砂漠の民は、スエード履く / ナイキステッチ / なるべく注文しないでください / アッパーとウェルトの隙間のなさ
完成したばかりのシロエノヨウスイのビスポーク靴を囲みながら、作り手の 2 人にいろいろな話を聞くシリーズです。
今回はこちらのスエードのオックスフォードについて話を聞いてみました。よければお付き合いください。
(左:片岡謙、右:髙井俊秀)
聖:よろしくお願いします。
謙 & 髙井:お願いします。
謙:今回作ったのは、パンチドキャップトゥのオックスフォードです。昔からあるクラシックなデザインですね。
髙井:クラシックやなぁ。
謙:このつま先の形とかも、そんなにボリュームなくて、すこし細めのラウンドトゥになっていたり。
通好みな一足ですよね、これすごく。
髙井:通ですね。まずスエードが通。
謙:うん、スエードが通やし、このデザインも通。
謙:デザインとして特徴的なのは、パンチドキャップトゥだったりシームレスヒールだったり、あとはこの羽根の横のステッチも地味にポイントです。
(シームレスヒールのバック)
(羽根の三日月型のステッチ)
謙:この三日月型のステッチ。最初はステッチじゃなくて穴飾りで装飾しましょうかとか、形どうしましょうかとか、そういう部分を仮靴ベースで検討して、最終的にこの形になりました。
髙井さんにはナイキって言われてるけど...
聖:笑
髙井:ナイキステッチ。
謙:まぁナイキステッチですね...笑
ちなみにこのナイキステッチ、中の補強付を留める役割もあります。
髙井:理にかなってるんですよね。
謙:そうそう、この羽根のあたりのステッチって、たぶんもともとそういう意匠ですよね。
髙井:おそらくそうだと思います。
聖:へぇ。
謙:そう、なので羽根のところにシワが入りにくいように豚革を入れてるんですけど、それをこのステッチで留めておくみたいな、そういう役割もあります。
謙:あと、キャップトゥのオックスフォードを作るときは、ダブルトゥキャップで作ることが多いんですけど、これはダブルトゥキャップになっていないです。
聖:それはどういう理由で?
謙:スエードで厚みのある革なので、二枚重なるとボリューム感が出すぎてしまうから。
髙井:スエードは漉けないですからね。
謙:そう。スエードは漉くと銀面がなくなってしまうので、強度が落ちちゃうんですよね。スムースレザーでダブルトゥキャップにするときは、まずプレーントゥの状態を作って、その上に薄く漉いたキャップを被せる感じで作ります。
ただ、スエードの場合は強度の問題で漉けない、かといって漉かずに被せるとつま先のボリューム感が出すぎちゃうんですよね。
聖:なるほど、だからダブルトゥキャップにするのは難しいんですね。
(スエードの裏側は銀面になっていて、これを漉いてしまうと強度がなくなるそうです)
謙:ただ、革の断面、ヴァンプのラインなんかの革の断面は、薄くしたいので漉いてます。
元の厚さのままだと野暮ったくなってしまうので。
なので、漉いた上で、別の革の銀面を貼って補強します。
聖:銀面だけの状態を作るということ?
謙:そうそう、銀面の強い別の革を用意して、銀面だけ残るようにギリギリまで薄く漉きます。
聖:なるほど、それで補強してるんですね。
髙井:めっちゃ手間かかる
謙:手間はかかりますね。
髙井:フルブローグとかだとエグいですよね。
謙:そうですね... フルブローグのスエードは... なるべく注文しないでください笑
聖:笑
聖:でもヴァンプのラインの断面をそういうやり方で補強するのであれば、トゥキャップの部分も同じように補強してダブルトゥキャップにするのはできないの?
