うれしい悲鳴をあげてくれ。韓国の兵役軍人ぼろぼろ日誌。
窓から、中途半端な日差しが差し込む土曜の午前11時。休暇から帰ってきてふつかめ。
近頃はケータイを見すぎると何故か外の世界とのギャップを感じ「んぁあ゛」となるし、SNSを開いている画面からは、まるで昔の箱形テレビの表面に顔を近づけたらジリジリするようなあの妙な感じが伝わってくるみたいだ。(今の若い子たちには伝わるだろうか。アッ、オレ歳重ねたわと思いに更ける。)
けどやっぱり、もう少し日本の余韻に浸っていたい。
いつも休暇に出ると、本を大量に持ち帰る。今回も20冊は持ってきただろうか。
兄が「これ読むとええわ。ラストがもうな、ヤバイねん」と添えて、夏目漱石の"こころ"をくれた。
ネタバレをあまり気にしない僕は「なに。どーなるん」と。普段なら「いやー、俺あんまネタバレしたくないねんけどな」とか言いつつ、渋々最後まで教えてくれる兄だが、今回ばかりは意思が固かった。そんな最中に、弟まで「いやあ、ヤバイでこれ」と兄を援護しはじめた。どうやら高校の国語の時間に触れたらしい。
何を言っても「ヤバイねん」で片付けてしまう、生粋の大阪人兄弟。どうも日本文学の華である"こころ"を勧めるには惜しい。
そんなこともあって、"こころ"を少し読み進めた時、明日から山でテント生活が始まることを思い出した。訓練の合間にもっとサクッと読めるのがいいと思い、本を閉じ、次に手に取ったのが兄のオススメ②である"うれしい悲鳴をあげてくれ"だった。
次の日。山でテントを張り、次の訓練の指示を待っているところ、あまりの暑さに待機令が出された。そこで、20kg以上にも及ぶ軍装カバンのポケットに丁寧にしまっておいたこの本を取り出し、大木の根っこで地に丁度良いくらいの段差ができているところに腰を下ろして、本を読み始めた。
その姿は、まるで窓際の日差しを浴びながら読書をしているキレイなお姉さんのようだったのか、野郎(男)どもが次々に「おい、せふぁん!何してるん。カッケぇで今!」とたかってくるのだ。さらに僕が読んでいるのは日本の本。野郎どもは、窓際のお姉さんがなんとフランス語の本を読んでいるのを見たかのように、エロとヒステリックを混ぜた眼差しでグイグイ来るではないか。
僕は'日本語に溺れたい'一心なのに、今や、野郎どもの汗くささに溺れかかっている。極めつけには一文一文、翻訳しろと言うのだ。よりによって丁度読んでいた箇所が….
「少し休もうか?」
男は看板を見上げて言った。
「ふふふ。そうね、そうするしかないみたい」
ふたりはホテルへと消えていった。
たまったもんじゃない。
こんなの訳したら、先の軍生活が思いやられる。
困ったらよく、日本のエロストーリーで場を盛り上げていた僕だったが(ごめんなさい。)バチがあたったようだ。
そんなアホな僕でも「今じゃない」ということだけは確かにわかっていた。何せ、今夜はギューギューに狭いテントのなかで男とフタリキリなのだから。
みんなは暑い中、僕だけ冷や汗で寒さを感じている。大人しく"こころ"を読んでいた方がよかったなと後悔しながら「ヤバイねん」と心で叫んでいた。
そんな時に、集合命令がかかった。
「集合ぉぉぉっっ!!!」と復唱。
そんな、うれしい悲鳴をあげたのははじめてだった。
D-351
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