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第60話 人類がいなくなれば環境問題は解決する説には反対です【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】
(ふう。落馬せずに済んだぞ!)
もう体はへとへとだった。でも、落馬せず、けがもなく、無事に帰って来られたことがなによりだった。
「さあ、風呂沸かすから入んなさい。うちの風呂は五右衛門風呂です。タクー!お湯沸かしてくれー!!」
お風呂を見に行った。夢有民牧場のお風呂は一旦家から外に出て、となりの建物にある。
その建物にお風呂とトイレがあるのでお風呂やトイレに行くときはその都度外に出なくてはならない。
そして男が小便をするときは、トイレを使わずに牧場の敷地内の適当なところでするのがここのやり方のようだった。
大阪のトシの家で、外に出てびわの木に小便をひっかけるのが、懐かしく思い出された。
そして意外にもトイレはちゃんと水洗なのだが、お風呂のお湯はボイラーに薪を入れて沸かすタイプだった。
五右衛門風呂とムーミンさんは言っているが、風呂釜の下で火を炊くのではない。ボイラーで沸かしたお湯を水道管を通して風呂釜に入れる。
だから蛇口をひねればお湯が出るのである。風呂釜が金属の円柱形と円錐形のあいのこのような形の釜なので、見た目の問題でムーミンさんが「五右衛門風呂」と言っているだけなのだ。
そういうところがムーミンさんのうさん臭いところだ。
基本的にお湯を沸かすのもスタッフの仕事になっているようで、見に行くとタクがムーミンさんに言われて薪をボイラーに入れていた。
しかし薪と言っても木だけでなく、牧場で出るごみも普通に燃やしていた。ビニール類はよく燃えるので着火させやすいというのもあり、ガンガン燃やしていた。
「ひと家庭で出るくらいのプラスチックなら燃やしても環境にはたいして影響はないんだよ。ここは広いし。」
ムーミンさんは芸大出身の天才肌であり、ものすごい博学なのだが、時々本当かどうか怪しい説を持ち出す。そういうところもうさん臭さを増させる。
しかし、プラスチックも少量なら土に分解されていくというのはおそらく本当だろう。
「自然の浄化作用をオーバーしている人間の生産消費サイクルが問題なんだよね。」
ムーミンさんはマクドナルドのハンバーガーも大好きなのだ。そういった極端なナチュラリストではないところがぼくにはむしろ信用できるところだし、安心感もある。
「自然を大切に」ということを原理主義的につきつめていくと、それは時として人を裁くナイフになっていく。
ぼくはそうじゃない道があると思う。
人は確かに自然を破壊してきているが、だからと言って人が淘汰されてよいとは思わないし、人の営みは不完全だけど、人が人を大切にし合うことの延長に必ず自然を含めた未来は開けていくと思っている。
人間自身も自然なのだ。
また、人類はよい方向へ向かう道の上にすでに乗っているとぼくは信じている。
さて、ぼくはお風呂に入る準備をしようと母屋に戻った。母屋という言葉をこの牧場で使ったことはないので、母屋と言うと何か歯が浮くような違和感があるが、確かに母屋としか言いようがない。
その母屋の二階がスタッフやお客さんの寝泊りする場所であり、仕切りのない相部屋になっている。部屋というより広間という方があっているだろう。
階段を含め、床は黒光りした板で敷き詰められており、柱も黒光りしている。この家すべてをムーミンさんと月光荘や柏屋のスタッフ達とで手造りしたのだからすごいことだ。
1階の壁は主に石を積んでおり、石でないところは漆喰になっている。この辺りの造りはヒマラヤの家屋にならっているという。
1階の台所の奥にはムーミンさんと奥さんの「おっかあ」の寝室があり、ほのかはお風呂がある建物にある1室を使っている。
ほのかは4姉妹の末っ子で、ほかの姉3人はすでに大人になっているというからずいぶん年が離れている。
ほのかは寝る時以外はたいがいスタッフのタクとかと遊びに2階の広間に来ていた。まだ小学生だからだれかとたわむれたい年ごろだ。
その2階に登る階段の下のところでムーミンさんに呼び止められた。
「乗馬代をいただいてもよろしいですか。」
そう、この時ぼくは無一文になった。お金払わないで済むかなと、ちょっと期待していたが、ムーミンさんはきっちりぼくから全財産をとっていった。
でも、その直後そんなぼくのさみしい気持ちをかき消すような事件が起きるのだ。
「もう一人の青年を知りませんか?」
「いや、知らないですね。」
ムーミンさんは当然ぼくだけじゃなく、根岸君からも乗馬代を徴収するつもりだったのだが、その根岸君が見当たらないという。
「お風呂に行ったんじゃない?さっき出て行ったけど。」
とおっかあ。
「お風呂は今だれもいないよ。」
「え?じゃあどこにいるの?」
スタッフもほのかもいっしょにみんなで探したが、根岸君はどこにも見当たらなかった。
なんと根岸君は逃げたのだ。お金を払わずに。このジャングルに囲まれた山奥の牧場から。
食い逃げではなく、言うなれば「乗り逃げ」。
根岸君はぼくのように貧乏旅をしているという事情があったわけではないから、普通に1万円の乗馬代を払わなくてはならない。
柏屋にも泊まっていたのだし、特段の事情があるとはムーミンさんも思ってないだろう。
それがなぜ?
ぼくのメモ帳に根岸君の連絡先を書いてもらっていたが、そこには、
「東京生まれ!埼玉育ち!オキナワで死ぬのさ!!」
と書いてある。さらに沖縄での住所も書いてあった。
そんな覚悟で沖縄に来たのに、なぜ?
しかも住所も書いてあるし、携帯番号も書いてあるし、牧場のチェックインリストには実家の連絡先も書いてある。
どの道見つけられてしまうだろうにどうして逃げたのだろう。
ほどなくして実家とも連絡が取れ、ご両親はムーミンさんに謝罪した。根岸君は自力で下山したという。
きっと根岸君には何か事情があったのだろう。お金もなかったのだろうが、18歳という若さで埼玉の実家を後にし、沖縄で骨を埋めるつもりだったというのは、やはり何かある。
本当のところはわからないが、一見まともに見えた根岸君が去り、どこの馬の骨ともわからない変な旅をしているお金を払えない歌うたいのぼくがむしろ牧場に残ることになった。
つづく