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進行形JR乗りつぶし日記(少しのオマージュ)#13~南東北周遊(1)【仙台→福島→赤湯→今泉】

 鉄道乗り回しは普通の旅行とは違って、本来は移動手段たる鉄道が目的そのものとなる訳であるが、もうひとつ私が好きな「手段」が船である。とはいえ豪華クルーズ船には手が出せないのでフェリー専門であり、乗り継ぎの妙を楽しむ鉄道旅行とは趣の異なる船上の人に時々変身する。
 北海道5日旅から3ヶ月たった2022年12月7日(水)に私は太平洋フェリーの仙台→名古屋航路に乗ることとした。前日朝の関空離陸は朝7時というLCCならではの時間設定でとにかく眠い。仙台空港には8時20分着、ここから時計まわりに福島、山形と鉄道旅をして、出港日の翌日昼までに仙台に戻ってくる目算である。

 まだ眠い目をこすりながら2007年に開業した仙台空港鉄道に乗り込む。8時36分発仙台行きはJR車両の721系で、車内はガランとしている。新しい路線の基本フォーマットであるほぼ全線高架の路線を走っていくうちに仙台への通勤通学客が次第に増えてきて、8時47分名取駅着。ここで更にどっと乗客が乗り込んでくるが、私は逆方向に乗り換えるのでここで降りた。
 次に乗る9時15分発の東北本線まで時間があるが、雪がちらついている東北の朝は殊更に寒い。改札を出ると切符が前途無効になるので、やむなくホーム上の待合室に入ったが、簡素な構造のせいか寒風が吹き込んでくる。寒さに耐えきれなくなった頃にようやくのろのろと姿を現した各駅停車に何とか乗り込み、阿武隈急行乗り換え駅の槻木までの13分間で体を温めた。

 阿武隈急行は宮城県の槻木駅から福島駅までを結ぶローカル線で、大概の三セクがそうであるように、旧国鉄が建設放棄した路線を地元自治体等が引受けて開業に漕ぎ着けた歴史を有している。既に通勤通学時間帯を過ぎた平日の午前中といういわば最閑散ゾーンなので、乗り込んだ2両編成列車の客は案の定数えるほどしかいなかった。
 曇り空で雪交じりだった空が次第に回復してくる。急行という名称を冠しつつ走る列車は全て鈍行のローカル鉄道は、特にこれといった特徴もないのどかな田園風景の中をそれなりのスピードで南下していく。やがてこの地域の中心地である丸森駅で数少ない乗客が全て下車してしまい、車内はとうとう私ひとりになってしまった。
 貸し切りとなった列車は丸森駅から更に南に向かう。誰も乗り降りしない駅に列車はきちんと止まり、ドアを開閉して発車、を繰り返す。別に私の責任ではないのだが、なんだか申し訳ない気分になってくる。

 梁川駅10時24分着、ここで駅スタンプを押してから早めの昼ご飯を食べて1時間後の福島行きに乗る計画としていたが、事前情報と違って駅窓口氏からは「スタンプはもう置いてません」との事務的な返事が帰ってくる。少しカチンとくるがないものは仕方がない。気分を取り直して駅周辺で何か食事のできる店を探したが、これまた見事に何もない。結局コンビニで買った唐揚げを駅ベンチでつまむという貧相なランチになり、何とも言えぬやるせない感がこみ上げてくる。

 阿武隈急行とはどうも相性が悪いなぁと思いつつ、次の列車で梁川駅を後にする。このあたりから福島市内の経済圏らしく、買い物客や通院するお年寄り、大学生などで次第に込み合ってきて、賑やかになった列車は11時58分に終点福島駅に着いた。
 福島からは奥羽本線の鈍行で米沢に向かうのだが、この鈍行がとんでもなく本数が少なく、8時台の次が私の乗る12時台で、その次は4時間以上もない。おまけに新幹線関係のアプローチ工事とやらで、2駅先の庭坂駅までは代行バスで移動せよとのこと。その代行バスの乗り場は駅の反対側のロータリーで、私はキャリケースをガラガラと引っ張りながら連絡通路を走った。

 鉄道では10分もかからない福島~庭坂駅間だが、代行バスは丁寧なアナウンス付きで30分以上かけてゆっくりと走る。根室本線の代行バスとは違ってそれなりの人数が乗っていたのだが、途中の街中の停留所で殆ど降りてしまい、庭坂まで乗っていたのは私を含めて3人であった。これでは果たして鉄道代行バスなのか地域路線バスなのかよく分からぬ。

 茶屋風の小綺麗な駅舎の建つ庭坂駅前に12時45分着、14分後の米沢行き各駅停車に乗り継ぐ。列車が発車するとすぐに車掌が検札にやってくる。先程の代行バスでアナウンスをしていた人で、バスから列車へと乗り継いでシームレスに車掌業務を行っているのであった。ハキハキと喋る感じの良い女性だったが、福島で買った420円区間の切符と米沢近辺のデジタルフリー切符の合わせ技を理解してもらうまでには少しくの時間を要した。

 奥羽本線の福島~新庄間は在来線と新幹線が同じ線路を走っている。新幹線開業までは特急が頻繁に走り、しかも急峻な奥羽山脈を越えるための4駅連続スイッチバックがあるという鉄道ファン垂涎の地だったが、今は短い編成の鈍行が日に数本走るだけである。
 そのスイッチバック遺構などをしっかり見てやろうと少々の気合いを入れて望んだのだが、やはり車内からだけでは殆ど分からない。峠駅では短い停車時間にも関わらずあの有名な「力餅」の立ち売りをやっていたが、売り子さんの後ろ姿を見つけた時には既に列車は動き出していた。

 米沢では僅か3分で乗り継ぎ、13時55分に赤湯駅着。ここから今日二度目の三セク山形鉄道フラワー長井線の旅となる。いったん駅外に出て散策するが、晴れていた空がまた暗くなってきて寒さも増してきたので早々に駅舎に戻り、改札でスマホの「米沢赤湯回廊パス」の画面を提示すると、駅員氏に「こんなん初めて見ました。勉強になりますわ」と言われた。
 フラワー長井線は7割ほどの客を載せて赤湯を発車し、すぐに郊外に出る。かつてCさんと訪れた西大塚駅の味のある木造駅舎などを眺めつつ20分ほどで今泉駅に着いた。ここは米沢から直行してくるJR米坂線との接続駅だが、今泉から日本海側終点の坂町駅までは豪雨災害で不通となっていて、災害運休→代行バス→廃線、という最近繰り返されている悪しきパターンの予感がする。
 今泉駅での5分停車の後に列車は再度走り出し、左右に立ち並ぶ防風林の中を北上していく。まだ3時過ぎだというのに日没前のように空が暗く、以前に来た夏とはまるで印象が違う。「同じ路線に春夏秋冬の4回乗らないと本当の魅力は分からない」という箴言を思い出した。

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