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ナイアガラは突然に。
それはほんとに突然だった。
爽やかな夏の風が
人々の喧騒を包み込むかのような
7月の金曜夕方アウトレット。
そのど真ん中で
あの時突然、
ナイアガラの滝。
きっかけは、魅力覚醒講座の
「罪悪感」の宿題だった。
自分が持っている罪悪感を全部書き出していこうという宿題で、、、
その作業ほど、私にとってしんどいことはこの世にはない。
私の人生、ほとんど罪悪感のかたまりだらけだったから。
小学生のころ。自分の鼻の低いことがコンプレックスで、母親に
「なぜもっと鼻の高い人と結婚してくれなかったのか」と責め続けていたことがあった。
すると母から
「あなたが生まれるときは切迫流産で何度も入退院を繰り返した。健常者には生まれないかもしれないから堕胎しなさいと言われながらもあなたを産んだ。あなたを産むためにあなたの姉は、祖父母に預けられて辛い想いをたくさんしている。今こうして健常者に生まれたことを感謝して社会に恩返ししなさい。」と。
以来、自分が健常者であることが罪悪感となった。小学生の時は、障害とは何かとか、人はなぜ生きるのか、といった本ばかりを読んでいた気がする。
その後、中学生のときに
BAND AIDをきっかけのアフリカの飢饉とであい、将来はアフリカの子どもたちと生きる喜びをわかちあいたいと願うようになる。つまりそれは先進国の人間であることの罪悪感を背負うようになったということ。
高校で日本の戦争責任と出会い、日本人であることの罪の意識に目覚め、大学で地球環境問題と出会っていよいよ人類であることの罪悪感に潰れそうになる。
まだまだここには書けない罪悪感がたくさんあって、もはやそれはもう、生きているのは無理レベル。
そんなに遠大な罪悪感を背負えるほどに、私という人間は、立派で偉大な人間なのか、、、
私がなにかどうかすれば
地球は
世界は
アフリカは
助けることができるのか。
アホちゃうやろか、、、
なんなんか、、、
自分の背負っている罪悪感のあまりの多さに、馬鹿馬鹿しくなり、
私って何様やねん
って思った瞬間
一気に涙が溢れ出し、、、
その涙の勢いたるや
まるでナイアガラの滝のよう
とめどもなく溢れ続け
私の魂は
そのナイアガラの滝の勢いで
地球の深い深い底
マリアナ海溝よりも奥深い
海中の中まで勢いよく
潜り込み
しばし意識を失って
そしていつのまにか
海面の上にぷかぷかと
とてつもなく身軽になった
こびとの魂だけが
ぷかぷかぷっかり浮いていた。
それはまるで
あこや貝から真珠がピョロんって飛び出たように
っていうと美しすぎるけど
それはまるで
金目鯛のお煮付けから
目玉だけがニュルンって
飛び出したような感覚で、、、
伝わるかな
ご理解いただけるでしょうか
こびと自身が
これまで背負い続けてきた
たくさんたくさんの
鎧や兜や
いろんな人の想いや価値観
全部全部
ナイアガラの滝のなかに
脱ぎ捨ててきて
魂だけがニュルンと
飛び出た感覚、、、、、
生まれて初めて
体感しました。
いやはや参った
驚きました。
生まれたての
ツルツルこびとに
なれたかのような
心境です
罪悪感
ぜんぶ脱げたら
すごかった
もうね、本当に
生涯忘れることのない
ナイアガラの滝体験。
うまく言葉にできないけれど
変化の証として記載します。
小田桐あさぎさんと
この体験を生み出してくれた
友人たちへの感謝とともに。
(この記事は、7月に書きかけたままだったものを再構成してアップしました)
#魅力覚醒講座
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#罪悪感