遠隔授業に向けての改訂著作権法35条のメモ
すでに遠隔授業で今年度の授業を始めている大学も多いと思いますが,私の勤務する大学では5月11日(月)より授業が始まります.授業開始を控えて,4月28日にスタートした改正著作権法第35条に基づく「授業目的公衆送信補償金制度」について,同僚の間でも話題になっています.私自身も気になっており,公開されている資料などを確認しました.確認した資料へのリンクと現時点での私なりの理解(今の環境に合わせた解釈?)を備忘録としてメモしておきます.
1. 改正著作権法第35条の適用を考える前に
私に限らず,多くの教員は,授業に使う教材・資料を単独で創作していると思います.もちろん,共同で創作する場合もあると思いますが,その場合は複雑になるので,ここでは扱わないことにします.(ちょっと古い資料ですが,「著作権者区分について (公益社団法人 私立大学情報教育協会, 2008)」が参考になりそうです.)共同で,教材・資料を創作する場合は,創作に関わる全ての個人・法人と事前に調整しておくのが無難だと思います.
単独で創作した教材・資料の著作権は著作者である教員にあるので,どのように学生に配布するのかの選択肢は広いものとなります.特定の授業のためだけでなく,一般に公開することが有用だと考えれば,何らかのサービスの個人アカウントで公開をし,そこへ LMS の授業用コースからリンクを張るということもできるでしょう.動画なら YouTube が定番ですね.Google, Microsoft, Dropbox, Evernote, GitHub, Scrabbox などなど,色々な企業が色々なサービスを提供してくれています.
もちろん,資料・教材の中で他者の著作物を引用できます.「著作権法第三十二条(引用)」には,次のようにあります:
(引用)
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
引用として認められる要件として,文化庁の「著作権なるほど質問箱」の「引用」の項には,次が掲げられいます.
[1] 引用する資料等は既に公表されているものであること
[2] 「公正な慣行」に合致すること(例えば、引用を行う「必然性」があることや、言語の著作物についてはカギ括弧などにより「引用部分」が明確になってくること。)
[3] 報道、批評、研究などの引用の目的上「正当な範囲内」であること(例えば、引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であることや、引用される分量が必要最小限度の範囲内であること)
[4] 出所の明示が必要なこと(複製以外はその慣行があるとき)(第48条)の要件を満たすこと
文化庁が,引用も含めて「著作物が自由に使える場合」をまとめています.この中にはこのノートのテーマでもある「教育機関における複製等
(第35条)」も含まれています.著作権法の全てを確認するのは大変なので,こういうまとめは大変助かります.
ここまでで,教員が著作者である場合と「著作物が自由に使える場合」に触れました.他にも,改正著作権法第35条の適用を受けなくても遠隔授業に使える場合がありそうです.一部を掲げておきます.
・個別に使用の許諾を得ている著作物
・クリエイティブ・コモンズ・ライセンスなどで,個別に許諾を得なくてもライセンス条件の範囲内で使える著作物
・著作権保護期間の満了などの理由でパブリックドメインになっている著作物
私は情報科学科に所属しており,情報科学や数学に関連する講義を担当してきました.私自身の経験では,これまで(対面授業の教室の中でも)著作権法第35条を適用して他者の著作物を授業で配布することはありませんでした.教科書を指定して学生に購入してもらうこともありますが,それに自作の教材・資料,公開されている情報を組み合わせて授業を進めてきました.遠隔授業でも,基本的にそうするつもりです.このようなことは学問領域にもよると思います.人文学などでは,著作物を比較したり批評することが重要なのではと想像します.対面授業の教室でも,著作権法第35条の適用で他者の著作物を配布してきたのではないでしょうか.(すみません.このあたりは全部想像です.)このような授業を遠隔授業で実施する際は,改正著作権法第35条に基づく「授業目的公衆送信補償金制度」が有用なんだと思います.
このような場合も,教材・資料のうち,単独で創作した部分を引用も含めて一つの著作物としてまとめて,著作権法第35条を適用しないと遠隔授業で使えない他者の著作物と分離しておくと,良いと思います.
