見出し画像

僕らの旅路21

一人旅

ひたすら家で書き物をする。ちらりと時計を見ると、午後の14時。今頃綾は大学で講義を受けているだろうか。大学に入っても、綾はあまり飲み会とかには行かないみたいだった。サークルにも入っていない。思えば綾って小学生の頃から不登校だったから、あまり周りには馴染めないのかなと思った。それでも綾程の美人なら男は放っておかないだろうが。
気分転換にマンションの周りの住宅街を散歩して、スーパーで夕飯の食材を買って帰ってきた。いつも学校で勉強している綾にいい物を食べさせてやりたいので、最近は料理にも凝りだした。漢方やら薬膳の本を買ってきて、それを参考にスープ料理を主に作る。今日はたまねぎとトマトの卵スープにした。これも綾の美貌を守るためだ。
「ただいまー」
綾が帰ってきた。入学した時に買った可愛らしいリュック一杯に本を詰めて帰ってくる。
「今日は何を借りてきたの?」
「主に雑誌だよ。ニュートンとか。動物学やろうと思ったら、色んな科学の知識も必要だし」
「なるほど。ところで、あの芹沢って娘の他に大学で友達とか出来た?」
「ううん。他には誰も話しかけてこないし。私も別に友達沢山欲しい訳じゃないし」
「そう。まあ綾がいいならいいんだけどね」
何だかいつも一緒で二人で何も言わずに伝わっていたのに、今は少し離ればなれになってしまった気分だった。僕は綾と自分は家出少女と保護者のつもりでいたけど、本心では恋人のようなつもりだったんだろうか。綾は順調に将来へのステップを踏み続けている。僕は綾から取り残され、一人になってしまうのかな。綾がいなくなったら僕はどうなるんだろう・・・。

ある意味僕らの人生自体が旅なんだろうなと思う。あっちこっち色んな所に出かけていたのも楽しかったけど、腰を落ち着けてお互い勉強に励んでいる今も旅の途中と言えなくもないと最近では考えていた。

今日は一人部屋の中で詩を書いていた。綾という少女について書いた詩。僕から見て綾がどんなに美しくて純粋な女の子を語った詩。意外にその詩はブログにアップすると評判が良かった。元々綾を見に来る人ばかりだからな、このブログ。

何となく海外の色んな街並みをネットで見ていた。綾が大学で行けなくても僕一人でも行ってこようかな。綾は勉強で忙しいし、二人で行くのも大事だけど、僕の仕事は世界中どこにいてもやれる。帰ってきたら相談してみるかな。

「ただいま」
「おかえり」
この日も授業が終わってから図書館で勉強していたのだろう。綾は遅くなってから帰宅した。
「ねえ、綾。今度僕一人でどこか旅行に行ってこようかと思ってるんだけど、どうかな?」
「どっかいっちゃうの?」
綾は寂しそうな目をした。
「勿論ちゃんと帰ってくるけどさ、綾が大学に行っている間、僕は一人だし、時間がある時に色んな景色を見てきたいんだ」
「そう」
なぜか、少し悲しそうな顔をしていた。
「分かった。寂しいけど行っておいでよ。でもちゃんと帰ってきてね」
綾の許可を貰った僕は早速明日から出かけようと、準備をした。鞄に着替えやら充電器やらを詰め込む。まずは日本の岩手県辺りに行くつもりだった。さすがに海外にいきなり出かけるのはまだ時期尚早だと思った。岩手県の花巻は賢治の故郷だから常々一度行ってみたいと思っていたのだ。

「約束だよ。帰ってきてね、彼方」
「ああ」
駅で別れた。綾は僕がいないと寂しいのかな。思えば、僕らは故郷を発ったあの時以来初めて離ればなれになったのだった。
僕は新幹線に乗り、綾は大学へと向かっていった。
こうして時々旅行に行ける自身の身軽さと、それなりのお金があることに幸せを感じた。それもこれも綾のおかげだ。さて、花巻はどんな街だろうか。楽しみだ。

新幹線を降りて、ローカルな電車に揺られてしばし、僕は花巻の土を踏んだ。少し肌寒い。田舎ながら趣のある土地だと思った。歩いてみると、所々に賢治ゆかりの場所があって、賢治の名言を刻んだ場所であったり、賢治が愛した料理店だったり、まさに賢治の故郷を売りにした町だった。僕はまず宿へと向かった。温泉宿に何泊かするつもりだった。

