ステージのベル
パイプ椅子をたたむ早さを競いおり管弦楽団員なるわれら
ばらばらに分解されし打楽器をパズルのようにトラックに積む
合宿に宴会つづく夜更けあり朝のバイオリンわずかにふたり
ゲネ・プロはドイツ語 ソワレはフランス語 舞台の幅は尺にてはかる
ベルが鳴る ステージ袖の緊張を呼吸ひとつで集中にする
オーボエの「ラ」を受け取ったコンマスが無言で示す戦闘準備
主和音がホールを満たす堂々と 前奏曲で始まる夕べ
ゆびさきの感覚のみを研ぎすませハイポジションの音をとらえる
ぬばたまの月なき夜の川面見ゆ ラフマニノフの二番のピアノ
カデンツァのピアノのソロに目を閉じる特等席はステージの上
裂かれしは表紙のみにて冒頭の二つのフォルテ弾ける歓び
G線にオリーブを張る 葬送の八小節を悼まんために
伴奏を引き終えつかの間の休符 片手でそっと譜面をめくる
疾駆するコーダの刻み 右腕の重みすべてを音符にのせて
アンコールの弓先かるく弾ませて心はすでに打ち上げにあり
(2015年髙瀬賞応募作品をもとに再構成しました)