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ロシアのMIRV弾頭の使用が危険な理由

MIRV弾頭を持ったオレシュニク

11月21日にロシアはウクライナ領内のドニプロに向けて、「オレシュニク」と呼ばれる弾道ミサイルを発射した。

この弾道ミサイルの特徴として、当初ウクライナ空軍は「大陸間弾道ミサイル(ICBM)」と発表していた。実戦における初めてのICBM使用その後の報道やロシアの発表の内容をみると、射程はICBMよりも短く、射程が3000km〜5500kmのIRBM(中距離弾道ミサイル)の可能性が高いことは前回の記事で書いた通りである。

一方で、「オレシュニク」は、ウクライナ国防省情報総局の発表によると6発のMIRV(複数個別誘導再突入体)を搭載していたとみられる。さらに1発の弾頭にはさらに6発の子弾が装備されていたという。

今回のミサイル攻撃で注目すべき点は、このMIRV化された弾頭が実戦で使われたことにもある。なぜなら、MIRV弾頭を装備した弾道ミサイルが実戦で使用された例はなく、冷戦期には米ソ間がこのMIRV化された弾道ミサイルが米ソ間の核抑止を維持する上で、一つの争点にもなっていたからである。

アメリカ科学者連盟の核戦略・核軍備管理の専門家であるハンス・クリステンセン氏は、MIRVが実戦で使用されたのはおそらく初めてであり、MIRVは敵の先制攻撃を招く恐れがあると指摘する。

それは一体なぜだろうか?

MIRVとは?

その前にMIRVとはどういうものなのかおさらいしてみたい。通常の弾道ミサイルは1発のミサイルに1発の弾頭が搭載され、単一の目標を攻撃する。一方、MIRV化されたミサイルには複数の弾頭やおとり弾頭が搭載されている。これらの弾頭はポストブーストビークル(PBV)と呼ばれる小型の発射台に乗せられており、宇宙空間で1発ずつ弾頭が切り離される。切り離された弾頭はそれぞれ別の目標に誘導されるため、1発のミサイルで複数の目標が攻撃可能となるのである。

出典:https://armscontrolcenter.org/multiple-independently-targetable-reentry-vehicle-mirv/

各国が保有するMIRV

このMIRV化された弾道ミサイルは、1発発射しただけでも敵の防空網を突破できる可能性が高くなるため、複数目標に対して大きな攻撃力を持つ。
MIRV弾頭のICBM自体は珍しくはない。実際にアメリカが配備しているミニットマンⅢ も3発の弾頭を搭載できるMIRV化されたICBMである。ただ現在は新START条約に従い、単弾頭化して運用している。
一方ロシアは、SS-18、SS-19、RS-24など複数の種類のMIRV化されたICBMを配備しており中国のDF-31も3発から4発の弾頭を搭載したMIRV化ICBMである。
その他米英露仏中が保有する潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の多くはMIRVである。

北朝鮮のMIRV

そして近年核ミサイル戦力を急速に拡大している北朝鮮も、このMIRV技術の実用化を目指しているようだ。
今年6月27日に北朝鮮はMIRV弾頭の発射試験を実施し、成功したと発表した。韓国はMIRVの試験成功について懐疑的ではあるが、北朝鮮がICBMのMIRV化を目指しているのは確実だろう。

また10月31日に北朝鮮は新型ICBMである火星19の発射試験を行った。火星19は固体燃料式で火星18よりもさらに大型化している。38ノースによれば、火星18でもアメリカ全土を射程に収められるにもかかわらず更に大型のミサイルの試験を行ったのは、弾頭のMIRV化を進めるためであると分析されている。

https://www.38north.org/2024/11/north-korea-tests-new-solid-icbm-probably-intended-for-mirvs/



各国が保有するMIRV弾頭のICBM




出典:https://missilethreat.csis.org/missile/
https://www.csis.org/analysis/how-china-modernizing-its-nuclear-forces

