stray2sun 蘇我日和・白夜 前日譚
私が誰かの助けになりたいと思い始めたのは兄の影響だったと思う。
「日和は引っ込み思案な子だったよなぁ」
「もう!いつの事だよそれ!」
はははと笑うのは、その私の兄だ。大学の一室を借り絵に付きっきりで、滅多に家に帰ってこない。だからなのか、邪険に扱うことはなく、たまにこうやって顔を合わせると軽口を言い合うような仲だ。多分同世代の子達より仲がいい兄妹だと思う。
「そうかな?ちょっと前まで…『置いてかないで〜』って泣きながら後ろをついてきてたような……」
「な、な、な〜〜〜〜〜!!!!」
「はははっ!また赤くなってる、トマトちゃん」
「言ったなぁ!!?こ、このあおびょうたん!!」
「そんな言葉…どこで覚えたんだ。お兄ちゃんは悲しい気持ちになるよ…」
これが私たち兄妹の日常だった。こうやって口喧嘩みたいなじゃれあいを繰り返す。兄さんが帰ってくると毎日が騒がしい、毎日が明るいそんな家族だった。
「はぁ〜〜〜〜〜〜……でもなんか久々だなぁこうやって兄さんと話すの」
「いやそうでもないんじゃないかな」
「茶化すな!」
すぐ話の腰を折ろうとするのが兄さんの悪い癖だ。ちょっとだけ大事な話をしようと思ってたのに。
「あのさ、私ね、好きな人が出来たんだ」
と言うと、兄さんは今まで見たことのないくらい呆気に取られていた。しばらくぽかーんとこっちを見ていたが、私がじっと待っていたら真面目な顔になって口を開いた。
「そうか、よかったね」
ただ二言だった。ただ二言、それだけを言って私の頭を撫でた。
「うん、よかった」
私もそれだけ返した。兄さんはそれを聞くと、まるで犬を撫でるみたいに髪をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
「それで、どんな子なんだい?」
「すっっっっごく!やさしくて、かっこいい子!私の事、よく気づいてくれるし……ご飯も美味しそうに食べるの!」
そういうと兄さんはすこし目を細めて微笑んでくれた。
「そうか、そうだね。それならきっと、大丈夫だね」
「うん、うん……だからね。もう泣かなくていいの」
「………」
それは、兄さんにどう聞こえたのかわからない。でも少しでも兄さんを安心させたかったから。
「また、兄さんの絵見せてね」
だけど、私はその言葉を聞いた兄さんの顔を見るのが怖かった。だから私はおやすみと告げて自分の部屋に戻ってしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今僕は上手く笑えていただろうか。
「泣かなくてもいい、か」
きっと僕に向けられた言葉だろうけど、僕が何より気にしたのは、彼女自身への言葉でもあるという事だ。
「僕もいつか、そう言える日がくるのかな」
少しホコリを被った自室のキャンパスをそっと指でなぞってみた。唯一、あの全てが燃えた日を生き残った。ほんの少し煤けた、僕だけの空だ。
「またいつか、飛べるよね」
これは誰かのヒーローが、救われる少し前のお話。