課題山積みの熊本豪雨被災地 それでも元サッカー日本代表・巻誠一郎が前を向くワケとは?
※これは、HEROs公式サイトで掲載された記事を転載したものです。
球磨川などの河川氾濫や土砂災害により、死者65人、行方不明者2人と甚大な被害を出した「令和2年7月豪雨(以下、熊本豪雨)」。県の集計によれば、全半壊が約4500棟、床上浸水が約1500棟と多くの家屋被害をもたらした。
そんな中、継続的に被災地に足を運び続けている人物がいる。地元・熊本県出身の元プロサッカー選手、巻誠一郎さんだ。巻さんは、2016年に熊本地震が起きた際に、発生から3日後にNPO法人ユアアクションを立ち上げて以来、自ら先頭に立って傷ついた地元・熊本の復興につとめてきた。
今回の熊本豪雨においても、発生直後に現地に入って情報を収集するとともに、救援物資を集積する拠点を立ち上げ、自らのSNSなどを通じて救援物資や支援金を募った。またクラウドファンディングを実施し、約1600万円もの支援を集めるなど、被災地支援の輪を全国に広げていった。5ヶ月が経とうとする現在も、全国から集まった物資を現地に届けるなど、継続的に活動を行なっている。
今回は、そんな巻さんの活動に同行し、そこから見えてきた被災地の現状と課題に触れてみたい。
※救援物資の拠点から荷物を運びだす巻誠一郎さん。この日も4tトラックの荷台いっぱいに荷物を積んで、避難所や仮設住宅で暮らす人々に物資を届けた。(筆者撮影)
これまでとは異なる様相を呈する被災地のいま
「熊本地震の時とは違い、避難所はかなり人が少ないですね」。
これは、残暑が残る9月下旬に、熊本県人吉市のある避難所を訪れた際に、巻さんが発した言葉だ。コロナ禍で起きた災害だけに、密な空間になることを恐れて、避難所から人々の足が遠のいているのだろう。避難所を避けた人々の多くは、自宅が電気や水道などのライフラインを遮断されたり、浸水の被害を受けたりしながらも、自宅の無事であった場所だけで生活している人も多い。実際、避難所を利用した人は、事前に登録した数の半分以下だったという声もある。また被害が出なかった親戚の家に避難している人も多いと聞く。
※被災した家屋の内部を呆然と見つめる巻誠一郎さん(筆者撮影)
新型コロナウイルスの影響は、被災者の行動だけに留まらない。鋭い方なら、マスメディアから発信される情報が、過去に発生した同規模の災害と比較すると圧倒的に少ないことに気づいているのではないだろうか。現在も、メディア関係者が県外から熊本の被災地へ入るには制限が課されており、避難所での取材が困難なため、マスメディアから独自の情報が発せられないのだ。また、メディア側の都合により、新型コロナウイルスに関する情報が優先されてしまうことも、熊本豪雨の情報が少なくなっている原因だろう。こうした状況を巻さんも肌で感じており、「情報が少ないため、人々の災害への関心が薄れつつある。このまま風化されてしまうことを、被災者たちは一番恐れている」と被災者の気持ちを代弁する。
※被害の大きかった球磨村の集落で、3ヶ月前の状況を説明する巻さん。残暑の厳しい時期にも関わらず、県内からのボランティアの人たちが活動していた。(筆者撮影)
コロナ禍で被災地が抱える課題とは?
このように、新型コロナウィルスの影響を色濃く受けている熊本豪雨の現状があるが、中でも巻さんが、最も大きな課題と感じているのが、ボランディア人材の不足だ。
「災害直後から、若者でも動かせないような大きな瓦礫や土砂を、年配の方が家の中から運び出しているような状況があった」と巻さんが語るように、現場ではボランティア人材の不足が深刻化している。被害があった市町村では、迅速にボランティアセンターを設置し、現在もボランティアの募集を行っているが、県外からのボランティアの受け入れを行えていないことが主な原因だ。
災害発生から約1ヶ月後のボランティアの人数を比較すると、熊本地震の時よりも約2万人以上少ないという結果も出ているように、実際に、家の中に入った泥や側溝に溜まったゴミを掻き出す作業には大きな遅れが生じているという。
※土砂の量に対して、圧倒的に作業をしている人の数が少ない被災現場(筆者撮影)
また自治体が住民の状況全てを把握しきれなかったように、被災者が抱えるニーズを掴めきれていないという現状もあり、巻さんの所にも個別に相談が寄せられているという。その一つの例としてとして、巻さんは、農地に流れ込んでしまった瓦礫の撤去が進んでいないことを挙げた。この問題が発生した背景には、農業従事者の多くが高齢のため被災した自宅の片付けだけで精一杯となってしまい、農作業を行う余力がないということがあるという。県内のボランティア団体の手でこうした状況は少しずつ改善されているものの、まだ作業すら行えていない土地が1700ヘクタール以上もあるのが現状だ。
また、この状況に更に追い討ちをかけるように、ボランティアと現場のマッチングが上手くいっていないという問題も発生している。巻さんは、民家での大人数での作業は密になる上に効率が悪くなると理由から、外で待機しているボランティアを何度か目にしたという。こうしたミスマッチが生じてしまっている原因について、被災者のニーズの吸い上げに自治体がマンパワーをさくことが出来ていないためと巻さんは分析する。
今後、このような自治体の方針や施策と被災者のニーズの間にあるギャップをどのように埋めていくのか、積極的な話し合いと行政サービスの改善に期待したいところだ。
巻さんが見据える数年先の未来
そんな中でも、巻さんは「自分の手の届く範囲で、これからも支援を行なっていく」と語る通り、地道な活動を続けている。巻さんの元に届いた支援物資の中には、海の向こうで活躍する香川真司選手(当時レアル・サラゴサ所属)から届いたものもあった。巻さんからの「ボールが流されてサッカーができなくなって子どもたちが困っている」という相談に応じた香川選手が、実に1000個ものサッカーボールを寄贈したのである。この日も巻さんは、香川選手から届いたボールを、仮設住宅で暮らす子供たち一人一人に丁寧に手渡していた。
その場にいたある女性は「巻さんが被災地に頻繁に足を運んでくれているのを噂で聞いていて、いつか会いたいと思っていた」と語っていたが、巻さんは、このように被災者に対して、支援物資とともに未来への希望も届けている。
※サッカーボールを受け取った子供たちは、すぐに笑顔を浮かべながら元気にボールを蹴り始めた。(筆者撮影)
そんな活動を行う巻さんは、目の前の活動を行いながらも、数年先の未来を見据えている。この日、被災地の中学生たちに特別指導という形で、サッカーを通じた支援活動を行なった巻さんは、指導を終えた後にその狙いを、次のように語った。
「いま中学生の子どもたちは、数年経てば社会に出る。彼らが社会に出る時に『色々な人に助けてもらったから、地元をここから良くしていこう』と自分からアプローチ出来る人材が一人でも多くいれば、街は変わるはず。いま僕が行なっている支援活動から、何かを感じ取り、地元を良くしようというという思いや夢を持つ若者が出てきてほしい」。
被災地支援を通じて、巻さんが撒いた種が、数年後、どのような形で花を咲かせるのか。巻誠一郎という偉大なアスリートの持つ力が脈々と受け継がれながら、熊本のより良い未来が作られることを願ってやまない。