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ごく普通の鹿は鹿であってヤギにあらず『ごく普通の鹿のゲーム DEEEER Simulator』

今でこそSteamをメインプラットフォームに据えている私ですが、コンシューマーゲーマーだった頃は「自分がPCゲームに手を出すことなんて絶対にありえない!」と思っていました。

シカし、そんな私をPCゲームという底なし沼へ突き落とした1本のゲームがあります。それが『ごく普通の鹿のゲーム DEEEER Simulator』です。

トレイラーを一目見ただけで胸が躍り、絶対買おうと心に決め、鹿のように首を長くして発売を待ち望んでいたこのゲーム。当初はPS4版の発売まで待つつもりでしたが、2020年1月にアーリーアクセスが始まったと聞いた瞬間、いてもたってもいられなくてPCのスペックなんて知ったことかと勢いだけでSteamデビューしたことを今でも覚えています。

これをきっかけに財布に優しくラインナップ豊富なPCゲームの世界に魅了され、ゲーム用に新たなPCを購入し、これまでの私だったら見向きもしなかった変なゲームをカートやウィッシュリストに入れるたびに悦びを覚え……思えば2020年は鹿に狂わされた年といっても過言ではないでしょう。

そんな私の人生を狂わせた鹿は2021年11月末にPC版フルリリース&コンシューマー版発売。もちろん私も全実績解除&DLCコンテンツ全アンロックまで遊び尽くしました。

実を言うと、クリアしたのは半年近くも前のことだったりします。ですがプレイを通じて抱いた感情をなかなか言語化できなかったり、書くための時間がなかなか取れなかったり、いざ書こうとしてもモチベーションが行方不明だったり……そうこうしているうちに初夏になってしまいました。

そんなわけで、今更になってしまったけど語りたいのです。
誰かに紹介するためのレビューとしてでなく、私自身が率直に楽しんだごく普通の感想として。

ごく普通の鹿はヤギの二番煎じにあらず

『ごく普通の鹿のゲーム DEEEER Simulator』はその名の通り、ごく普通の鹿になってごく普通の鹿生をエンジョイするごく普通のシミュレーター。
トレイラーやスクリーンショットからも見てわかる通り、シミュレーターといっても硬派なRTSやリアル系シムとは真逆の方向に突っ切った、いわゆるごく普通のバカゲーです。

こうした「○○シミュレーター」を自称するバカゲーは丁寧に作られた良作から粗製乱造された虚無まで星の数ほど存在しますが、その中でも特に本作はある名作シムとよく比較される傾向にあります。

『Goat Simulator』
説明不要の歴史的メェ作

そのメェ作とは――そう、『Goat Simulator』。ヤギゲーの金字塔にして、シミュレーションというゲームジャンルに革命をもたらしたバカシム(おバカ系シミュレーション)ブームの火付けヤギです。

たシカに「動物になってやりたい放題するというコンセプト」「体の一部を伸ばすアクションが特徴的」「コラボ相手」など、鹿との共通点はいくつもあります。
そのせいか「ヤギと似ている」という旨のレビューや口コミはよく見かけますし、なんなら鹿の方が偉大なる先駆者をあからさまに意識して制作されたゲームという印象が否めません。

シカし本作を語るにあたってまず言いたいのは、ヤギと鹿はまったくの別物であるということ。
同じ偶蹄目でもヤギはウシ科で鹿はシカ科だから、とかそういう生物学上の話ではありません。一見すると似たようなバカゲーに見えても、実際はゲームジャンルも方向性も操作性も、何から何まで違います。

といっても、私自身もアーリーアクセス開始当初は「よくあるヤギの二番煎じ」と捉えており、本作に対しあまりいい印象を抱いていませんでした。
「ヤギと比べて操作性が悪い」「ヤギと比べてマップが狭い」「ヤギと比べて遊びの幅も狭い」「ヤギと比べて全体的にギャグが寒い」……こんな感じにアーリー開始直後は何かにつけて『Goat Simulator』と比較し、下に見ていた覚えがあります。

そんな私が「ヤギの二番煎じ」から「鹿」に認識を改めるまでには、2度のアップデートを要しました。

ごく普通の鹿の体はつねに闘争を求める

1回目の転機は2020年3月に配信されたVer.1.1.1。鹿災害レベルA解禁&新ボス:イッヌ追加のアップデートです。

本作は基本的に、鹿災害レベルを上げる(街を破壊する)→出現した警官たちを倒すことでゲームが進展するのですが、そのバランスはかなり大ざっぱ。どの戦闘も歩きながら銃を乱射するだけでいつの間にか終わります。