MIRVの実戦使用

MIRVの実戦使用が危険な理由

ではなぜMIRVの実戦使用が危険なのであろうか?
MIRVは1発のミサイルに対する弾頭数が多いため、破壊力も高く、迎撃もより難しい。そのためMIRVを先制攻撃で使おうとすれば、相手の国も自分たちの戦略兵器が破壊されるのを防ごうと、先制攻撃の誘因に駆られてしまうからである。

一方でMIRV化された弾道ミサイルを持つ国が先制攻撃を受ける不安に駆られた場合も、同様である。ミサイルが1発破壊されただけでも、一度に多数の弾頭を失う恐れがある。そのため、敵の攻撃を受ける前に先にMIRV化されたミサイルを使ってしまいたいという先制攻撃の誘因に駆られやすくなってしまう。

ソ連に対する核抑止力の「脆弱性の窓」

1980年代以降ソ連がMIRV化されたICBMの配備を進める中で、アメリカが抱いたのはまさにこの不安だった。ソ連は、1980年代にこのMIRV化されたICBMの配備を進めることで、アメリカの地上配備型ICBMの大部分を先制攻撃で破壊が可能な戦力を持つに至った。

アメリカからすれば、ソ連が保有する一部のICBMを使用するだけで、自国のICBMがほぼ無力化されることを意味していた。
もちろんアメリカには他にも戦略爆撃機や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)による反撃手段が残っており、理論的にはソ連を抑止することは可能ではある。

だがここでアメリカは重大なジレンマに直面する。
もしソ連の第一撃(先制攻撃)で自国のICBMが無力化された場合、当然アメリカは戦略爆撃機やSLBMによる報復核攻撃を実行する決断に迫られる。だが、ソ連にはICBMがまだ残存しており、アメリカが報復攻撃を実行すれば、ソ連からのさらなる第二波・第三波の追加核攻撃を招くことになってしまう。そうなると、核報復攻撃を実行したらさらにアメリカの被害は拡大する。一方で何もしなければソ連を抑止することはできなくなってしまう。

つまり、アメリカの政策当局者たちはソ連のICBMのMIRV化によりアメリカのICBMの脆弱性が高くなり(脆弱性の窓が開いてしまった)アメリカの核抑止体制が揺らいでしまう不安を抱いていた。これを「脆弱性の窓」論という。

STARTⅡで禁止されたMIRV

1993年にアメリカのブッシュ政権とロシアのエリツィン大統領との間で署名されたSTARTⅡでは、双方の核弾頭数の段階的な削減の他に、ICBMのMIRV化が禁止されることとなっていた。その後STARTⅡは発効に至らなかったが、MIRV化ICBMが禁止された背景には、MIRVが先制攻撃を招きやすく、戦略的安定性を崩す恐れがあったからである。
他方でSLBMを搭載する戦略原潜は通常海中に潜航して居場所を秘匿しており、脆弱性が低い。だが一度ミサイルを発射してしまうと、その居場所がバレてしまう。そのためSLBMは先制攻撃用ではなく、敵から核攻撃を受けた際の報復攻撃用途としての性格を持つことから、SLBMのMIRV化は禁止されなかった。

本来弾道ミサイルのMIRV化の目的は、実戦で敵対国に対し先行的に使用する火力を得ることではない。
敵対国の攻撃で自国のミサイルが破壊されたり迎撃されたとしても、残存したミサイルが確実に敵対国に対して攻撃を与えられるように弾頭をMIRV化しておくことで、核兵器で先制攻撃をしても確実に手痛い仕返しを受けるという状況を作ることが目的である。MIRVはこのようにお互いに核兵器の使用を抑止する状況を作っておくためのものなのである。

今回のロシアによるMIRV弾頭の実戦使用は、核の脅しの意味ももつ。本来の用途である「抑止」の範疇を超えるだけでなく、抑止を不安定化させる危険性を孕んでいる。


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