夏の日の2023 20230812
2023、無理をした。
Oh、五里霧中。
気持ちは若いと思っていたけど。
弾丸で水戸へ。
大学時代住んでいた町。
とてもじゃないけどもう戻れない街。
上京して8年。
東京の居心地に慣れ過ぎた。
自転車でどこまでも行けるじゃんって毎日ペダルを漕いでいたあの頃。
自宅から駅まで4kmの道のり。最短距離で駆け抜けて20分。それはとても爽快で飽きない移動だった。
今じゃ4km先に新宿。方角を変えれば同じ距離に渋谷。自転車なんか漕がない。というか漕げない。京王線で8分だ。あの頃の距離感覚がバグってたのか今がバグってんのか。
もっとも、この時間×距離の計算が成立するのは日本の中で3,4都市といったところだろう。
1300万人が住む東京でさえ、人口比率の1割だ。恐らくバグってんのはこちらの方である。
毎年、高速バスに乗り盆に地元に帰るかの様、夏には20歳近辺を共に過ごした旧友や顔馴染みに会いに行く。
いつまで"あの頃"を引きずってんだとかそういう類いの話ではない。
ルーチンに近い。一年に一度くらい顔を出さないと受けた恩を返せないとなまじ本気で思っているので無理をしてでも会いに行く。
そしてまた新たな恩を受け、借りを増やして朝方フラフラになりながら始発のバスに乗り東京へと戻るのだ。
この歳になって思うのは若輩者には恩を受ける義理があるのかも知れないという事。
恩を受けると言ってもほんの些細な事である。
あれからもう何年ですか、と酒を酌み交わし、時に中身の無いブラフを、時に積み重ねあってこその重たいパンチをありがたく頂戴する。
ほんの小一時間話すだけでも構わないのかもと。
どちらかが死なない限りずっと続く先輩後輩の平行関係が維持されているのを確認し合っているだけなのかも知れない。
だがしかし、そういう酒はどうして中々味がある。
そうしてそれぞれが日常へと帰っていく中、余所者になった俺は朝までの居場所を確保せねばならなくなる。
これは中々に孤独で辛い。
わざわざ5〜6時間眠る為だけに立派な宿をとっていられるほどの銭がない。
仕方なく駅近の漫画喫茶かカラオケを訪ね、硬いソファーに無理矢理身体を押し込み夜が明けるのを待つ。
地方都市のカラオケの部屋には代行運転の貼り紙がしてあり、確かにここは同じあのビックエコーで、同じビックエコーでないという事を実感する。
散々昼から肝臓を痛めつけたので、ワンドリンクには冷たいほうじ茶を頼む。
寝に来た事を悟られない様に曲を選ぶフリをしながら店員が茶を運んでくるのを待つ。
運ばれてきた茶を眺めながら、身体がもう横たわっている。
横たわっていては茶は飲めないが、起き上がって飲み直すほど美味いとも思えないので何とか眠りにつこうと苦心する。
首が痛い。脚が伸ばせない。ドアの向こうから聴こえるハリのない福山雅治が耳を休ませない。
充電だけは忘れじと、リュックの中からえいっとライトニングケーブルを取り出してiPhoneに挿し込む。
1mのケーブルを買っておいて正解だった。窮屈な寝相においてケータイの可動域がさらにそれを狭める事になりかねなかった。
何故だかケータイが無事に充電されていく様を眺めているだけで少し安心する。こちとら身体はとうに限界が近いのに。
昔は朝まで酒を飲む事もままあった。
今はもうそれは叶わない。
朝まで行こうだなんて思えないし、こちらの意思と関わらずそれを強いてくる友達ももうこの街には住んでいない。
大体の話日付が変わるまで起きていられる体力も無い。
無い無い話ばかりだがそれが事実だ。
いくつかは失い、いくつかは離れていき、いくつかは何処かへ消えていった。
もうここに無いという事実も、無くなる過程は様々だなあと薄ら眼で思いに耽る。
不思議な事にそれ程寂しくもない。
ここに無くなったいくつかは、何処かにはあるのだから。
それがどこかで上手くやっているのであればそれでいい。
お互いに干渉し合わないままただ安寧を願う。
しかし物思いに耽るにもやはり寝相がしっくり来ない。
所詮自分を直接突き動かすのはどこかの何かや誰かではなくこの硬いソファーなのだ。
思考は飛躍しかけても、重力には勝てない。
学生の頃とは明らかに違う、肥えたナマクラ身体では眠るに眠れない。
仕方なくタバコを吸いに部屋を出る。
パンパンで恐らくはぐちゃぐちゃの胃で吸うタバコはとてもスリリングである。
1吸いして、煙を吐き出す。
2吸いして、肺に入れる前に煙を吐き出す。
無理して吸った3吸い目でモノを吐き出しそうになる。
涙目になるのをぐっと堪え、ただただ一本のタバコがガラになっていくのをじっと待つ。
タバコの火が半分を過ぎた辺りでそれをグシャリと潰しトイレへと避難する。
ああ、気持ちが悪い。でも吐きたくはない。いや、吐いたら楽にはなるのだろうけど、そこまでじゃないぜってプライドが許さない。
ちょろちょろと小便をしまた部屋に戻る。
横たわるとまた胃が気持ち悪い。
どうしようもないのでぬるいほうじ茶に口をつける。
どうせなら味の無い水の方がまだマシだったと後悔してまた横たわる。
枕がわりにリュックを固定してもう一度入眠を試みる。
疲れた、多分楽しかったとは思う。
そう思っているうちにようやく意識が薄れていった。
結局3時間やそこらで目が覚めてしまったが丁度よく閉店時間近くになっていた。
バスが出る30分前くらいの時間だったのでまあキリはいい。
半分腹を下しながら、バスの間は持つ様にと用を足した。
改めて駅を目の前にすると本当に高い建物がまるで無い。
ここは確かに水戸なんだなと何度目かの再確認をする。
起き抜けの一服を終えて、じっくりとバスが来るのを待つ。
東京観光でもするのだろうか。リュックを背負った父親と中学生に上がったかどうかという歳の頃の子供が隣で同じバスを待っている。
行く道。帰る道。同じ道程も輝きがまるで違う。
早く帰りたい、風呂に入ってゆっくり寝たい。ただそればかり考えながらバスに乗り込む。
始発だというのにバスはそこそこの乗車率で少し居心地が悪い。
見るからにグロッキーな俺の隣には誰も座りたがらなかった。それでいい。
東京に帰る。
ここからは知っている道のりしか無い。
思い出す物も何も無い。
機械的に電車に揺られさっさと家へ帰った。
会ってくれた人達に礼だけは忘れまいと寝る前に一報入れて、風呂に入り眠りについた。
そういえば納豆を買い忘れた。
まあ、起きてまだ動けるだけの体力があったらスーパーで買おう。
多分事足りる。
今日はここまで。