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バリ島旅行③三日目。穴に落ちて、アバラを折る。
3日目の夜、その事件は起きた。
バリの王族の親族(友人の友人の友人)の案内により、車でレストランを訪れ、車を降り。
レストランの方へ足を1歩踏み出したその時、一瞬頭の中が真っ白になり、気がつくと、歩道にあいた深い穴に落ち、両脇が穴の淵にひっかかって体を支え、足がブラブラしており、時々足先に水を感じる状況に陥った。
「この感覚は、以前にも体験した事がある…。」脳内で様々な経験がグルグル渦巻き、ピタっと検索結果が浮き上がってきた。
そうだ!5~6年前の冬、渋谷駅で、本を読みながら終電の満員電車に乗り込もうとした時の事だ!
電車に向かって足を踏み出した直後、浮遊感とともに体に衝撃が走ったのだ。
気がつくと、電車とホームの間に落ちて、両脇だけで体をささえて足がブラブラしていた。
何が起きたのか状況はうっすら理解できても、頭が理解できていない状況。
この渋谷の時は、ぼんやりしている暇も無いほど迅速に、目の前にいた、なぜか生き生きと嬉しそうな顔をしたサラリーマン2~3人に、引き上げられて、まるで何事もなかったかのように電車に乗り込ませられ、電車もいつも通り速やかに発車したのだった。
「なんかあ、心があったまるよねえ!」コギャルが彼氏に向かって嬉しそうに話しているのが聞こえる。
「あ、落し物ですよ。」と、私が落とした本が、数人の人手を渡って届くと、カバーがはずれ、幻冬舎アウトロー文庫「ヤクザが××」という表紙がむき出しになっている。
クリスマスも近い年の瀬に、コギャルの心を温めることに成功し、サラリーマンに善行をほどこさせてあげる事ができた、という幸せな出来事だった。
しかし、今回、ここバリ島のウブドでは、何かが違う。
そうだ!何だかすごく脇腹が痛い気がする。
「う…う…、い、いたい?」
茫然自失状態から脱し、やっと声が出て、ああ、歩き始めた赤ちゃんが転んだ時、何が起きたかわからずボンヤリした後、周りの大人が驚いて心配そうにしているのを見て、やっと泣き出す気持ちがわかった。
「大丈夫?大丈夫?痛い?」
回りの友人に声をかけられながら、引き上げられた時に、再び、渋谷駅で引き上げられた時のふわりとした感覚を思い出した。大人は、人に穴から引き上げられる経験は、あまりしないよなあ…、とぼんやり考えながら、痛いところが他に無いか、意識の中で探す。
「動ける?座る?休む?痛い?ケガは?」
あんな状況で、脇腹を打ち付けたら、きっとアバラにヒビがいっているに違いない。
私は、3回ほどアバラにヒビを入れた経験があるエキスパートなので、状況と痛みでケガの度合がすぐにわかった。
よし、この痛みなら、折れていないから、旅行は続行できる。ラッキー。
アバラは、簡単にヒビが入り、ギブスが出来ず、痛くてもほっておくしか無いので、病院に行く必要も無いのだ。(あくまで私個人の見解です。)捻挫や出血を伴う傷に比べると、旅行にピッタリのケガと言える。
しかも、ウブドで穴に落ちる人がいないと仮定すると、有名になれるかもしれない。
ああ、穴に落ちている姿の写真を撮ってもらえば良かった、私はなんて迂闊な人間なんだろう。いや、まだ間に合う。
「また穴に入るから、写真とってくれる?」と友人に頼むと、「やめておきなさい。」とたしなめられる。
こうして、私は有名人になるチャンスを失ってしまった。
仕方なく、今度穴に落ちる時は、もっと理解のある友人の前にしようと心に誓いながら、レストランへと向かったのだった。