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陰の青春2

眠い。今何時だ?っていうかここどこだっけ?スマホを見ると、既に夕方の6時だった。ヤバ。普段ならとっくに帰ってる時間じゃないか。どうやら保健室で予想以上に眠ってしまったらしい。先生もどこかに行ってしまったようだった。
「・・・ん?」
隣のベッドには凛花がいた。
「あれ?ここどこ?」
「あ、あなたたち起きたのね。ちょっと会議が長引いちゃったものだから。今日はもう遅いし、二人とも帰りなさいね」
「・・・」
凛花は低血圧らしくて、まだぼーっとしていた。僕は黙って、さっさと帰り支度を整える。寝るまで読んでいた小説がグチャグチャになっていて、少し気分が萎えた。
プリントを鞄に詰め込んで、「さあ帰るか」というところで、凛花が漸く起き出してきた。
「ね、駅まで一緒に帰ろ?定期持ってるってことは、電車乗るんだよね?」
僕は他人と歩くのはあまり好きではないので、面倒だなという顔をしたと思う。
「いいじゃない。じゃあ、ちょっと待ってて」
凛花は鏡の前で髪を整えると、帰り支度をし始めた。
やれやれ。
「ねえ、陽君。どうして、教室来ないの?学年トップだったってことは特進クラスなんでしょ?」
「教室とか、人がいっぱいいるからね」
「ふうん」
グラウンドではサッカー部が部活やっていた。
たまに夕方まで残っていると、いつもとは違う雰囲気で新鮮だった。
「ところで、どこに住んでるの?家は遠いの?」「いや、この近くだよ。自転車でも来れる」
「ふうん。私は結構遠いんだけどね。クラスにも一時間、二時間くらいかけて来ている子いるよ。やっぱり色んな所から秀才が集まってきてるからね」
「へえ」
「そうなんだよ。だからね、陽君も教室来ないと勿体ないよ。せっかく有名な学校に入れたんだしさ」
・・・面倒くさいな。
「まあ、気が向いたらね」
到底行く気はないけど、とりあえず、そうお茶を濁しておいた。
家に帰ると、すぐにソファに寝転がった。
眠い。最近やたらと眠くなる。気がつかずにどこかでエネルギーを大量消費しているのだろうか。季節的には秋でそろそろ寒くなる頃なのに。それにしても、凛花ちゃんか。この僕に話しかけてきた子なんて、17年の人生でも彼女くらいだ。まあいいや。高校なんて別に辞めても構わないんだしな。僕は一人暮らしの部屋の中でこんこんと眠りについた。

目が覚めると朝だった。朝日が窓から入り込んできていた。随分と長く眠ってしまったものだ。時計を見るとまだ始業までには充分時間があったので、鞄だけ用意すると、食事を摂りに出掛けることにした。こんなこともあろうかと、学校までの間にモーニングをやっている喫茶店を見つけておいた。今日はそこで食べることにした。席について、スマホでニュースを流し読む。植物園でオオサンショウウオが発見されたとかいうニュースがあって興味を惹かれた。そういや、植物園には随分行ってないな。明日学校サボって行ってみようかな。

結局学校に着いたのは大分早くだった。この時間帯は部活の朝練をやっている生徒くらいしか来ていない。いつものように保健室へ行くのだが、閉まっていた。職員室に鍵を取りにいく。先生がいた。
「あら、陽君。今日は朝から来たのね。感心感心」
「はあ」
「凛花ちゃんからメールきた?あの子、三日も姿見せなかったから心配してわよ」
「昨日本屋で会いましたよ。大丈夫。今日は行くって言っておきましたから」
僕は今日の授業分のプリントを受け取って、保健室で一人机に向かって解いていた。そのうち、外が騒がしくなり始める。生徒達が登校してきたようだ。うんざりする。やはり教室に行くなんてとんでもないなと思った。プリントの大半は造作もなく解ける問題だった。
それからも三時間ほどお茶を飲みながら、問題を解き続けて、お昼になる頃には全部終わっていた。さて、後は放課後までベッドで本でも読むかな。
「高砂君。そろそろお昼ね」
先生がやってきた。
「今日、弁当作って来なかったから、購買で何か買ってきます」
「そう。私は出前だから、保健室で一緒に食べましょう」
「屋上で一人で食べようかと思っていたんですが」
「普段一人なんだから、昼食くらい誰かと一緒に食べてもいいでしょう?」
「・・・分かりましたよ」
購買で弁当買って、保健室に戻る途中で、凛花に出くわした。
「あれ、珍しいね。陽が購買のお弁当?」
「まあね」
「ふうん。それで、保健室で食べるの?」
「ああ。先生が一緒に食べようっていうから」
「まあいいけど。私は教室で友達と食べるから。また今度一緒に食べよ」
保健室に戻ると、先生がお茶を煎れてくれていた。先生の出前はラーメンだった。
「いただきます」
僕は黙々と食べていた。
「陽君。家ではどんなものを食べているのかしら?」
「別に普通ですよ。スーパーで野菜と肉を買って、適当に炒めたりとか」
「じゃあ、ちゃんと栄養は摂れているのね。それはいいことだけど。今度あなたのお家に行かせてもらっていい?ご両親にあなたの事で相談したいし」
「ああ、それは無理ですね。ウチの親、年に数回くらいしか帰ってこないですから」
「そうか。それは困ったわね」

午後からは好きな本を読んでいた。先生は相変わらずどこかに行っていた。授業中なので周りも静かだ。そろそろ読む本がなくなってきたのでスマホで何冊か本を注文しておいた。三時にになる頃には、文庫本は粗方読み終えてしまっていた。さてと、どうしたものか。今日はもう帰ろうかな。

結局、今日は帰りますと書き置きして、学校を出た。帰りに丸善に寄って帰るつもりだった。文学研究の本を何冊か買って帰ろう。

 本屋を何軒か回って、目当ての本を買う事が出来た。賢治と漱石と太宰の研究書が近くの本屋にはなかったので、遠くまで行って漸く手に入れる事が出来た。ともかく、これで明日は保健室で読む本に困らなさそうだな。さて、夕飯でも作るか。
 豆腐とワカメの味噌汁をさっと作り、鮭をグリルで焼いて、後は漬物と簡単な野菜炒めの夕飯を作った。思えば最近は和食ばかりでパンを全然食べない生活を送っていた。元々洋食はあまり好みではない。広い家で一人で晩ご飯を食べていると、傍らのスマホが振動した。メールが届いたようだ。
「今日も一人でご飯食べてるの?たまには、どこか食べに行こうよ」
凛花からだった。毎度思うのだが、この娘はどうして僕に構ってくるのだろうか。
「外食する金があったら、本を買うのに回したいよ」と送っておいた。すぐにまたピロンと鳴る。
「お金持ちの息子さんが何を言いますか」
余計なお世話だよ。
「また今度な」
まあ、確かに、たまには誰かと一緒に食べたくならないでもない。今度凛花が誘ってきたら、一緒に行ってやるか。

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