謙:うーんと、それはできない。
ダブルトゥキャップにしようと思うと、トゥキャップを全漉き(=全面を漉くこと)する必要があって、そうすると、全面に銀面の補強をすることになるんだけど。
聖:そうか... なるほど
謙:銀面の補強はあくまでも補強なので、元々ある銀面ほどの強度があるわけではなくて。
なので、トゥキャップに対してそれをやっちゃうと強度的に十分じゃなくなります。
・・・
髙井:底付けはベヴェルドウェストで、ピッチが 12 番のウィールを使っています。
謙:コバも結構タイトに作ってますよね、今回。
髙井:そうですね。
謙:最近やっぱり底面がフラットなのがいいなって思ってるんですよね。
聖:そこって意識せずに作るとフラットにならないの?
謙:うん。意識しないとフラットにならない。
(前足部の底面はフラットになるよう意識して作られています)
謙:まず木型の底面がアールついているので、それに従って中底にもアールがつくけど、それを中物でフラットにしている感じです。
聖:なるほど。中物でフラットにしているのか。
髙井:それで中物コルクにしたんですよ。
聖:たしか以前はフェルト使ってましたよね?
髙井:そうですね。前はフェルト使ってたんですけど、今はコルク使ってます。コルクのほうがヤスリがけで微調整がしやすいので。
謙:あとやっぱりこれはすごくいいですよね。アッパーとウェルトの隙間のなさ。
髙井:これはいいですね。
聖:どこの部分のこと?
謙:このアッパーとウェルトの上面とがパチっと合っている感じ。比べてみたらわかると思う。
(既製靴を持ち出してくる)
謙:横から見たときに、既製のほうはアッパーが中に入り込んでて丸みのある形になってるけど、この靴はアッパーがウェルトにパチっと合っているような形になっているでしょ?
(たまたま工房にあった既製靴、ウェルトの箇所でアッパーが内側に入り込む形になっています)
(それに対してこの靴は、ウェルトにアッパーがピタッと重なるような形になっています)
聖:たしかに違う。どこを工夫するとこういう風になるんですか?
謙:アッパーの角をしっかり出すというのと、あとはウェルティングの糸を外側に近い位置で出すことでこうなります。
聖:アッパーの角を出すというのは?
謙:吊り込みの段階で、アッパーの側面と底面の角をしっかり出す感じ。
聖:既製のほうは側面と底面の境目があいまいな感じだけど、そうじゃなくて、しっかり角を作るということ?
謙:そう。
聖:なるほど、そうしないとこういう形にならないのは理解できる気がする。
ウェルティングの糸を外側に出す、というのももうちょっと説明してもらっていいですか?
謙:ウェルティングの糸をなるべく外側に出すと、アッパーとウェルトが縫い合わさる部分が外側にくるので、その分アッパーとウェルトがパチっと合わさるイメージ。
逆に、もしアッパーの角をしっかり出していたとしても、ウェルティングの糸を出す位置が内側寄りだと、隙間ができてしまう。
たとえば、ウィールを当てるとウェルトって下がっちゃうんですよね。
髙井:目付をしっかり作るために、ウィールを結構ゴリゴリ当てるんですよ。力入れて。
謙:それでウェルトが下がっちゃって、アッパーとウェルトの間に隙間ができちゃう。
でも、ウェルティングの糸が外側に近い位置にあると、力がかかっても下がりにくくなるから、隙間もできにくい。
聖:アッパーの角を出しつつ、ウェルティングの糸を外側に出すようにしないとこういう風にはならないということか。
謙:プラス、この作り方をしたときにきれいに見えるように、中底も調整してます。
たいてい中底の断面って垂直にカットされることが多いんですけど、自分たちは木型の面に沿うような形で斜めにカットします。
聖:垂直にカットしてもアッパーの角を出すことはできるけど、きれいにはならない?
