進行形JR乗りつぶし日記(少しのオマージュ)#16~さんふらわぁ僥倖旅(2)【外川→銚子→佐原】
トコトコと到着した外川駅にはハイキング客と思しき人が4名いたが、みんな10分後の折り返し列車に乗っていってしまい、私は静かな終着駅の唯一の客となった。ホームからエンドレールまでの間に歴史的遺産のデハ801型車両が展示されているが、近づいてみると老朽化とコロナ対策で車内見学は不可との張り紙がある。ダークブラウンと赤色のツートンに塗分けられた車両の外観は貫禄十分だが、板張りの床の艶やかさやワックスの匂いを感じられなかったのは残念だった。
外川駅では駅名票はもちろんのこと、駅舎前の郵便ポストを始めとしてあちらこちらに「ありがとう」の文字が氾濫している。これは駅の愛称が「ありがとう」だからで、このネーミングライツは松戸市の住宅建築会社が購入したとのこと。企業名を冠さないネーミングライツというのは本来の目的を達していないように思うが、「〇〇建築 外川駅」より「ありがとう」の方が静かな漁港の雰囲気によく合っているのは間違いない。
駅からは緩やかな下り坂が漁港まで続いている。途中まで歩いて行って、キラキラ光る海を見ながら伸びをして引き返してくると、古ぼけた外川駅が「おかえり、ありがとう」とおじいさんのように優しく迎えてくれたように感じた。
時間もあまりないが、隣の犬吠駅まで一駅散歩をしてみる。途中までは住宅街を、後半は大きな国道沿いを歩く。爆弾低気圧が接近中との予報で、この後のフェリー旅と北海道での移動が心配になるが、ここ銚子の空は冬なのに抜けるように青く、歩いていると少々汗ばんでくる。民家の表札には「銚子市犬吠崎一丁目」と書かれていて、住所自体に風格があるように感じる。
20分程歩いて犬吠駅に辿り着く。レジャー施設風の白い壁がお洒落な駅舎だが、よく見ると結構くたびれていて、かつては真っ白だったであろう壁の色もかなりくすんでいた。
岬まで行く時間はないものの、せめて雰囲気だけでも思い、どこに行くのかよく分からない細い砂利道を下ってみる。2~3分歩くと「犬吠崎湧水」と書かれた湧き水が現れ、更に少し進むと海辺に立つ大きなホテルの横の海岸に出た。左には緩やかに婉曲する切り立った海岸線と犬吠埼灯台、目の前にはスケールの大きすぎる太平洋の荒波が無限に広がっている。
壮観な太平洋の景色に大いに満足して駅に戻り、人影も少なく閑散としている売店でぬれせんべいやら銚電ラーメンやらバナナカステラやらを買い込む。何しろ銚子電鉄は物販で生き延びているといっても過言ではない企業なのである。私も鉄道収入ではフリー切符700円分しか寄与していないが、その代わりにお土産購入で3000円貢献させてもらった次第で、倹約家(?)の私としては中々に珍しいことである。
往路と同じ車掌の乗る同じ車両で12時49分に犬吠駅を発車。市街地に出かける地元の人たちで結構混んでいて、ささやかな経営支援者としては勝手に喜ばしく感じているうちに、13時5分に塗料開発メーカーのネーミングライツが冠された「絶対にあきらめない銚子駅」に到着。ここから再びJRの旅に戻る。
銚子電鉄の小さな車両が到着した同じホームの先に成田行きのJR近郊型電車の姿がある。銚子電鉄到着3分後の13時8分に発車という絶妙のダイヤだが、あまりに絶妙過ぎて連絡通路を渡った先にあるトイレにもコンビニにも行けない。杖を持ったお年寄りが一生懸命急いで移動する横を通り過ぎてJR車両に乗り込むとすぐに発車メロディが聞こえてきた。さっきのおばあちゃんは果たして乗れたのかと心配になったが、車両後方を見るとハァハァ言いながらおばあちゃんが手すりに杖を立てかけるのが見えた。
犬吠を歩いている頃には青空模様だったのが、銚子を出て暫くすると次第に雲が多くなり風も強くなってきた。何時間か前に通った同じルートを佐原まで戻るだけなので、車窓よりも天気が気になって仕方がない。今のところフェリーの欠航はないようだが、果たして明日の北海道はどうなるのか、帰りのピーチは飛ぶのか、といった心配事が頭を占領する。
やがて鹿島線との分岐駅の香取駅手前で列車は一時停車した。鹿島線から来る列車が強風のため徐行運転をしているので少し待てとのアナウンスで、いよいよ先行きが怪しくなってきた感が強まる。鹿島線は霞ヶ浦近辺の湿地地帯を高架や橋梁で渡る構造なので、風の影響を受けやすいのであろう。
やがて列車は再び動き出し、鹿島線との合流地点をゆっくりと通過して、佐原駅に定刻より5分遅れの13時57分に着いた。次に乗るのは佐原始発の鹿島神宮駅行きで、駅本屋近くの「0番線」ホームに既にその姿がある。車両は関東のあちこちで走っているE131系という近郊型だが、路線としてはサッカー試合日以外はローカル私鉄の如き扱いとされているようだ。
どんどん風が強くなってきて寒さも厳しくなってきたので、発車時間までまだ間はあるが車内に入る。2両編成の客はせいぜい10人少しといった感じですいている。ロングシートの端っこに座って、グミを食べようと何気にマスクをずらした途端に、反対側のシートに座っていたおっさんの「車内で食事するんか、何考えてるんや」という限りなく罵倒に近い大きな独り言が降ってきた。いやグミを一つ口に入れようとしただけなんやけど、とカチンときたが、こういう類の輩は偏執狂的なマスク警察の可能性があるので、君子危うきに近寄らずで、私はそそくさと隣の車両に移動した。