僕らは夢を追うことに、少し疲れてしまった話、それでも夢を見ていたい話。
僕が小説を書き始めたのはちょうど20歳の時だった。
当時僕は公務員として安定した生活を送っていたもの、なんだかつまらない生活を過ごしていた。
そんな時、職場の先輩に出会った。先輩は僕より1つ上で、お互い読書が好きな事もあってすぐ打ち解けたのだ。ある日、居酒屋で一緒に飲んでいるとき、先輩は少し恥ずかしそうに言った。「俺、実は小説を書いているんだ」
先輩は【小説家になろう】というサイトでその名の通り小説を書いていた。
僕は身近に小説を書いている人なんて全くおらず、僕自身、小説を読んでいたのに、書くという事はとても遠い話だと思っていた。
僕も、1度書いてみたいと思った。
当時パソコンも無く、スマートフォンのメモ帳で書き上げたのが、「Twinkilng Star」という名の短編だった。日本語でキラキラ星と言う意味。サラリーマンの主人公がアイドルの女の子と出会い、共に夢を目指す話だ。(小説は下記に貼っておきます。)
https://ncode.syosetu.com/n0328dm/
正直、今見ると文章も荒いし、ストーリーもご都合展開。自信は全く無かったのだが、先輩は笑って、「いい話、感動したよ」と言ってくれた。
本当に嬉しかった。
その一言で、僕は夢を見始めた。
その日以来、僕は本格的に書き始めた。今まで以上に沢山の本を読み文章の勉強をし、映画や小説はストーリー作りの参考にした。
先輩も前以上に書き始めた。
目標に向かって行動する事が、まるで自分がドラマの主演になったようで楽しかった。
「もう僕らは作家になった様なものです。後はただ、書き続けるだけですね。お互い作家になったら、対談でもしたいですね」
20歳になり酒を飲める様になった僕が、酔った勢いで言った言葉だった。
先輩も頷いた。あの頃の僕らは夢を追っていれば当然なれると、確信していたのだった。
そして、僕は仕事を辞めた。公務員は副業が禁止というルールがあったし、今後、一生続けていくには、どうしても好きになれない部分があったからだ。
一方、先輩は辞めなかった。しょうがない事だと思う。僕と違って先輩は出世していたし、仕事も僕ほど嫌いな風には見えなかったから。それに先輩は両親にお金を入れていた。
しょうがない事だとは思いつつ、どうにもやるせなかった。
僕が仕事を辞めてからも先輩にはよく会っていた。喫茶店で。居酒屋で。カラオケ店で。
そして遂に2人とも公募に応募することになっていた。
「俺が受賞するのは当然で、芥川賞を狙う。それくらい今回は自信作だ」
先輩はいつも得意げに言っていた。僕も先輩ほどでは無いが、受賞した後は先生と呼ばれるんだろうなぁなんて妄想していた。
だけど現実は甘くはなかった。
僕も先輩も当然の様に一事選考も通らず。その非情な結果に僕らは絶望し、そして疲れた。
久しぶりに会った先輩はとても痩せていた。僕が辞めてからその職場は忙しくなったらしく、元々痩せていた先輩の頬は、以前よりずっと痩せこけていた。今思えば痩せた理由は、それだけでは無いのかもしれない。
「この前の公募はお互い残念でしたね。でも、プロになった人でも何度も落ちてるらしいですし、やっとスタートラインに立ったと思いましょう」僕はそう言ったが、先輩の表情は晴れなかった。
「正直、仕事も忙しいし、それに、公募なんて受けずとも、なろうで評価されている。それで良いじゃないか」
僕は驚いた。僕よりも遥かに自信があった先輩が言ったその言葉は、逃げの言葉だった。
「それに最近はYoutyuberが人気じゃん、そっちの方が小説を書くより、楽に人気者になれるじゃん。今後はそっち方面に力を入れるよ」
完全に心が折れてしまった先輩に対し、その時の僕は怒る訳でも無く、ある考えが頭を過ぎっていた。
夢を追いかける事は、本当に途方の無い事なのだと。歳を一つとる度に、現実はどんどん迫っていく事に、僕は今更気づくことになったのだ。
その日を境に、僕は先輩と疎遠になった。職場も代わり、彼女もできて同棲する為他県に行くことになったからだ。
仕事を辞めてから、しばらくは生活は厳しかった。貯金なんて出来た物じゃない。だけど……。
こう思う自分の方がおかしいのかもしれない。僕は先輩に、沢山のしがらみを捨てて欲しかったのだ。
共にずっと夢を追いかけたかった。
共に夢を叶えて笑いたかった。
僕が自分の全てを語った、数少ない人だから。
それから1年後。僕は相変わらず夢を追って小説を書いている。先輩はYoutubeをやっていた。
確かに先輩の言う通り、YouTuberになったりするのもアリなのかもしれない。小説家よりも華やかな世界だと時々動画越しに思う。
でも、僕は今の所その道は考えてはいない。
僕が出来る事は動画の中で楽しく話す事では無く、文章で伝える事だと思うからだ。
改めて、夢を追いかける事は本当に大変だ。
何かを追い続けると言うことは、何かを諦めなくてはいけない。それでも僕は、小説で評価され、小説で食べていきたい。この衝動だけは、今日まで抑える事が出来なかったのだ。
最近、先輩から久しぶりに電話が来た。
「……やっぱり、俺も小説を書き続けるよ」
その一言を聞いて、僕は嬉しくなる。
「えぇ、書き続けましょう」
僕らは度々、夢を追う事に疲れてしまう。
だけどそれでも僕らは夢を見ずにはいられない。 僕らの進む道に眩い光が指すことを願い、僕は今日も夢を見るのだ。
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