謙:そう。断面が垂直だと角があまり目立たないというか、すこしぽってりしたような見た目になっちゃいます。
断面が木型の面に沿うような形だと、角もきれいに立ちやすくて、靴の形もきれいに出ますね。
ちなみに、この作りはデメリットもあって、一つはウェルティングの針を外側に出しすぎると、糸目が外から見えちゃうリスクがあること。
もう一つは、コバの出幅をタイトにしづらくなります。
聖:コバをタイトにしづらくなるのはどうして?
謙:出し縫いですね。ウェルティングの糸を外に近い位置に出すということは、出し縫いはそれよりもさらに外側に入れないといけないから。
たとえば、さっき見せた既製靴とかだと、もっと出し縫い内側にして、コバを削ってタイトにできたりするんだけど、そういうのが難しくなります。
聖:でも、この靴は結構コバ狭く作られてますよね?
謙:そうね。ギリギリのところで出し縫いして、なるべくコバをタイトに削って、という風にやってます。
髙井:逆にそこが腕の見せどころでもありますよね。
謙:そうですね。
謙:この作りにするとやっぱいいですよね。
髙井:うん。格好いいですね。だいぶ時間がかかったな、ここまでいきつくのに。
謙:いろいろ試行錯誤しましたもんね。
髙井:ウェルティングの位置が、コンマ 5mm 違うだけで全然違うんですよね。
聖:そうなんですね。
謙:あとアッパーの角をしっかり出すのも意外と時間がかかる。吊り込んだ状態でかなり叩いて角をしっかり出す必要があるから。
聖:単に吊り込むだけだと角ってあんまり出ないですよね?
謙:そうね。ライニング、芯材、アッパーと三枚革が重なっているので、それぞれでやっぱり角はどんどん失われていきます。
なので、一枚一枚しっかり角を出すように加工していって、この状態になります。
聖:加工というのは、具体的にどういうことをするの?
謙:ハンマーでしっかり叩いて、熱ごて当てて
髙井:あとはペーパーでやすったり。
聖:それを三枚それぞれ丁寧にやらないと、角が失われちゃうってことですね。
謙:そう失われます。手間がかかる分、格好いいですけどね、やっぱり。
髙井:しっかり綺麗に見えますよね。
・・・
謙:あと革の話か。今回スエードはチャールズ・F・ステッドのスエードを使ってます。
(イギリスのタンナー「チャールズ・F・ステッド」のスーパーバック)
髙井:チャールズのスエードはやっぱりいいですよね。
謙:ちょっとオイル入ってる感じで色に深みがありますよね。テクスチャーもすごくいいし。
髙井:触り心地もいいし。
謙:そう。
髙井:スエード専門でやってるところやからな。スエード界の...
謙:スエード界の?
髙井:なんやろ...
聖:何?
髙井:スエード界の... フォアグラ!!
聖:... 珍味的な?笑
謙:... なんか微妙に違う気がするけど
髙井:違ったか...
・・・
髙井:そう。インソール・芯材・アウトソール周りは、いつものベイカーですね。
謙:ほとんどイギリスの素材で作ってるってことや。じゃあ
髙井:ほんまや。
謙:あ、ライニングは国産ですね。
聖:そうなんだ。なんでライニングは国産を?
謙:前にデュプイで作ったんですよ。自分の靴。でも国産のライニングのほうが足当たりが良くて。それでライニングは国産のものを使うようにしています。
謙:素敵な雰囲気に仕上がったんで、気に入ってもらえると嬉しいですね。
髙井:そうですね。
謙:これやったら夏でもいけますよね?
あれらしいですよ。砂漠の人ってずっとスエード履くみたいですね。
通気性がいいから。
髙井:砂漠の民?
謙:そう、砂漠の民は意外とよくスエード使うらしいです。
スエードって寒い時期に履くみたいなイメージあるじゃないですか。でも逆らしいですね。
髙井:暑いところってこと?
謙:そうそう、通気性がいいから。なのでスエードって実はオールシーズンいけるんですよ。
髙井:じゃあこれもオールシーズンガンガン履いてもらえると嬉しいですね。
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