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初恋の思い出

私の好きな色は、青だ。
いつからそう答えるようになったのか、正直覚えていない。
ある時は、赤だったし、ある時はピンクだったし、ある時はオレンジだった。
でも、いつか覚えていないその時から今まで、好きな色は、青色なのだ。

大野くんのカラーは、青。

私の一番好きな色はこれからも永遠に、青だ。

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出会いは小学生の頃だった。
とあるMV(それは私が人生初めて見たMVだったかもしれない)を半ば無理矢理親に見せられた。

嵐の『とまどいながら』

最初は強制的に見させられたのに、気がつけばこちらから何度も見せてとせがんだのを覚えている。

「誰が一番好き?」

親はそうやって私がせがんでMVを見せている何度目かにそう聞いた。
小学生のちんちくりんなその頃の私には、嵐の5人はキラキラチラチラしたオニーチャン達で、正直見分けもつかなかったけれど、何となく心惹かれる人がいたから、指差した。

「この人。」

大野智だった。

そんな私に親は言う。

「え、大野くん!?やめときなさい。なんで大野くんなんだか。」

きっと親は、櫻井翔みたいな高学歴なイケメンエリートを選ぶと期待していたのだろう。
女の子の親とはそういうものだ。
でも、子どもにとって、親の意見は絶対で。
親に反対されるのならば、従うしかないと思ってしまうような、狭い世界に生きているものだ。
私はそれ以降、MVを見せてとせがまなくなった。
そして、大野くんが好きと言ったことも忘れていた。

それからもなにかと事あるごとに、親がMVを見せてくることはあった。
完全に全ては覚えていないけれど、例えば『Everything』だとかは何度も聞いた。
この曲は今でも私の大好きな曲だし、嵐を思い出すには頭の中を流れて止まない。
とにかく、TVを見ることを禁止されていた私にとって、親が時たま見せてくれる嵐のMVは数少ない広い世界とのつながりのようで、それでいて、今となっては、嵐の全盛期の味わい方としては最も虚しい形であったように理解する。

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話は2009年大晦日に飛ぶ。
嵐はこの年の紅白歌合戦が紅白初出場だった。
紅白歌合戦だけは見ることを許された私は、楽しく見ていた。

終わって、親に聞かれた。

「誰の出番が一番よかった?」

「嵐かなあ。」

そう答えた私に親は激怒した。

「なんで??なんで私とおなじのがいいって答えるの??意味わかんない。」

言い忘れていたが、この前後各5年間、親の私への当たりは異常にキツい。
このことは、今でも私の性格面に暗くて根深い影を落としている。
でも後半5年間は同時に、推しのいる生活でもあった。
そう。
これをきっかけに私は、人を推すということを覚えた。

嵐を好きになったのだ。

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推しは大野くんだった。
そう思ってから思い出した。
初めて嵐を見た時も大野くんが好きだったなあと。
親も今回は諦めたようだ。

ガラケー時代、友達と赤外線通信で嵐の画像を交換しあった。
この画像いいよ、とメールも送りあった。
登下校中、盛り上がる話題は決まって嵐だった。
当たりの強い親が怖くてCDを自分で買うのは怖かったけれど、友達に貸してもらうならいいだろうと、友達に嵐のCDを借りて、堂々と持ち帰れた。
大野くんの歌声が好きで、大野くんのソロ曲を親の外出中に親のパソコンを使って、検索して、聴いた。
それだけじゃ足りなくて、ガラケーで録音した。
大野くんが主演する映画は、なけなしのお小遣いで見に行っていろんなグッズも買った。
嵐の出ている雑誌を持っている友達に頼んで、大野くんを切り抜いた。
その頃に勇気を出して初めて自分で買ったCDは、嵐の『5×10』だった。

当たりの強い親との関係を忘れるためだったのだろうか。
若気の至りみたいなものなのだろうか。

本当に、心の底から、胸が締め付けられるレベルにまで、大野くんを推した。

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高校生になって、少し成長した私は、嵐に興味を失い、K-POPに走るようになった。
EXOのKAIという新しい推しもできた。
それでも嵐の存在は特別で大野智の存在も特別だった。
好きだったことは忘れない。
大事で素敵な存在の5人組。
そしてそのリーダー。
ずっとずーっと、いるものと思っていた。

とにかく、K-POPに推しの中心が変わってしまっても、嵐というものは世界に必ず存在している、いつでも私は嵐に帰ってこれるんだ、という無意識の安心感を私は抱いていたように思う。

そのまま時は流れて2019年。
変わらず、テレビをつければ嵐に会える、あの頃愛した嵐にいつでも会える、その無意識の安心感という心地よさに、変わらず、浸っていた。
その間推しはコロコロと変わっていたのに、その安心感だけは忘れなかった。
どこかで私の心の安定剤だったんだろう。
嵐という存在。
嵐のリーダー、大野智という存在。
それらを愛した昔の私という存在。
それを忘れない私という存在。
その全てが私を支えてくれていたようにすら感じる。

極めて嵐らしい、おやすみの仕方だ。
極めて大野くんらしい、意見だ。
その全てが愛おしい。

嵐。
いままでありがとう。
ここまで、私を、生かせてくれてありがとう。
私、嵐なしでも生きていけるようになったみたい。

また会おうね。
まだ2年会えるね。
あと2年、安心感をくれるなんて、優しいね。

#エッセイ #嵐の思い出 #大学生 #音楽 #大野くんの夏休み

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