進行形JR乗りつぶし日記(少しのオマージュ)#21~さんふらわぁ僥倖旅(7)【苫小牧→鵡川→苫小牧→千歳】
駅のすぐ横にある工場からは白い煙が青空に立ち上っている。今日最後の目的である日高本線の14時33分発鵡川行き各駅停車は既に苫小牧駅の端っこのホームに入線して、けたたましいディーゼル音を響かせている。
先程乗った室蘭本線に象徴されるように、もはや「本線」の名称が何の意味も持たなくなったJR北海道の中でも、特にこの日高本線は8年前の高波被害で海岸沿いの線路や路盤が多く流されたまま放置され、結局そのまま鵡川から終点様似までが廃線になってしまったという落ちぶれようである。日高地方に行かない日高本線で、僅か30キロという長さは全国の本線で最短だが、「最短の本線」の不名誉な地位は3月末に石狩沼田~留萌間が廃止される留萌本線に明け渡すことになる。
意外といっては失礼だが、小綺麗なキハ40形の2両編成は工場と貨物駅の横を結構な速さで進んでいく。室蘭本線の線路上を随分と長い時間走って、ようやく沼ノ端駅手前で左に分岐したと思ったらもう勇払駅に着いた。
ここまでは苫小牧市街地の続きという感じだが、勇払駅を発車して勇払川を渡ると一気に湿地帯の中に入っていく。そしてそろそろ海が見えるかなと思った途端に列車は急停車した。「列車手前を鹿が横断したため緊急停車しました」というアナウンスがあったが、北海道の他の地域と同様に地元の人は慣れっこで何の反応もない。窓の外を見るとなるほど鹿がいる。それもちょっとやそっとの数ではなく、もう石を投げたら当たる程にいるのである。最初は自然公園か何かかと思ったのだが、単なる原野に野生のシカが群れて、湿地に生えた草木を猛然と食べているのであった。
その後も列車は鹿警戒モードでのろのろと走る。期待していた海は微妙に見えず、元気な鹿の群ればかりが視界に入る。いい加減鹿にも飽きてきた頃に、苫東厚真火力発電所の巨大な構造物が見えてきた。
北海道胆振東部地震で全道ブラックアウトの主原因となったこの発電所は石炭を主燃料としている。列車は大きな石炭置き場のすぐ横を走っていくが、置かれている膨大な石炭は全て海外炭で、すぐ近くに国内炭鉱(の跡)が無数にあるのに何とも皮肉なことである。
巨大な発電所の横をようやく通り過ぎると、新日本海フェリーの発着する苫小牧東港の地図上の最寄り駅である浜厚真駅に到着する。しかし冬は雪で、夏は熊で危険なため絶対に浜厚真駅からフェリー乗り場まで歩いてはいかんとのこと。鹿がうようよと歩く雪景色の中にぽつんと置かれた貨車利用のダルマ駅舎が一際印象的であった。
浜厚真駅を出ると鹿の姿も少なくなってきて、ただの湿地帯の中を列車はひたすら走っていく。5分遅れで着いた浜田浦駅は駅名票一枚と農機具小屋のような小さな待合室があるだけの駅で、そしてこの駅は来月に廃止されてしまう。JRの公表している利用客数は1日平均で2.4人となっており、お隣の浜厚真駅の1/10しかない有様では廃止もやむを得ないとは思うが、廃線に加えて廃駅もどんどん進んでいることに少なからず淋しさを覚える。
浜田浦駅からはさほどの距離もなく、あっさりと終点の鵡川駅に着いた。鹿のせいで4分遅れたとはいえ、苫小牧から僅か34分の「本線」の旅で未乗線区が一つ減ったことになる。
列車が着いた1番線ホームには屋根も駅舎もなかった。構内踏切を渡った向こう側にはバスターミナルを併設した緑屋根の綺麗なログハウス風駅舎があるが、鹿に邪魔されたおかげで折り返し発車までの時間に余裕がなくなり、こちらから眺めるしかない。鵡川駅から先に延びる廃線跡のレールを見ることも出来ず、私は鹿に少なからぬ恨みを抱きつつ、発車までの僅かな時間で屋根のないホームと雪と気動車のコラボレーションを脳裏に焼きつけようと努力した。
15時12分発の苫小牧行き列車は私の幾分かの未達成感を載せて発車した。浜田浦駅の最後の姿を再び確認して勝手な感慨に浸っていると、またも鹿の直前横断で列車は急停車し、往路と同じように苫小牧には5分遅れで到着した。後は新千歳空港まで乗り継ぎ、ようやくの飛行機に乗って帰るだけである。
予定が原型を留めない程変わってしまった旅は終わった。思いもかけず北海道の未乗線区にも乗ることとなり、結局東日本では成田線と鹿島線、北海道では札沼線、室蘭本線、日高本線を完乗した。しかし随分乗ったような気になっていたにも関わらず、計算してみると乗車率は81.520%から82.592%へと僅か1%上がっただけであった。
それでも北海道の残存線区は7から4に減った。爆弾低気圧のもたらした僥倖とでも言うべきか、結果的には満足のいく長い3日間であった。