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ちわっす!

中学3年生のころ、2歳年下の、とあるグループの男の子たちに「ちわっす先輩」と呼ばれていた。

そのことについて、どこかにちゃんと記録しておこうと思い、この記事を書きかけていたのだけど、唐突に投稿するのも違うなあという感じで、自分自身の中で最もベストなタイミングを見計らっていた。

するとなんと、つい先日、彼らのうちで最も私を慕ってくれて、今でもメッセージをやり取りしたりする唯一の男の子と思わぬタイミングで再会した。

それによって私の中で、その2歳年下の後輩たちとのことをここへ書き残しておくゴーサインが出たので、これを機に書くことにする。

立て続けに知り合いの男の子のことばかり投稿してしまっているけど、タイミングよくそうなってしまっているだけで、もちろん仲のよい女の子のことや自分自身のこと、その他感じていることについても書いている。そのうち投稿するので、また読んでくださるとうれしいです。

さて、本題へ。

なんで彼らと仲良くなったのかほとんど覚えていないけど、ともかく私は彼らと仲良くなった。彼らは当時中学1年生で、確か仲よしの男の子5~6人でよく行動していたと記憶している。

よくよく考えると私と彼らは学年も部活も全く違っていたので、仲良くなる機会なんてほぼなかったはずなのだけど、そういう不思議なことが起きてしまうのが田舎の中学校という空間であったりするのだと思う。

私は中学生のとき、先輩と話すのはすごく苦手だった。そのため、1~2年生の時はなんとなく肩身が狭かったのだけれど、反対に後輩と話すのはとても好きだった。そして彼らは当時、入学したての1年生だった。中学1年生というのは他の学年の中学生よりも、小学校6年生のときの自分と近い。そういうわけで、つい最近まで小学校で日々を送っていた彼らの持つその幼い無邪気さも手伝って、私は彼らと親しくなったのだろう。

彼らは休み時間に廊下で私とすれ違うときにも、それ以外(例えば放課後とか、文化祭や体育祭など、全校生徒で行う行事の日とか)のときにも、とにかくどこかで私を見かけるたびに、人差し指と中指をくっつけたピースサインをして、その手を前後に2~3回軽く動かしながら「ちわっす!」と声をかけてくれた。

私は卒業間近に彼らと「ちわっす!」のやりとりを始めたのだけど、そのおかげで残りの学校生活がとても楽しかった。無意識のうちに、彼らと会うのを楽しみにしていた。「ちわっす!」を聞きたくて、休み時間にもできるだけ教室の外に出て廊下を歩いたり、図書室へ行ったりしていた。

そして私はなぜかその後輩たちに「ちわっす先輩」と呼ばれることになり、よく考えると「ちわっす!」を言い始めたのは彼らなので、私がそう呼ばれるのは何かおかしいような気もしなくはなかったけど、年下の男の子たちが懐いて声をかけてくれるのはなんとも可愛く、実際嬉しかったので好きなように呼ばせておいた。

さて、さらに驚きなのは私が卒業した後のことだ。私には3歳年下の妹がおり、私が卒業した後で彼女が同じ中学へ入学したのだけど、なんと彼らは彼女がどうやら私の妹であるらしいということをきちんと認識して、妹にも「ちわっす!」と声をかけてくれるようになったらしいのだ。

私はそれを聞いて、なんていい子たちなんだとしみじみ思った。そしてお決まりの展開(?)だけれど、私の妹は彼らに「ちわっす後輩」と呼ばれることになった。

彼らはやがて高校生になり、そのうちの何人かは私と同じ高校へやってきた。高校入学直後も、彼らは毎朝、通学の電車の中で私に向かって「ちわっす!」のジェスチャーを送ってくれた。もっとも、彼らもすくすく成長して背が私よりはるかに高く、声も低くなったし、同時に思春期に入ってもいたので、以前のような無邪気さはなくなり、みんながみんな私に向けて「ちわっす!」をしてくれることはなかなかなくなっていったのだけど。

でもずっと変わらず「ちわっす!」をしてくれる男の子が1人だけいる。その彼と先日再会したのだ。私は週末実家に戻っていて、月曜の午後の授業開始までに大学のある市に戻ろうと、午前9時すぎの電車に乗っていた。

各駅停車の電車に揺られていると、ある駅でひとり男子高校生が乗ってきた。それがあの「ちわっす!」をしてくれる後輩だったのだ。

私の方はすぐさま彼だと分かったけれど、彼の方は私がまさかこんなところにいるとは思わないので、最初は気が付いていないようだった。しかししばらくしてこちらをちらちら見てきたので、内心「あれ?」と思っている様子が見て取れた。私かもしれないと気が付いたらしい。彼は若干不思議そうな顔でおずおずと携帯電話を手提げ鞄から取り出した。その行動を見て、その意味するところが分かった私は、すぐさま自分の携帯電話から彼にメッセージを送った。LINEで友達になっていたので、互いに連絡先を知っていたのだ。携帯に通知が来ていたら私で確定だ、と彼は考えたらしかった。

メッセージを送った瞬間、彼は動きを止め、目をまん丸にして画面を見ていた。それを見てくすっと笑ってしまった。そしてそのあとすぐ顔を上げ、少し離れたところに座っている私をまっすぐ見てきた。それから彼は左手を顔の高さまで挙げて手をかすかに動かし、私の目を見ながら無言の「ちわっす」を送ってくれたのだ。

ひどく嬉しく、そして懐かしくなって、私も利き手である右手を挙げて「ちわっす」を返した。その日彼に会ったのは、高校を卒業して以来初めてだった。なのに変わらず挨拶を寄こしてくれることを知り、私はなんとも言えない、優しい気持ちになった。

その後、彼と少しLINEで会話をした。彼はその日たまたま学校に遅刻したらしく、周りに他の高校生は誰もいなかった。それに、11月なのに半袖のカッターシャツを着ていたのでそのことを尋ねた。そして、そういえば彼は中学生のときも、真冬だというのに半袖のカッターシャツで過ごしていたなあ、などと思いだした。彼は今年受験生でもあるので、ささやかな応援のメッセージを送ったりした。

そうこうしている間に高校の最寄り駅に電車が到着し、彼はにやっと笑いながら私に会釈して電車を降りて行った。それはとてもすがすがしい去り際だった。

ほらね、世界はうまくできていて、ときどきこんなラッキーを与えてくれる。

中学生の終わり、とんでもないいきさつで失恋し、心を砕きながら打ち込んだ部活動も終え、あの、身体の芯から冷えるような寒い校舎に抱かれて受験や卒業へ向かいつつあった日々、私のささやかな楽しみのひとつは、間違いなく彼らと「ちわっす!」のやりとりをすることだった。小学生とも高校生とも違う、最も多感で不安定な中学生という時期の終わり、私は彼らに毎日救われていたのだ。彼らにはそんな気はなかったに違いない。

けれどそのことを思い出して、ただありがとう、と思った。私の妹が中学へなじむ手伝いをしてくれたことにも、ありがとう。そしてそんな彼らだから、私の卒業したその後に彼らと全く同じ高校へ進学した妹に、きっと今も「ちわっす!」の挨拶をしてくれているに違いない。

そして電車で会った彼は、これからも思わぬところで私や妹と会うたびに、あの不器用な笑顔とともに「ちわっす!」の挨拶を寄こすのだろう。










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