僕らの旅路4 水族館へ
当日の朝
「シャッ」とカーテンの開く音がした。2日目なのでさすがに誰が開けたのかはすぐに気がつく。案外綾は早起きらしい。僕はまだ眠いのでしばらく布団の中で微睡んでいた。しかし、昨日の約束を楽しみにしている綾は僕を起き上がらせるべく布団を引き剥がしにかかった。
「早く。水族館に行くの!」
「分かったよ」
顔を洗って歯を磨いて何とか目が覚めてきた頃には綾はすっかり準備万端で既にリュックを肩にかけていた。
「もう行くのかい?」
「そうだよ。空も早く」
僕としてはせめて朝ごはんを食べてからと思っていたのだが、致し方ない。財布とIPHNEだけポケットに詰めて綾に手を引かれて駅へと向かった。
今日も暑くなりそうだ。
二人で電車に乗っていると本当に親子か年の離れた兄妹にでもなった気がしてくる。傍からはこの似ていない組み合わせはどう見えるのだろう?電車に乗ってから綾は相当ワクワクしているようだった。
(こんな風に子供らしい面もあるんだな)
普段はどちらかと言うと無口で大人しくて、年齢より大人な感じがするのに。
電車に乗ってどこかへ出かけるということ事態が既に綾にとっては非日常だったらしく、僕は座席で船を漕いでいたが、隣で綾はずっと窓の外の景色に夢中になっていた。やがて海が見えて水族館の建物が迫ってくると「凄い、見えたよ!」と珍しく声に出してはしゃいでいた。
予想通り夏休みだから入り口の前はそれなりに混雑していた。家族連れも多く、小さな子供達のはしゃぎ声がやかましい。僕は窓口で2枚入場券を買い、一枚を綾に渡した。綾はそのイルカの描かれた券を興味深そうに見ていた。
「入ろうか」
「うん!」
綾の興奮が伝わってきて、僕まで中に入るのが楽しみになってきた。ここに来たのも結構久しぶりだ。元々水族館は嫌いじゃない。
建物の中に入るとその独特の静けさと程よい照明具合に子供のようにドキドキしている自分がいた。これじゃ綾の事を子供だとか言えないな。
「行ってらっしゃい」という館員さんの声に見送られ僕らは早速水槽を見に向かう。
最初の展示コーナーで早速水辺の生き物達に迎えられる。この水槽には小さな魚やイソギンチャクの他にオオサンショウウオがいるらしい。
「どこかな?」
「・・・どこだろうな?」
水族館の中は冷房が効いていた。半袖のシャツでは少し肌寒さを感じるくらいだ。照明が程よく暗くて、静かで、水槽から伝わってくる涼しげな場の雰囲気が心地いい。入って早々に来てよかったなと思えた。
「あ、いたよ!」
右隅の方にその両生類はいた。見た目は少し怖く感じる。
「凄い。大っきいね」
「本当だね」
入館すぐに天然記念物に迎えられ、その後も順に青い世界を堪能していった。僕は魚を見ることよりも、この静かで落ち着く空間に居心地の良さを感じていた。そしてそれ以上に水が綺麗だった。水面から光がいい感じに差して、水槽の中の岩や、海藻や、色とりどりの熱帯魚たちが形作る青緑色の世界にうっとりとしていた。室内のこの独特の空気と相まって僕に非常な居心地の良さを感じさせていた。
(これなら時々来るのも悪くないかもしれないな。綾も喜んでいるし、また一緒に来ようか)
綾の方は大人しい彼女にしては珍しくガラスに張り付かんばかりに飼育員が与える餌に群がる魚達の動きに夢中になっていた。
僕も子供の頃来た時はこんなだったのかな?と思った。
彼女がこんなに笑ったり何かに興味津々になっている所が新鮮だった。出会ってまだ何日も経っていないけど、新しい一面が見れて本当に一緒に来れて良かったと思う。
やがて僕らはクラゲのコーナーに立ち寄った。暗い部屋の中で光るクラゲ達が醸し出す幻想的な景色。綾もやはり女の子だからか、此の綺麗な光景には惹かれるようだ。握っていた僕の手を離し、水槽に顔を近づけてじっと覗き込んでいた。
(どうしてクラゲってこんなに透明で美しいのかな)
と思いながら、しばらくふわふわと浮遊するクラゲ達をぼんやりと眺めていた。
そうこうしている内にそろそろイルカショーが始まる時間だったので、観客席へと向かった。僕は逸れてもいけないので、綾の手をギュッと握った。小さくて華奢な手だ。
イルカショー
無事に席を確保して待っているとトレーナーさん達がやってくるのが見えた。
「皆さんこんにちわ!それでは今日一緒に演技をするイルカちゃん達を紹介しましょう。シロイルカのリン君とカイちゃんです!」
イルカ達がトレーナーの合図に合わせてジャンプで登場した。水飛沫が上がる。綾の方を見ると凄く真剣にイルカ達のパフォーマンスに見入っていた。僕は子供の頃から見慣れたものだったが、彼女には驚きの連続だったのかもしれない。
口先でリングを回し、ダンスを踊ったり、高いジャンプを決めるイルカ達の演出に観客席から子供達の声が上がる。そんな光景を見ながら、僕はふと思う。
(本当だったら綾もあんな風に無邪気にはしゃいでいたのかもしれない。それが境遇のせいで子供らしさが押し込められているのだとしたら・・・。せめて僕といる間だけでも本来の彼女に戻らせてあげたい)
何故かイルカショーに夢中になっている隣の綾の表情を見ながらそんな事を考えたのだった。
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