「BWA」 ラルフ・ラヴィタル&ローラン・コック〜自然の豊穣さを裏テーマに持つ“ネイチャー・ジャズ”
「BWA = ブワ」とはクレオール語で「樹木」の意味。ラルフ曰く、「木は空と地球を繋ぐものだと思う。僕にとっては音楽がそれに当たるのではないかと感じている。つまり、自然にわき上がる衝動のようなエモーションと物事の繊細さを繋ぐのが音楽なのではないか。このアルバムでは、ジャズの伝統とリズムにクレオールという深い根が下りている。だからBWAと名付けるのが僕の思想を反映していると思ったんだ」
ローラン・コックとラルフ・ラヴィタルのコラボレーションは今作「BWA」で3作目となる。
本作のギタリスト、ラルフ・ラヴィタルはカリブ海のフランス海外県マルティニークのル・プレシャール出身。
筆者は2018年12月に小沼ようすけ(g)のマルティニーク・ジャズ・フェスティバル出演のため同行して現地に行く機会を得た。その後パリでラルフに会った時にマルティニーク滞在の話をしたら「僕はル・プレシャールで生まれたんだよ」と教えてくれた。ラルフの出身地は、20世紀最大の火山災害と言われるプレー山のそばで、マルティニークの西北端近くにある。空と海、あとは山ばかり。海岸線沿いの断崖にぽつぽつと民家や施設が点在していたのが印象的であった。BWAというタイトルの理由を聞いた時に、この山の連なる美しい自然と、気さくな住民たちのことを思い出した。
グアドゥループ出身のシンガーの父を持ち、パリ13区で育ったラルフは、成長してやはりミュージシャンを志すようになった。カリビアン音楽を歌う父の伴奏をし始めたのは12才の時。ソルボンヌ大学で音楽学の学位を取得した後、イヴリー・コンサヴァトリーのエリック・シュルツのクラスでジャズを本格的に勉強し始め、それがローラン・コックに作曲を師事することに繋がった。
ローラン・コックは1970年マルセイユ生まれのフランス人ピアニスト。幼い頃から才能を開花させて、18才でジャズ・ピアニストになるためにパリに進出。24才の時にNYに留学してブルース・バースに師事した。1997年にデビュー作を発表して以来、以来、パリとNYを行き来しながら、コンスタントにアルバムを制作している。ローランとラルフは元々先生と生徒の関係だった。ローランがギターとのデュエット・アルバムを企画した時に、周囲を見回したところ、最適なギタリストが生徒の中にいたのだという。灯台もと暗し的な発見だったようだ。
そうして2人はコラボレーションの第一弾となるアルバム「ダイアローグ」を2013年にリリースする。やはりマルティニーク出身のゲスト・ヴォーカルのニコラ・ペラージュが中性的な歌声を披露して大変印象的な仕事をしている。
当時のパリは、クレオール・ジャズのムーブメントが活性化しつつある時期だった。パリのジャズ・シーンは、ロンバール通りに立ち寄ればすぐにわかる。外から来たアーティストが公演をするデュック・デ・ロンバールを筆頭に、ローカル・ミュージシャンが多く出演する生きたパリのシーンを体感できるクラブ、サンセット・サンサイド、そしてマルティニークやグアドゥループのミュージシャンはお互いに良く共演し合うベジェ・サーレの3つが同じストリートに立ち並んでいる。他にもニューモーニングや最近オープンしたヌビアなど、いろいろあるのだが、パリジャンたちも皆、ロンバール通りを中心に考えていると思う。ここでわかるように、共演者は割と限定されている。フランス人白人ミュージシャンはオーソドックスなジャズを白人たちだけで演奏したりする。フリージャズをやっている白人たちもいる。その中で、マルティニークやグアドゥループ出身で、クレオール音楽をジャズ・シーンにもたらしたミュージシャンたちの活動が、日本人の私が見る限り、パリで最もオリジナリティを発揮している世界に発信できるスタイリッシュなジャズだ。続々とリリースされて盛り上がっているクレオール・ジャズだが、フランスのジャズ全体に占める割合はまだそれほど大きいとは言えない。ローランはラルフを通じてクレオール文化に接することになったのだが、随分気に入ったようだ。今ではクレオール・ジャズを更に広めようとyoutubeでも演奏やインタビューの映像をたくさんつくり、頑張っている。保守的なフランス人が多い中、NYを行き来するローランはコスモポリタンなのだろう。
パリのエティエンヌ・マルセル駅近くのカフェでカフェクレームを立ち飲みしながらローランから話を聞いたところによると、この最初のコラボ作品「ダイアローグ」は商業的成功を収めるほどアルバムセールスが持続しなかったという。これはパリのたくさんのミュージシャンがわりと言っていることだが、上手くプロモーションとライヴを持続させていかないと、リリース発表ライヴをやったらもう話題が尻すぼみとなり後が続かないことがほとんどだという。マーケットが小さい上に、メジャーレーベルのジャズ部門や大手インディーレーベルが縮小しているのが理由だ。そんな中で、今度は2017年にラルフのJazz Familyレーベル(現在は活動停止)からのリーダーデビュー作品「カルナヴァル」にローランが参加する。30才を迎えたラルフが自分の経験と影響をジャズに結びつけたコンセプトの初作品であり、ラルフも1曲歌っている。「ダイアローグ」から1曲「マゾウク・ピッチェ」が採り上げられている。
精力的なツアーもおこなうようになったローランとラルフは、2年という短いインターヴァルで今回3回目のコラボとなる今作「ブワ」を制作するに至った。全10曲中6曲が歌モノ。クレオール語歌詞の5曲に加え、市場への受け入れられ方も考慮してフランス語の歌詞も1曲ある。ニコラ・ペラージュが3曲に参加しつつ、ラルフやローランも歌っている。前2作よりも更にヴォーカルにフォーカスしたアルバムとなっているのが特長だとローランも言っていた。ドラムスにマルティニーク出身のティロ・ベルトロ(グレゴリー・プリヴァ・トリオ)、ベースにスウァエリ・ムバッペ(カメルーン出身エティエンヌ・ムバッペ(元ザヴィヌルシンジケート)の息子)。この4人ですべての演奏をしており、演奏に無駄がなくバンドサウンドとして成り立っていることも魅力のひとつだ。
ヨーロピアン・ジャズのリリシズムに根を下ろしたフレンチ・カリビアンのエキゾチシズム。全体を支えてゆるがない樹幹のような生きたグルーヴ、花弁が舞い落ちるかのような繊細な歌声。“クレオール・ジャズ”とは、自然の豊穣さを裏テーマに持つ“ネイチャー・ジャズ”と言い替えられる。
【商品情報】
「ブワ」 BWA
ラルフ・ラヴィタル&ローラン・コック Ralph Lavital & Laurent Coq
品番:MOCLD-1014
価格:2,000円+税
発売元:MOCLOUD / ULTRA-VYBE, INC.
発売日:2019年6月28日