旅館で少し休んだ後、本数の少ないバスに乗ってまずは宮沢賢治記念館へと赴いた。中に入ると、賢治の原稿や写真など貴重な資料が色々と展示してあった。人はそこまで入っていない。ゆっくりと時間をかけて、資料を充分に見尽くした。見終わって、山猫軒で食事をとる。注文の多い料理店では逆に人間が食べられそうになってしまうんだよな、と賢治の童話を回想した。食物連鎖の頂点にある人類はいつまで地球上に君臨し続けられるのだろうか?いずれ恐竜みたいに絶滅する時が来るんだろうな。
帰りはゆっくりと歩いて帰ることにした。明日も巡るのだし、とりあえず賢治の墓にはお参りしておいた。ちょっと昔まではこの場所で生きてたんだよな、この伝説の作家は。綾と一緒に来れば良かったかなと思った。きっとあの子も喜んだろう。帰ったら、旅館の風呂でゆっくりしようと思いながら、バスを待つ間林風舎のカフェでパイを食べていた。賢治の親戚がやっているという店。結構お菓子は美味しかった。写真を撮って綾にメールを送っておく。賢治の故郷は楽しい所だよ、また今度一緒に来ようと。

旅館に戻って風呂に入り、畳の上でゴロゴロ転がっていた。一日で結構色んな所を周った。後一日こっちで過ごしてから帰ろうかな。
そういや、出会ったばかりの頃、一人にしてたら泣いてしまった時期もあったな、綾は。綾の事が気になってきた。やっぱり旅は綾と二人でしたい。そう思った。

「ただいまー」
帰ってくると夕方だったのだが、綾はまだ帰宅していなかった。僕はリュックを降ろして、しばし休憩した。疲れたけど、楽しい旅だった。個人的にはもうちょっといたかったけど、綾の事が気になった仕方なかったから。早く帰ってこないかな。まあいい、綾が帰ってくるまでに夕飯を用意しておいてやろう。

晩ご飯を作りながらも、僕はこれからどうすべきか自問した。綾は大学に通う。僕はどうすべきなだろう。綾は毎日ガンガンと知識を吸収している。きっと立派な研究者になるだろう。僕は今のところ何者でもない。僕はいつまで綾と共にいられるだろうか。

「ただいまー」
綾が帰ってきたようだ。
「あれ、彼方帰ってたんだね。お帰り!」
「うん」
それからクリームシチューとツナサラダの夕飯を二人で食べた。
「彼方、どうだった?賢治の故郷は」
「うん。賢治の詩碑とか至る所にあって、良いところだったよ。夏休みにでも一緒に行こうよ。涼しいし」
「そうだね」
カチャカチャと二人の食事する音だけが聞こえる。
「あのさ、綾は僕にどうなって欲しいとかない?」
「え?どういうこと?」
「なんか、綾は凄い大学に通ってるのに、僕は綾がどんどん遠くに行ってしまうように思えてさ・・・」
「彼方は何か夢とかないの?」
「・・・僕の夢か。一応作家になりたいと昔は思っていたけど・・・」
「今はなりたくないの?」
作家を目指したのは10年くらい前だろうか。投稿少年だった。だけど、一度も箸にも棒にもかからなずに、いつしかその情熱は薄らいでしまった。
「なりたいけど、僕程度には難しいのかもって思ってさ。一度も賞獲れなかったし」
「でも、私は彼方の小説好きだよ。詩も好き。書いていたらいずれ夢が形になるかもしれないよ。またどこかの賞に応募してみたらどうかな?」
「そうだなあ・・・」
「作家なら旅をしながらでも出来るでしょう?私も頑張って動物学の研究者になるからさ。そしたら二人で仕事しながら旅をしようよ。二人で色んなものを見よう?」
「そうなったらいいだろうね。僕なんかに綾の相方が務まるのか分からないけど」
「私を救い出してくれたのは、彼方だよ。もっと自信を持って」
「分かったよ」
一応目指す方向性としてはそういう感じになった。僕は綾が登校するのを見送って、部屋で小説を書いていた。
私小説みたいな作品や、綾みたいな女の子を主人公にしたものも書いた。書き出して、初めて気づいたのだが、以前より成長している?思えば、詩を書くことはあっても、綾と出会ってから、小説はあまり書かなかったものな。綾と一緒にいることで、未知の才能が開花したのだろうか。
ともかく、僕は何かに突き動かすされるかのように書き綴っていった。

デビュー

何ヶ月かが過ぎた。綾は誰かと喋ることもなく、黙々と大学生活を送っている。この調子なら一廉の学者になる日もそう遠くないのではなかろうか。僕は作品を書いてはブログにアップしていた。読者の多くは綾が目当てだったのだろうが、僕の書いたものもそれなりにアクセス数を集めていた。感想もチラホラと送られてきている。褒めてくれる人もいれば酷評する人もいた。徐々に進歩しているのが自分でも分かった。感想の数もこの何ヶ月かで着実に増えていった。綾にも書く度に読んでもらって感想を聞いた。
「どうだい?」
「この主人公の女の子って私がモデルなの?」
「かもしれないな」
「ふうん。でも悪くないね、これ。どこかの出版社が出してくれるといいのにね」
今のところ応募した賞を含めてどこからも声は掛からない。本当に早くデビュー出来たらいいのになと、成長著しい綾を見ていて最近特にそう思うのだった。