2. 改正著作権法第35条とそれに基づく「授業目的公衆送信補償金制度」
「著作権法の一部を改正する法律」が平成30年5月18日に成立し,同年5月25日に公布され,一部の規定を除いて,平成31年1月1日に施行されました.ただし,第35条の改正規定の施行は,「公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日」と附則に記載されています.令和3年5月24日までに施行ということで,当初は令和3年4月の施行を目指し準備されていたようです.ところが,新型コロナウイルスに関連した感染症対策の一環として,急遽,4月28日に施行されました.詳しくは,次のウェブページをご覧ください:
・文化庁「著作権法の一部を改正する法律(平成30年法律第30号)について」
・文化庁「授業目的公衆送信補償金制度の早期施行について」
それでは,著作権法第35条(学校その他の教育機関における複製等)を確認しておきましょう:
(学校その他の教育機関における複製等)
第三十五条 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、公表された著作物を複製し、若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い、又は公表された著作物であつて公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製、公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
2 前項の規定により公衆送信を行う場合には、同項の教育機関を設置する者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。
3 前項の規定は、公表された著作物について、第一項の教育機関における授業の過程において、当該授業を直接受ける者に対して当該著作物をその原作品若しくは複製物を提供し、若しくは提示して利用する場合又は当該著作物を第三十八条第一項の規定により上演し、演奏し、上映し、若しくは口述して利用する場合において、当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して公衆送信を行うときには、適用しない。
第2項において,「前項の規定により公衆送信を行う場合には、同項の教育機関を設置する者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない」とあり,これに基づき令和2年4月28日に「授業目的公衆送信補償金制度」がスタートしたわけです.また,令和2年度に限っては特例として無償となりました.
・文化庁「令和2年度における授業目的公衆送信補償金の無償認可について」
この制度は,学校の設置者が指定管理団体に一括して補償金を支払うもので,「一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会 (SARTRAS )」が国内唯一の指定管理団体と指定されています.特例として無償となる令和2年度も,学校の設置者による届け出が必要となります.我々一般の教員は,学校が届け出をすれば「授業目的公衆送信補償金制度」を活用できますし,そうでなければ活用できません.有償となるであろう令和3年度以降もこの制度を活用するかどうかは学校の事情によると思いますが,個人的には,多くの学校に活用してほしいと願っています.
では,学校が届け出をしたとして,我々教員はどうすればよいのでしょうか?それについては,SARTRAS が公開している4月16日付の「改正著作権法第35条運用指針(令和 2(2020)年度版)」に,分かりやすく記述されています.著作権法第35条(学校その他の教育機関における複製等)の第1項を再掲します:
(学校その他の教育機関における複製等)
第三十五条 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、公表された著作物を複製し、若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い、又は公表された著作物であつて公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製、公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
再掲した条文中の太字は,「改正著作権法第35条運用指針(令和 2(2020)年度版)」中で,その文言の定義と例(該当する例,該当しない例)が示されているものです.私たち大学の教員が大学の正規の授業を行う場合,「学校その他の教育機関」「教育を担任する者」「授業を受ける者」「授業」が何に該当するかは,それほど紛れはないと思います.心配な方は,「改正著作権法第35条運用指針(令和 2(2020)年度版)」でご確認ください.
「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には,「現実に市販物
の売れ行きが低下したり、将来における著作物の潜在的販路を阻害したりすることのないよう、十分留意する必要がある」という説明が付されています.例えば,通常であれば教科書を購入するであろう受講者の多くが購入を見合わせることがないよう留意する(各回,教科書のその回で参照する部分を受講者に配布すると,多くの受講者は教科書を購入しなさそうなので,そいうことはしない)ということだと思います.
私が気になっていたのは「公衆送信」と「認められる限度において」で,これらも改正著作権法第35条運用指針(令和 2(2020)年度版)」の説明や例示でかなり明確になりました.もちろん, 「該当する例」「該当しない例」は、すべてを網羅しているわけでは無いので,疑問も残りますが.
公衆とは,著作権法では『「不特定の人」又は「特定多数の人」』(文化庁「著作権なるほど質問箱 - 著作権制度の概要」)のことです.「特定多数」の「多数」はどのくらいからかについては,色々と議論があるようです.送信には「インターネット送信」が含まれます.公衆送信権は「送信」だけでなくその前段階の「サーバーへ保存するなどしてインターネットを通じて送信できる状態にすること(「送信可能化)」にも及ぶそうです.