最初期から用意されている強敵ジャイアントコアラも、当たったら即死のデスビームを放つとはいえ攻撃はワンパターン。そもそもこちらから手を出さない限りは何もしてこないので、コアラ討伐はやり込み要素の域を出ません。

Ver.1.09以前、少なくとも私は本作について「いくらライフの概念があっても戦闘はあくまでオマケ程度」「街やモブをめちゃくちゃにしてそのリアクションを楽しむのがメイン」と考えていました。
そのため、サンドボックス型アクションにしては底の浅さが見えるゆえに「ヤギの二番煎じ」や「劣化ヤギ」という印象が否めなかったのです。

ところがこのイッヌ戦は、従来のただ銃を撃つだけで終わる単調な戦闘とは一線を画していました。脚を攻撃して膝をつかせる→肩を攻撃してボタンを露出させる→首を伸ばしてボタンを押す……と、手順を踏まなければダメージが通らない相手だったのです。
これまで戦った警官たちが巨大ロボのように合体するという登場シーンもなかなか強烈で熱かったですが、それ以上に『ワンダと巨像』を彷彿とさせる戦闘に当時はずいぶん驚かされました。

そこでようやく、本作が『Goat Simulator』と同じリアクションを楽しむタイプのサンドボックスでなく、戦闘重視のアクションゲームであることに気付いたのです。

かのメェ作『Goat Simulator』には、倒すべき敵もいなければ、達成すべき目標もエンディングもありません。ミューテーターやヤギトロフィーなどの収集要素があるとはいえ、基本的にはバグめいた挙動や物理演算が荒ぶる様子を観察することがメインです。

一方の『ごく普通の鹿のゲーム DEEEER Simulator』は、倒すべき敵もいれば、達成すべき目標もあり、エンディングだって用意されています。もちろんミニゲームなどの寄り道要素もありますが、基本的には目標達成(鹿災害レベルを上げる・警官を倒す)に向けて暴れまくることがメインです。

大ざっぱに言うなら「プレイヤー自らがゲームに楽しみ方を見出す必要があるのがヤギ」「ゲーム側からプレイヤーに遊び方を提示してくるのが鹿」でしょうか。細かな共通点はいくつもあれど、本質的にはまったく異なるゲームであることがわかります。

ただ、この時点の私はヤギと鹿の方向性が異なることに気付いただけで、まだ「ヤギと差別化しようと頑張ってるヤギフォロワーのバカゲー」という認識に留まっていました。

ごく普通の鹿の物語に全奈良が泣いた

2回目の転機は2021年11月に行われたフルリリースのアップデートです。

その頃の私はオータムセールで買った別のゲームに夢中で、さらに未来編アップデート(2020年8月配信のVer.2.0.2)以降、本作をほとんどプレイしていませんでした。なのでアーリー卒業の知らせを聞いてもテンションはそこまで上がらなかったというのが正直な意見です。
そのこともあって、フルリリースという真のシカら(鹿の力)を解放した鹿の最終シんカ形態にはずいぶん驚かされました。

あれ!? いつの間に『ごく普通の鹿のゲーム』から『ごく普通の人間のゲーム』になったの!?

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シカも下手なネトゲよりキャラクリ充実してない!? こんな細かくいじれるキャラクリ初めて見たぞ!?

なのにオープニング開始から10秒もしないうちに死んだんだけど!?
何だったのあの無駄に充実したキャラクリは!?

ああ~なるほどそういう導入……えっ、ストーリーあるの!?

……と、ゲーム開始直後にアーリーアクセスの頃は存在しなかった無駄に充実したキャラクタークリエイト&衝撃的なオープニングが始まり、初っ端から開いた口が塞がりませんでした。
まさか主人公がごく普通の鹿じゃなくて、キョンなことから鹿になってしまったごく普通の人間だったとは……こんな展開、誰が想像できたことでしょう。

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さらにゲームを進めて終盤、未来編第4の警官戦からエンディングにかけてはずっと鳥肌が立ちっぱなしで、何度「まジカ!?」「まジカ……」と声を上げたか覚えていません。

本作のストーリーについて一言で言い表せば「荒唐無稽」。ものすごく乱暴に言ってしまえば「壮大っぽい何か」。特に終盤の怒涛の展開は壮大な音楽で壮大な雰囲気を演出する壮大のゴリ押しでしかありません。
シカし、その壮大なゴリ押し展開に意味がわからずとも謎の興奮と感動こみ上げてきたのはきっと私だけではないと信じています。

そしてあの無駄に充実したキャラクリにちゃんと意味があったとは……!!

シカもDLC(シカ最終進化パック)を購入すればプレイアブルにっ!!