冬になった。僕は料理を作り終えて、炬燵で本を読んでいた。時折ぺらっとページを捲る音だけが聞こえる。昨日綾と二人で話していた。卒業後の行き先は海外にしないかと。二人とも外国で生活してみたいと思っていた。よって、朝から図書館に行って、英語とドイツ語の教材を借りてきたのだった。今、その勉強中。

僕は綾といれば幸せだった。綾と共にいると、まるで美しい絵画の中にいるかのような、気持ちの良い音楽を聴いている時のような気分になれる。綾のためなら何でもしてやりたい。だから、卒業後の活動のためにももっと多くの資金を集める必要があった。さっさと作家になって、ヒット作を生み出したいという欲求が日ごとに大きくなっていった。綾と違って、僕に出来るのなんて、文学くらいだからな。

新年になり、寒い中、僕らは相変わらずの日々を過ごしていた。この頃、僕は一つ特に力を入れた作品を書いた。綾を意識して書いた、動物園を訪れる少女がスタッフ達と交流して、成長してゆき、大人になって、世界を股にかける動物学者になるという話。書き終わったとき、自分でも結構上手く書けたと思った。ネット上にアップすると、今までより多くのアクセスがあった。
時期が来れば新人賞に応募してみるかなと思っていた。だけど、それから少しして、投稿サイトを通じて出版社からメールが届いた。アクセス数がそれなりにあるので、ウチから出してみないかと。無論、僕に否やはなかった。承諾の返信を送ると、早速打ち合わせしたいから、社まで来て欲しいと言われた。僕は大学にいる綾に電話で報告した。
「やったじゃない。これで彼方も一歩踏み出せるんだね」
「ああ、これも綾が応援してくれたおかげだよ」
僕は翌日、浮かれ気分で出版社まで出掛けて行った。
到着してみると、出版社は小さな建物だったけど、僕は気にせず中に入った。すぐに応接室に通された。待っていると、眼鏡をかけた20代前半くらいの若い男がやってきた。
「えっと、喜多羅様ですよね?あなたの作品は素晴らしい。是非ウチから出させていただきたいのですが」
「ありがとうございます」
「では、出版に当たっていくつか、手続きがありまして。作品自体は完成度が高かったので、基本的にあのままでいきたいと思ってます」
それから印税の振込先とか著者紹介の写真とかを撮って初の打ち合わせは終わった。予定では数ヶ月で出版という運びになるらしい。これで僕も作家デビューか。意外にあっけなかったな。帰って綾に報告してやるか。

「じゃあ、上手くいったんだね?」
「そうみたいだ」
「よかったじゃない。沢山売れるといいね」
帰ってから、夕飯を食べ終えて、綾に担当との打ち合わせを報告すると、自分の事のように喜んでくれた。
「私本屋さんに並んだら、沢山買おうかな」
などと言っていた。僕としてはあまり売り上げには期待していなかった。結構個人的な作品だし、一般受けはしないんじゃないかと。
まだまだ客観的なレベルも拙いものだしな。ともかくも、僕は作家となり、毎日原稿を書くようになった。ある程度書けたら、担当よりも先に綾に見てもらった。綾は僕と同じで文学が好きなので、小説を見る目も確かだ。大体は好意的な反応だったけど、もうちょっとこうした方がいいんじゃないかという意見もよくくれた。全く頭が上がらない。そしていよいよデビュー作が出版された。僕は綾に連れられて、本屋に行った。そして棚に並んだ自分の作品を手に取った。何だか不思議な感じがした。まるで自分の事じゃないみたいだ。だけど、手に取って読むと、確かに僕の書いた話だった。綾は嬉しそうに何冊か買うつもりみたいだった。
「私、この間神社に行って神様にお祈りしてきたんだよ。沢山売れますようにって」
「そうなるといいな」
それから何日か過ぎて、担当から連絡が来た。意外にも売れ行きは悪くないらしい。すぐにでも次回作を書いて欲しいと言われた。少しして入ってきた印税の額はなかなか悪くないものだった。すくなくとも、細々と翻訳やらライティングやらやっているより遙かにマシな金額だった。

綾と二人で夏休みにはどこか旅行に行こうと相談した。

いいなと思ったら応援しよう!

seigo
小説を読んで将来に投資したいと思っていただけたら、是非サポートをお願いしたいです。小説や詩を書くことで世界に還元して行けたらと思います。