革を楽しむ器のような靴「wan」
2020 年 10 月から、シロエノヨウスイは MADE TO ORDER(= カスタムオーダー方式)を開始しました。
今回は、その MADE TO ORDER のファーストモデルとなる靴「wan」について、2 人の職人に話を聞いたときの模様をお伝えします。
よければお付き合いくださいませ。
(左:髙井俊秀、右:片岡謙)
髙井:自分ちょっと髪型変やなぁ。今日
謙:いつも変ですけどね。今日はいつもよりマシですよ。うん。いつもより全然マシ
髙井:やめて
聖(私):よろしくおねがいします。
髙井 & 謙:おねがいします。
聖:ついにできましたね。ファーストモデル。
謙:できました。
聖:今日は、そのファーストモデルについて、いろいろ聞かせてもらえたらと思います。
(シロエノヨウスイの MTO ファーストモデル「wan」)
謙:まずは木型の話からしましょうか。これ、今回のモデル用に作った木型です。
謙:この木型、ヴィンテージの木型を参考に削ったんですよね。
聖:へぇ。ヴィンテージの木型というのは?
謙:1930 年代にイギリスで作られた木型で、オーストリアの職人さんからいただいたものです。
聖:どういう経緯でいただいたんですか?
謙:前にその方から工具を買わせてもらったことがあって、ときどきメッセージのやりとりをさせてもらってたんですけど、ある日その方がインスタに木型の写真を投稿していて、それがすごいきれいだったんですよね。
「自分で削ったの?」って聞いたら「そう。ヴィンテージの木型を参考に削ってるんだよね」っていう話で。
「日本にはあまりないから羨ましい」って言ったら「いっぱいあるからあげるよ」ということで、一ついただくことができました。
で、話を戻すと、今回の木型は、このヴィンテージの木型のエッセンスを取り入れて削っています。
(オーストリアの職人の方からいただいたというヴィンテージの木型)
謙:このヴィンテージの木型で一番面白いのはここ。親指の付け根のところがぐっと下がっているんです。
髙井:これすごいですよね。
聖:下がっているというのは?
謙:下がっているのは親指の付け根のところですね。下がっているというか、丸く盛り上がっていなくて、スッと落ちている感じです。別の木型と比べるとわかると思います。
(左がヴィンテージの木型で、右がノーマルな木型。素人目にはわずかな違いですが、左の方が薄くなっています)
聖:たしかに、違いはありますね。
謙:そう。で、ここがぐっと下がっているとどうなるかというと、甲の立ち上がりに抑揚がつきます。なんというか、つま先から甲に向けてグイっと上がっている感じですね。
(左がヴィンテージの木型で、右がノーマルな木型。左の方が、つま先から甲にかけてのシルエットがしまって見えます)
謙:このヴィンテージの木型の雰囲気をどうしても取り入れたくて、同じように親指の付け根のところをぐっと落とすような感じで木型を削りました。
これだけで、靴の雰囲気はぜんぜん違ってきます。
(左がヴィンテージの木型。右が今回のモデル「wan」の木型です。ノーマルな木型と違い、ヴィンテージの木型と近い形になっています)
(できあがる靴も、甲がぐっと上がっているようなシルエットになるそうです)
謙:あと、木型を削るときは、しっかり直線がでるように意識して削ります。自分はやっぱり、直線と曲線のメリハリがしっかりある靴がきれいだなって思うので、そのへんは木型を削るときにも意識します。普通に何も意識せずに削ると、絶対丸っこくなるんですよね。
聖:直線というと、具体的にはどのあたり?
