空想、海、橋の上から
橋の上から海を見ている。
海に飛び込む想像をする。
着の身着のままで、頭から。
体を丸めて落ちて行く。
水面に最初に着くのは首の後ろか、肩か背中。
押し戻されるような抵抗を少しだけ感じて沈む。
海に包み込まれる。音が消える。
季節は夏でも冬でも構わない。浅瀬じゃないから水温は少なくもとも体温よりは低いはずだ。
服と肌の隙間がなくなり、布が身体に纏わりついて少し鬱陶しい。ペットボトルからグラスにジュースを注ぐような音がした。口か鼻から出た気泡が地上へ向かう。気泡の行くところが地上だと知る。地上に向かってひと掻き。
枕を押しつけられるような圧迫を押し退けて、水面から顔を出す。空気が気道を通る音が合図。音が戻ってくる。
圧迫から解放されて、肺が空気で満たされる。いや、満ちていた空気が抜け出していった。次の空気が肺を満たした。唇を舐めると塩味がする。頭から滴った海水が目に入りそうになって顔を拭う。そのまま前髪をかき上げて上を見上げる。ついさっきまで立っていた橋が見える。橋の上にいた時よりも遠い空が見える。
そのまま後ろに重心を傾けると、背中から支えられるように腰が浮き、足が浮いた。呼吸以外の音が再び消える。冬の森を風が抜けて行くような音がする。
仰向けのまま波に揺られる。波に押されているのがわかる。海水が乾いてきた顔に太陽が当たって少し痛い。
唇を舐める。まだ塩味がする。
雲が流れている。この身体も流されている。
流されて行く。どこまでも、どこまでも。揺られて、押されて。押し流されて。
————
足の痺れを感じて、気がつく。今、この身体は橋の上に立っていて、風に吹かれている。風が頬を撫でる。髪を撫でる。服と肌の隙間を通る。
タイヤがアスファルトの上を通る音がする。
冬の森を風が抜けて行くような音がして、肺の中の空気が動き出した。心臓が脈打っている。
橋の上を歩く。地面を蹴った。想像よりも近い空を見上げて。
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