「認められる限度において」に関しては,「授業に必要な部分・部数に限られます。」という説明に加えて,「該当する例」が2つ示されています.次はその1つ目です:
・クラス単位や授業単位(大学の大講義室での講義をはじめ、クラスの枠を超えて行われる授業においては、当該授業の受講者数)までの利用
また,「改正著作権法第35条運用指針(令和 2(2020)年度版)」P-10 の「②高等教育」「基本的な考え方」に次の記述があります:
■複製部数や公衆送信の受信者の数■
原則として、複製部数あるいは公衆送信の受信者の数は、授業を担当する教員等及び当該授業の履修者等の数を超えないこと。なお、注意書にある著作権者の利益を不当に害することまでは認めていないことについて、十分留意すること
同じページには,「<不当に害する可能性が高い例>」が列挙されていますので,「改正著作権法第35条運用指針(令和 2(2020)年度版)」でご確認ください.
3. 遠隔授業において,改正著作権法35条の適用する場合の疑問点
「改正著作権法第35条運用指針(令和 2(2020)年度版)」で,かなり明確にはなったのですが,それでもいくつか疑問点が残りました.疑問点を専門家に問い合わせることができたので,質問と回答を紹介します.もとの質問は,勤務先の状況に合わせたものですので,質問・回答とも一般的な形に書き直しています.書き直す際に,不正確になっているかもしれせんが,それは私の責任となります.
Q1: LMS の授業コース登録者に限り公衆送信する場合,「必要と認められる限度」と見なされるでしょうか?
A1: はい.
授業のコースの登録者は,論点「履修者等」に該当するので,必要と認められるでしょう.
Q2: LMS の授業コースに学生が自分で登録できる運用を行っています.履修しなかった学生も登録できるわけですが,この状態でそのコースの登録者に公衆送信すると「必要と認められる限度」に収まるでしょうか?
A2: いいえ.
現時点では,「履修登録した者」が,「必要と認められる限度」であると解されます.したがって,履修登録していない学生は,排除する必要があると考えます.
Q3: その科目の履修者の個人 Google アカウントなどに公衆送信する場合も「必要と認められる限度」に収まるでしょうか?
A3: 注意が必要です.
大学が在学生に設定したアカウント(公式アカウント)であれば,その送信先として問題ありません。
ただし,履修者の個人 Google アカウントなどに送信する場合は,「授業を受ける者」に対する「必要と認められる限度」に当たらない可能性があります.個人が申告してきた個人アカウントが履修者本人のアカウントであるとは必ずしも担保できないと思われます.
Q4: 大学及び教員が、著作権法第35条を適用できるよう配慮して著作物を履修者だけに公衆送信したとして,履修者がその著作物を他者に再配布したり公衆送信した場合は,当該の履修者が著作権法に違反したことになるでしょうか?
A4: はい.
「学生がその授業資料を頒布したり,他のサイトにアップロードなどをした場合は,もはや「授業の過程」とは解されず,目的外使用(49 条)として著作権侵害となることを十分に注意喚起すべきでしょう.
Q5: 推測が困難な URL を,LMS を通じてや,公式アカウントにメールを通じて送信し、その URL にアクセスすることで著作物を公衆送信するのは、「必要と認められる限度」に収まるでしょうか?
また,その URL を履修者が履修者以外に漏らすとどのようなことになるでしょうか?
A5: はい.
履修者しか知り得ない方法でURLを送信する場合は,「必要と認められる限度」に収まることになると考えます.
履修者が履修者以外に漏らしてしまうことについては,履修者がその授業資料を頒布したり,他のサイトにアップロードなどをした場合と同様,もはや「授業の過程」とは解されず,目的外使用(49 条)として著作権侵害となることを十分に注意喚起すべきでしょう.
URL を履修者だけに送信したとしても,履修者がその URL を履修者以外に教えると履修者以外もアクセスでき結果として履修者以外に公衆送信してしまうことになります.この危険性ついては,大学からも,個々の教員からも,注意喚起を徹底して周知させるべきと考えます.
Q6: Zoom や Webex といったテレビ会議システムを利用して遠隔授業を実施しる場合、URL を配布する方法もあります。このような方法で公衆送信するのは「必要と認められる限度」に収まるでしょうか?
Q6: はい。履修者しか知り得ない方法でURLを送信する場合は,「必要と認められる限度」に収まることになると考えます。