謙:一番はつま先にかけてのラインです。ここのライン
謙:上から見たときはもちろんですけど、斜め上から見たときも直線的に見えるように気を配ります。
靴って真上から見るのは自分だけですよね。真正面とか真横から見られることもなくはないですが、やっぱり斜め上の角度から見られることが一番多いと思うんです。
なので、斜めから見られたときにも、きれいに直線がでるように意識して削ります。
(斜め上から見たときの直線的なシルエット)
謙:あとはフィッティング面ですね。小指が痛くなる方は結構多いので、外側のカーブを広めにとって、痛くなりにくいようにしています。ただ、単純にそれをすると太く見えちゃうので、つま先にすこしボリュームをもたせて、バランスを調整しています。
(小指が痛くなりにくいようカーブを広めにとりながらも、すっきり見えるように、つま先のバランスを調整しているそうです)
謙:あとは、底面を立体的に削って下からのサポートがすこしあるような感じで削っていたり、踵周りも何回も調整を繰り返して、最終的に今の形に落ち着きました。
(底側も立体的に作られているそうです)
聖:デザインについてはどうでしょう。
謙:そうね、デザインの話もしましょうか。
デザインは 5 アイレットのミニマルなダービーです。ビスポークのサンプルとして作っていたものがベースになっています。
(シンプルなプレーントゥダービー)
謙:ダービーだけどカジュアルになりすぎないように、"V フロント" にしてノーズを長めに見せていたり、後ろにシームは入れず "シームレスヒール" にしていたりします。
(V フロントとは、つま先側に向かって羽根が V 字型に広がるようなデザインのこと)
(かかとのところに縫い目がない、シームレスヒール)
聖:底付けも結構ドレス寄りの仕様ですか?
髙井:そうですね。"ベヴェルドウェスト" にしたり "ピッチドヒール" にしていたり。"手製靴" っていう感じの仕様になってます。
謙:ちなみに、ベヴェルドウェストは日本式です。
イギリス式は、割とシャープできれいな見た目になるのが特徴なんですけど、今回は日本式を採用しています。ちょっとクセがあるというか、すこし丸みがついていて、これも手作業感があります。
(ソールの側面に丸みができるのが日本式のベヴェルドウェストの特徴)
髙井:あと、ヒールの段差のなさも注目です。
謙:そう!個人的に好きなポイント。このアッパーとヒールの段差のなさ!
髙井:こういうのは手製靴じゃないとなかなかできないところなので。
やっぱり一体感が違いますよね。
(アッパーとヒールとの段差がほとんどなく、とてもすっきりした印象になっています)
謙:あとは、高井さんのきれいなアゴの加工も注目ポイントです。
(サンプルながら、アゴもとてもきれいに仕上げられています)
聖:ちなみに、今回 MTO ということで革はいろいろ選べるようになってますけど、どれがイチ推しとかあります?
謙:イチ推しは、カールフロイデンベルグの "インパラカーフ" と、ゾンタの "ゴルダニルカーフ" です。
聖:このサンプルはインパラカーフ?
謙:そうです。サンプルはインパラカーフをグレーで手染めして使っています。インパラカーフは型押しレザーなんですが、手染めしたときの色の入り方がすごく良いというか、ヒビ割れているような独特な表情になるんですよね。
(インパラカーフを手染めすることでこのような模様になるそうです)
謙:以前、"萩焼" という焼き物をいただいたことがあって。
萩焼というのは「貫入(かんにゅう)」と呼ばれるヒビ割れ模様が特徴的な焼き物で、すごくきれいなんですよね。
で、「こういうヒビ割れ模様みたいな感じも靴に活かせたら面白いですね」という話になって。
(貫入の参考画像)
謙:そのとき、ふと、インパラカーフを手染めしたときに出る表情が、その貫入の感じに近いなと思ったんです。
で、モデルのサンプルを作るときに、そういう表情が出せたら面白いかなっていうので、インパラカーフを手染めして使うことになりました。
髙井:デザインがシンプルな分、ヒビ割れっぽい表情がよく見えて、すごいいいですよね。
(カールフロイデンベルグのインパラカーフ)
聖:もう一方のゾンタのゴルダニルカーフというのは、どんな革ですか?
謙:ゴルダニルカーフはスムースレザーなんですけど、染料仕上げで、ナチュラルな革の質感がよく出ている革です。
聖:染料仕上げというのは、どういう仕上げなんでしたっけ?
