけで2,000億円以上の利益が上がるということになります。また、日銀当預残高が一定以上になった場合には、逆に金融機関に金利を支払わせる(マイナス金利)ことにより、日銀当預の際限なき拡大を抑制しています。
 336兆円の超過準備が一部でも市中に流れるようになれば、仮に、長期国債の買い入れを増やさなくても、資金需要の拡大に応えるため、大きな効果があるはずです。
 手っ取り早いのは、0.1%のプラス金利を撤廃することですが、撤廃しただけでは、金融機関の収益が悪化してしまい、悪化するだけならともかく、金融機関が手数料を引き上げたり、口座保管料を導入したりするようになると、かえって景気を冷やすことになりかねないので、現時点での単純な撤廃は困難と見られています。
 ということであれば、金融機関の利益を確保しつつ、超過準備が市中に供給されるようにすればよいわけで、たとえば、0.1%のプラス金利を0.11%に引き上げれば、プラス金利の支払われている208兆が189兆円に減少しても、金融機関は同じだけ利益を得ることができます。208兆円マイナス189兆円の19兆円は、民間企業にゼロ金利で貸してもよいわけです。
 「金融支援特別オペ」は、日銀当預の中で、プラス0.1%の金利の対象となる範囲を拡大することになりますので、一見、超過準備を活用することとは正反対のように見えます。
 しかしながら、このオペによる日銀から金融機関への貸付は1年間となっていますので、金融機関が企業に対し1年を超えて融資する場合には、日銀から借り入れた資金は返済して手持ちの資金で賄うことが必要となるはずですから、超過準備の活用につながる可能性もあると思います。

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