ツエーゲン金沢初代GM・中村篤次郎氏が作る日本サッカーの新たな「発火点」
「表裏一体」という言葉がある。“物事には必ずオモテとウラがあり、それらは切っても切り離すことができない関係にある”ということ言い表すときに使う言葉だ。 筆者はこれまでに、何度か「ウラ」をテーマに取材を行ってきた。例えば、フェンシング協会会長・太田雄貴氏を取材し、その取り組みを賞賛しながら、現在の保守的なスポーツ界を風刺したり、戸田和幸氏の「URA KAISETSU(現在はSHIN KAISETSUに変更されている)」の先見性を紹介しながら、テレビ業界のいびつな構造に触れたりしてきた。これらの取材はいずれも、ウラを探りながらオモテで起きている現象を解き明かそうとするチャレンジでもあった。 そして今回、またそんなチャレンジをしたいと思わせてくれた男がいる。Jリーグ・ツエーゲン金沢で初代GMを務め、現在は「シニアサッカー“裏”選手権」のプロデューサーを務める中村篤次郎氏だ。彼はいまも真剣にサッカーに取り組むシニアフットボーラーでもある。
中村篤次郎氏プロフィール
メットライフ生命勤続11年目のエグゼクティブコンサルタント。外資系不動産CBRE入社、金沢営業所長を経て ツエーゲン金沢の立ち上げに携わり、初代GMに就任。その後FC東京の営業部を経て現職に。会社員のかたわら、毎週末サッカーをプレーするアマチュアフットボーラー。
大人が真剣に遊ぶことの意味
その中村氏が中心になり、2020年11月14日(土)~15日(日)に福島県のJヴィレッジで開催するのが、「第一回全国シニアサッカー大会O-40」、通称「シニアサッカー“裏”選手権」だ。JFAが開催している「全日本O-40サッカー大会」が「オモテ」だとすると、全日本O-40サッカー大会への出場を逃したチームが集うこの大会は、まさに「ウラ」日本一決定戦だ。筆者はこの「ウラ」の大会に大きな期待を寄せている。なぜなら、大会のテーマが“大人が真剣になって遊ぶこと”だからだ。
アマチュアフットボーラーとして現在も月に4〜5回はボールを蹴っているという中村氏は、これまで、何度もシニアサッカーの国内最高峰の大会「全日本O-40サッカー大会」に挑戦してきた。2014年に石川県代表として北信越大会に出場するも、コイントスで全国大会出場を逃し、続く2015年は、得失点差でまたもや北信越大会で敗退。その後、全国大会出場を目指して自らチームを立ち上げるも、東京都予選で敗退と、これまで何度もその高い壁に跳ね返されてきた。そして2018年のある日、中村氏は次のように感じたという。
「JFAが開催する全日本O-40サッカー大会に出場することができるチームは、たったの16チームだけ。本気で取り組んでいても、出場が叶わない人をたくさん見てきました。彼らは、年初からスケジュールを確保し、遠征費を貯め、仕事の合間にトレーニングを積んで、全国大会を目指しています。私自身もその一人。そのような人たちが、本気になれる場を作ることはできないものか」。
筆者は中村氏の思いに、現代社会に必要な大人の姿があるのではないかと感じている。筆者は、高校生のとき、夏休みを利用し、北海道旭川市で会社を経営する叔父の家に1ヶ月間住み込みでアルバイトをしていたことがある。だが、実際にいまも記憶に残っているのは、仕事のやり方でも、仕事の内容でもなく、たくさんの遊びだ。バレーボールの国体選手だった叔父が所属するチームの練習に参加したり、ダーツをしたり、キャンプをしたり、渓流釣りをしたり、ツーリングをしたり……。ゴルフのコースデビューをしたのもこのときだった。真剣に遊ぶ叔父をみて「大人になると、こんなにも楽しいのか」と感じ、「早く大人になりたい」「叔父のようになりたい」と本気で願ったものだ。
昨今では、日本における若年層の自殺者数は減少傾向にあると言われている。それでも国際的に見ると、15~34歳の死因順位の1位が自殺となっているのはG7の中では日本のみであるように、若年層の自殺はいまも大きな社会課題だ。このような社会だからこそ、いまの若者にとって、真剣に遊ぶ大人が身近にいることは、とても大切なことだろう。我々大人は若者たちに明るい未来を示すべきだ。仕事に追い詰められ、笑顔を忘れた大人が、どうして若者たちに明るい未来を示せるというのだろうか。
日本サッカー界の現状とシニアサッカー“裏”選手権の意義
また、生涯スポーツに取り組む日本のサッカー界にとっても、中村氏が開催するこの大会には大きなヒントが隠されているのではないか。
日本では、サッカーを楽しむ子どもは多い。毎年さまざまな企業が発表する習い事ランキングでもサッカーは毎年のように上位に顔を出す。スポーツの中では、水泳とともに高い人気を博している状況だ。幼稚園児や小学生から始め、高校、大学まで継続的にプレーできるという点では、もっとも環境が整備されたスポーツと言って良いだろう。しかし、そんなサッカーですら、大人になると、途端に離れていってしまうという実態がある。2018年に日本財団が独自に調査した年代別のサッカー実施率調査では、20代では週に1回以上サッカーをする人は10%もいるが、40代になると5.4%、さらに50代では1%と極端に減少する。
生涯スポーツに取り組むと標榜しているサッカー界の関係者にとっては、目を覆いたくなる調査結果なのではないだろうか。
中村氏は、このような現状を変えるためにも、Jリーグの各クラブの取り組みが重要だと考えている。
「シニアサッカーはまだまだ発展する余地が残されていると思っています。Jリーグに加盟するクラブが、シニアカテゴリーを持っているケースはありません。またOBチームが定期的に活動していることもありません。」とJリーグ各クラブの現状に触れつつ、2021年大会には、JリーグOBチームを招待したいと言う。
「もし、仮にJリーグのOBチームがこの大会に参加したら、面白いことが起きるのではないかと思っています。いま真剣にプレーしている人たちの多くは、過去にどこかで一度サッカーを諦めた人たち。そんな人たちだからこそ、元Jリーガたちには絶対に負けたくないはず。でも、元Jリーガーたちも素人には負けられませんよね」。
火種が発火点に変わるとき
Jリーグの各クラブは、プロとして活躍する選手を一人でも多く輩出するために、1種(トップ・サテライトチーム)だけではなく、2種(ユースチーム)、3種(ジュニアユースチーム)、4種(ジュニアチームやスクール、クリニック)を持つことが義務づけられている。各クラブも長期的視点で、チームの基盤を底上げする育成システムの確立に力を注いできた。それはJリーグ開幕してからの28年間の大きな成果の一つだろう。しかし、その一方で、生涯スポーツへ向けたシステム作りはまだ手がつけられていない状況だ。そんな状況にもかかわらず、この大会に多くの協賛企業が名を連ねているのは、社会のシニアサッカーへの期待の証だと言えるだろう。
「もしもJリーグOBチームがボコボコにされたとしたら……」。
そんな空想も、2021年には現実になるかもしれない。中村氏がサッカー界に作っている生涯スポーツの火種は、これからどのように成長していくのか。「日本一を決める大会への出場が叶わなかったその悔しさをぶつけ、最高の環境でプレーする喜びを味わってもらいたい」という中村氏の思いが、いつか日本サッカー界に新たな熱を生み出す日を期待したい。
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