謙:まず、革の仕上げには、大きく分けると "顔料仕上げ" と "染料仕上げ" というのがあります。
顔料仕上げは、簡単に言うとペンキみたいに、表面に色を被せるような感じの仕上げで、革表面の傷とかちょっとへこみとかも隠せるような仕上げです。
染料仕上げのほうは、革の中に色の成分を浸透させて色出しするような仕上げで、顔料ほど色の均一感とかはないんですけど、革本来の質感が残るのが特徴です。傷とかが隠せないので、その分原皮の良さが求められたりします。
聖:なるほど。
謙:で、ゴルダニルカーフは染料仕上げで、革の質感がちゃんと残っているような革です。
染料仕上げだとすこしずつ色が落ちてきたりして、経年変化もけっこう楽しめるので、このモデルみたいなシンプルなデザインに合わせると、そういう変化がよく楽しめますね。
(ゾンタのゴルダニルカーフ)
謙:いったら "革を楽しめるモデル" かもしれないですね。このモデルは
髙井:革を楽しめるモデル、いいですねぇ…いただきました!
聖:なるほど
謙:たとえば、フルブローグに型押しレザーを使ったりすると、ちょっとうるさい感じになっちゃったりするんですけど、このモデルはデザインがシンプルなので、インパラカーフみたいな型押しレザーだったり、ゴルダニルカーフみたいな革の質感がしっかりあるような革だったりでも馴染みやすい。
そういう意味で、いろんな革を楽しめるモデルかなと。
聖:黒とかはどう?
謙:黒でもかっこいいですね。黒だとポストマンとかオフィサーシューズみたいなのをドレス寄りにブラッシュアップしたような感じになって、それはそれでかっこいいと思います。
聖:じゃあスエードはどうです?
謙:うーん、スエードはあんまりしっくりくるイメージがないんですよね。悪くはないと思うんですけど、スエードだったりスムースレザーでも薄い色だったりすると、ちょっとカジュアルになりすぎるかな、という気はしています。
謙:あとインソールには、"ベイカー" の革を使います。
髙井:ビスポークだったらみなさんそれ使ってますよね。
謙:そうですね、ビスポークはほぼそれですよね。
ベイカーのオークバーク。イギリスのタンナーの革ですね。
聖:どういう特徴の革なんですか?
髙井:臭い
謙:そう臭い笑。でも耐久性は尋常じゃないです。
(ベイカーのオークバーク)
謙:靴って、インソールがダメになっちゃうとほぼ修復不可能になるんで、長く履ける靴にするには、インソールに良い部材を使う必要があるんです。オークバークは、オークの木の皮で鞣されている革で、一年くらいかけて鞣されているものもあって、ものすごく耐久性があります。インソールにはそれを使います。
髙井:ほんとに、一生履けるくらいの耐久性はありますよね。
謙:そうですね、大事に履けば全然もちます。ちなみに、アウトソールや芯材も全部ベイカーのオークバークです。
(インソール。釘を打った後が残っているのはハンドメイドの象徴だそうです)
聖:あと MTO ではソールの仕上げもいくつか選べますよね?
謙:ナチュラル、カラス、半カラスから選べます。
聖:このサンプルはカラス…?
謙:ほぼカラスです。
聖:ほぼ?笑
じゃあ実際にこういう色でオーダーすることはできないということ…?
謙:ああいや、選べます。
このサンプルのソールは、アッパーの色に合うようにダークブラウンに染めているんですけど、実際のオーダーでも、選んでもらったアッパーの色に合うようにソールの色を調整することはできます。
もちろん、リクエストいただければその色に染めたりもできます。
髙井:虹色は?
謙:虹色はダサいので却下笑
聖:笑
謙:とくに希望の色がないという場合は、任せてもらえたらいい感じにします。
謙:あとはシューツリー。漆仕上げのシューツリーが付きます。
髙井:漆フィニッシュ
謙:そう漆フィニッシュ。これも漆仕上げじゃなくてナチュラルのほうがいいとかあれば対応します。
髙井:虹色でも?
謙:虹色は却下。キレます笑
(漆塗りのシューツリー)
謙:いやぁでも、良い靴ができました。
髙井:そうですね。
謙:自分のイメージは、派手な花瓶というよりは、茶碗ですね。この靴は。
日常的に使いやすくて、使っていくなかで "いい" と思えるような、そういう靴かなと思います。
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