陰の青春4

結局、あれから缶ジュースを飲みながら、子供達がはしゃぐ声を聞きながら、公園で本を読んでいたのだが、寒くなってきたので、帰ることにした。久しぶりに公園で過ごして、少しは気分も落ち着いたようだ。そう、何か僕にもやれることがあったらいい。僕に出来ることって何だろうな。ネットで何か発信してみるというのはどうだろうか。そういうのは詳しくないから、今度凛花に相談してみようか。
凛花の言葉を思い出して、もしかしたら大学に行くかもしれないと、一応そのための勉強を暇つぶしがてらすることにした。国語は既にする必要がないだろうから、日本史の勉強を優先的に行うことにした。教科書をひたすら読み込む。一人きりの部屋でページを捲る音だけが聞こえる。鎌倉と室町の辺りを読み終えたので、簡単な論述の問題を解いてみることにした。簡単めの問題なら難なく正解できた。難関大の問題も解いてみる。微妙だった。半分くらいは点が貰えるかなという程度。まあいい、最初はこんなもんだろう。教室で授業を受けていれば、日常的にこういう問題も解いたりするんだろうけど。僕としては勉強は独学で充分だと思っていた。どうにも、四十人も敷き詰められた空間には足を踏み入れる気になれない。

冬の長期休暇になったらどっか旅行でも行こうかなと思う。つまらないこの日常をどうにかしたかった。英語の勉強をしながら、考えていた。行くとしたらどこがいいかな。そういや、母さん達はイギリスにいるらしいけど、
こっちに帰ってくるのかな。どっか、温泉でも行きたいな。温泉街のようなところを訪れてみるのも面白そうだ。

朝になって、珍しく時間通りに起きていた。
昨日も川端の小説を遅くまで読んでいて、寝不足だったのだが、朝はしゃっきりしていた。
自転車で学校へと直行する。近くの畑の世話をしている人達や、幼稚園に行こうとする園児達を尻目に、僕は早々と学校に辿り着いた。
保健室の鍵を取りに行こうとしたのだが、先生は珍しく先に来ていた。
「陽、おはよう」
「おはようございます」
ベッドに座りながら、持ってきた教材を取り出そうとした。
「なあ、陽。お前の両親って本当に連絡がつかないのか?」
「・・・どうしてですか?」
「今度お家にお邪魔させてもらおうと思ってるんだよ。担任は放ったらかしだし、せめて私だけでもお前のことについて話し合いたいと思ってな」
「そうですか。そういうことなら、連絡してみますが・・・」
「分かった。頼むな」
「こんにちわー」
凛花がやってきた。気怠そうな顔をしている。もうすぐ始業なのに何の用だろう?
「どうした?」
「私も今日から保健室に来ちゃだめですか?」
「一体何があったんだ?」
「別に。前から陽君の事羨ましいって思ってたんですよ、私」
そして、隣のベッドに潜り込むとスヤスヤと眠ってしまった。僕と先生は顔を合わせて何があったんだろうと思っていた。
「んー、よく寝た。そしてお腹空いた」
お昼休みになる頃、ようやく凛花は起きてきた。僕は古文のプリントをやっていた。
「あー、怠いな。お昼ご飯食べようっと」
僕は無視して、プリントの最後の問題に取りかかっていた。そんな僕を尻目に凛花はヨーグルトやらパンやらを取り出して食べ始める。
「陽。一緒にご飯食べようよ。そんなプリントなんか放っておいてさ」
「・・・何かあったの?」
「え?」
「クラスで何かあったのか?今日は学校が嫌だとかそんなことばかり言ってるじゃん」
「んー、ちょっとね。いつも一緒にいる子達と喧嘩しちゃって。でも、本当に私も元々学校好きじゃないんだよ」
「ふうん」
「陽と共に保健室登校ってのも悪くないと思ってね」
「まあ、好きにしたらいいけど」
それから凛花は教室に戻ったり、保健室に来たりを繰り返していたが、それから1月程経つ頃病院に入院した。妙に塞ぎ込んでいるので心配した両親が精神科に連れていった所そのまま緊急入院となったらしい。僕はそれを先生から聞かされて、お見舞いに行けと千円札を渡された。先生が行けばいいじゃないですかと言ったのだが、私は忙しいから、暇なお前が行けと強引に追い立てられた。

 行ってみると山間にひっそりと佇む小さな精神病院だった。電車とバスで学校から結構かかった。やれやれ、見舞いに来るのも大変だ。道中で渡された千円で柿と梨を買ってきた。気に入るといいが。

「織田凛花さんですね。203号室です」
中は意外に清潔だった。庭もあるし、のどかなところだから、精神を落ち着けるにはいいところかもしれないなと思った。さて、凛花はどうしてるかな?

コンコンとノックすると凛花の声が聞こえた。
「はーい。どうぞ」
入ってみると、彼女は病院着を着て、ベッドで本を読んでいた。
「やあ。元気?」
「まあね」
部屋の中は整頓されていた。本が堆く積み重ねれている。凛花自信もあまり機嫌は良さそうではないが、顔色は良さそうだった。
「毎日何してるの?」
「ご覧の通りよ。本読んだり、お昼寝したり、お見舞いの果物食べたりね」
そうか。いつもの僕らと大して変わらないなと思った。
「結局、何の病気だったの?医者は何て言ってる?」
「さあ、統合失調症とか、パーソナリティー障害とか言ってたけど、よく分からない。興味ないし」
「そうか」
それからポクポクと二人で持ってきた柿を食べていた。見舞いの品は大抵親族が持ってきたもので、学校からは僕が初めての見舞客らしい。やっぱり学校は既に凛花にとって居心地のいい場所ではなくなってしまっているようだ。
「そろそろ帰るよ」
「もう、帰っちゃうの?」
「また来るよ。僕なら暇だから。何かあったらメールしておいでよ」
帰りのバスに揺られながら、僕は凛花が安らかであることを祈っていた。

「おや、陽。おはよう」
「おはようございます」
「織田はどうだった?」
次の日、登校するなり、ベッドに直行しようとしている僕を引き留めて、先生は昨日の見舞いの様子を聞いた。
「割と元気そうでしたよ。入院に関して不満はありそうでしたが」
「そうか」
先生はタバコを燻らしていた。何だか話したそうな雰囲気を感じたので、僕は黙って待っていた。
「凛花は、幼い頃に両親を亡くしているんだよ。今は親戚の家で暮らしているらしい。あの子もあれでお前ほどでは無いが変わり者だからな。叔父伯母との関係は微妙らしい。今回も入院するまでに一悶着あったとか。やれやれ」
僕は驚いていた。そんな過去は微塵も感じさせなかったから。
「いつも明るそうに見えましたけどね」
「まあな。だけど、精神科には何度か通ったことがあるらしい。学校でも本当に気の許せる友達はいないって言ってたな。だけど、陽。お前になら話せることもあったのかもしれないぞ」
「僕に?」
「今度ゆっくり話を聞いてやれ。無口なお前も聞くのは得意だろ?」
「まあ、機会があったら」
「そうしてくれ」
それっきり先生は書類仕事をしていた。僕は僕で先生の言った事を気にしつつも、いつものように課題やったり、小説読んだりしていた。凛花はこんな僕に親しく話しかけたりしてくれた子だ。しょうがない、今度話でも聞いてやるか。

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