ここまでプレイすると、もう「ヤギの二番煎じ」や「ヤギフォロワー」なんて薄っぺらい感想は出てきませんでした。
これはもう「鹿」――フルリリースを経てようやく「鹿」という唯一無二の個性を獲得した、バカゲー界期待の新星です。

そういう認識に改まった今となっては、本作について「ヤギのパクリ」と評する連中が全員エアプに見えますし、そいつらの頭に鹿の角を突き刺したくてたまりません。お前ら全員鹿にしてやろうか。

ごく普通の鹿は普通以上でも以下でもない

ヤギはヤギ。鹿は鹿。どちらもオンリーワンのゲームであるがゆえに、比較することなどできません。
けれども本作が純粋な”ゲーム”としてのクオリティが高いかと問われれば……高くもなく低くもなく、それこそタイトルと同じく「ごく普通」であると答えます。

その理由は3つ。操作性ボリュームギャグです。

まず操作性について。鹿の移動には4足歩行の通常モード2足歩行のダッシュモードがあるのですが、その性能がとにかく両極端。通常移動時は全体的にもっさりとしている反面、ダッシュ移動時は速すぎて小回りがほとんど利きません。
幸いにして精密な操作を求められる場面はありませんが、思うように移動することが難しいという点は多少のストレスを感じてしまいます。

さらに近接攻撃は通常時・ダッシュ時・刀装備時のいずれも攻撃範囲が非常に狭く、ほぼ使い物になりません。そのため本作の戦闘は、射程が長く連射の効く銃撃戦メインになります。

が、未来編第4・第5の警官戦ではそうはいきません。銃を撃っても全弾スタイリッシュに回避されてしまうため、これまでとは打って変わって近接戦を強いられます。
警官自体も強敵ですが、この極端すぎる操作性のせいで、変なところでダメージを食らってしまうことも少なくありません。

シカし終盤にコンティニューを繰り返すと最大ライフが増えたり、一部強敵に安全地帯があったり、DLCを購入すればダッシュ中無敵のチート装備が使えるなど、救済措置はいくつも用意されています。
操作性の悪さを救済措置で補うという力任せなバランス調整ですが、強引でありながらもユーザーに寄り添う姿勢が垣間見えてどうも憎めません。

次にボリュームについてですが、本作は定価1480円(PC版)のインディーズゲームということを差し引いてもかなり小規模な作品です。
2種類あるマップはどちらも大変狭く、10分もあれば余裕で見て回れる程度しかありません。クリアまでに30分、2~3時間もあれば十分に全実績解除まで遊び尽くせるのではないでしょうか。
やり込み要素といえば「強敵を倒してDLC武器をアンロックする」ぐらいしか無いため、リプレイ性も非常に低いです。

それとギャグ……は、個々の好みによるとは思います。
本作にはこれでもかと言わんばかりに大量のギャグと小ネタが散りばめられているのですが、どれもどこかで見たことのあるようなものばかり。新鮮味が無いというか、笑いが空回りしているというか、押しつけがましいというか……ちょっと私の肌には合いませんでした。
まあドラミちゃんのダイナマイト筋肉隆々のドラえもんネタで爆笑できるような小学生にはウケが良さそうだなーとは思いま……えっ、これC指定(15歳以上対象)なの!?


一見奇抜、蓋を開けると意外と普通。単純に“ゲーム”としてのクオリティだけに着目すると、可もなく不可もなく「ごく普通」の域を出ない作品です。

シカし、「ごく普通」であっても「平凡」ではないとも私は思うのです。

「○○シミュレーター」を自称するバカゲーの中には、ゲームとしてのクオリティ以前に、そもそも娯楽や芸術として成立していないものも少なくありません。まるで「とりあえず「○○シミュレーター」って言っておけば、どんなに手抜きだろうが内容が無かろうがバカゲーとして許されるだろう」と言わんばかりに……。

そういった粗製乱造されまくる虚無と比べると、本作はものすごく丁寧に作られているのは一目瞭然です。
そこそこ爽快感のあるゲームとして成立していると同時に、偉大なるバカシム界のレジェンド『Goat Simulator』との差別化にも成功し、かつ「鹿」というアイデンティティを確立しています。
そして何より「楽しませよう!」「笑わせよう!」という作り手の熱量が節々から感じられるエネルギッシュな作品に仕上がっており、非常に好感が持てます。

あのとき鹿に人生を狂わされてよかった。鹿のシんカを最後まで見届けることができてよかった。こんなにもパワフルな和製インディーの誕生に立ち会うことができてよかった。
そういう意味で、ごく普通でありながらも印象に残るゲームでした。

こんな記事に投げ銭なんかするより、いい感じの帽子とか山積みのレンガとか大量のフラフープとか本物のヤギとかを買ったほうがずっと有意義だぞ。