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日本でキャッシュレス化は進むのか

キャッシュレスは私たちの生活の何を変えるのか?


現金を使わない生活のキャッシュレス化は、日常生活において銀行の窓口やATMへ行って現金を引き出したり、現金を持ち歩いたりする必要がなくなるのはもちろん、現金を狙った強盗の減少にもつながることが期待されています。小売店からみても、Amazon Go のような無人店舗の普及の後押しとなるとともに、購買履歴を活用したマーケティングの高度化にもつながると考えられています。政府にとっても、取引が電子化されることで脱税防止効果があると言われています。取引の匿名性が確保される現金取引と違い、誰が取引しているかが明らかとなるからです。

経済産業省は、平成30年4月に公表した「キャッシュレス・ビジョン」の冒頭において、『キャシュレス推進は、実店舗などの無人化省力化、不透明な現金資産の見える化、流動性向上と、不透明な現金流通の抑止による税収向上につながると共に、さらには支払データの利活用による消費の利便性向上や消費の活性化など、国力強化につながるさまざまなメリットが期待される。』と記しています。

ちなみに、日本のキャッシュレス化は、これまでクレジットカードの普及に伴ってゆっくりと進んできているのですが、実は世界をみると、審査が必要なクレジットカードよりも、審査が必要ないデビッドカードの方が広く利用されています。これは、日本の場合、2000年頃まで銀行がデビットカードの発行に積極的でなかったという事情(他方、欧米の銀行は小切手の代替商品という位置づけでデビットカードを前向きに取り扱いました)、それに一億総中流社会でお金の返済モラルも高かった日本では、クレジットカードの審査が比較的通りやすかった、ことが挙げられるのではないでしょうか。いずれにしても、日本は、キャッシュレスの世界では、少し変わった国のようです。

決済の歴史は変化の歴史


「決済」の歴史をさかのぼってみてみると、現在の現金決済の形になるまでにさまざまな変化を遂げています。古くは物々交換、そして布や砂金などの品物が交換の手段として使われる時代へ移り、次第に交換手段として金属(金、銀、銅など)が広く使われるようになりました。次に経済の発展とともに価値が計りやすい金銀貨が使用されるようになり、その後、持ち運びに便利な紙幣が使われるようになりました。そしてこの紙幣は、当初は、金や銀との交換を前提としたもの(兌換紙幣)でしたが、現在では政府の管理によって発行される政府保障の紙幣(不換紙幣)へと変わってきています。キャッシュレス化は、こうした一連の流れの延長として、「決済」が時代の変化に応じて進化していく過程とも言えます。

世界のキャッシュレス化の状況と日本


翻って世界各国のキャッシュレス化の状況をみると、経済産業省の「キャッシュレス・ビジョン」によれば、2015年時点の主要国のキャッシュレス決済比率は、韓国が89.1%、中国60%、カナダ55.4%、英国54.9%、米国45%、仏国39.1%、インド38.4%となっています。他方、日本は18.4%と、14.9%のドイツと並んで20%に達しない水準で、キャッシュレス化では世界から大きく出遅れている状況です。過去には携帯電話の「iモード」で一世を風靡(ふうび)し、かのスティーブジョブスがiPhoneのアイデアの参考にしたと言われるほど世界をリードしていた日本ですが、キャッシュレス化ではその面影は影を潜めています。

      各国のキャッシュレス決済比率の状況(2015年)

日本のキャッシュレス化が遅れている理由は?


日本のキャッシュレス化が出遅れている背景には、いくつかの理由が挙げられます。

一つは、治安の良さです。日本は、世界のなかでも、現金を持って街を歩いていても襲われたり現金を奪われたりすることが少ない国の一つです。むしろ落とした現金が戻ってくるようなお国柄で、世界では珍しい安心して現金を持ち歩くことができる環境にあります。

二つ目は、現金に対する信頼性の高さです。日本の現金は質が高く、見た目も雑菌の付着状況という観点でも、他国と比較して大変奇麗な状態で流通しています。例えば日本では、ATMで紙幣を引き出すと、多くの場合、新札やそれに近い状態の紙幣が出てきます。ところがこれは世界標準ではありません。また、日本の紙幣の偽造の難しさが世界随一であることは、広く知られたところです。このため、日本では、安心して紙幣を財布に入れることができ、かつ紙幣を受取る際には偽札かどうかを意識する必要がありません。このため、現金決済で不都合を感じる人が少ないのです。

三つ目は、貨幣の流通体制が整っている点です。日本は他国と比べて国土が狭く、人口密集度が高いこともあって、全国各地の必要な場所にATM網が整備されています。このため、全国どこでも現金を簡単に引き出すことができます。必要な時に必要な現金を手に入れ易いことは現金を使う側の負担を減らすことにつながり、そのことが使い慣れた現金決済に対する根強い支持の基盤になっていると考えられます。

日本国内のキャッシュレスに係る足元のマクロ環境


では日本は、決済の世界において特別な国なのでしょうか。ここではその検証のため、日本国内のキャッシュレスに係る足元のマクロ環境について、PEST分析を使って整理してみました。

まず「P」政治面では、上述のとおり経済産業省がキャッシュレスの旗振り役となっている状況です。例えば、2010年には「資金決済に関する法律」が施行されていて、それまで銀行だけにしか認められていなかった為替取引が、100万円/回という上限はありますが、銀行以外の企業にも認められるようになりました。この結果として、複数の新しい海外送金業者や LINE Pay、PayPal といったキャッシュレス決済に係る新興勢力が登場するなど大きな変化が起こっています。このように、政治面では、キャッシュレスの流れを大きく後押しする動きがみられるようになっています。

つぎに「E」経済面をみると、人件費の上昇が挙げられます。現金決済経済を維持するためには、実社会レベルで相応のコストが必要です。例えば、ATMへの現金の装填。ATMの運営には、現金を安全にかつ切らすことなくATMへ運搬・装填するための人材が不可欠です。また、決済が行われる小売店においても、毎日の実売上と現金との勘定合わせや必要なおつりの確保、銀行での現金の入金。これらの多くは人の手によって行われています。人件費が高騰するにつれて、これらに掛かる手間を削減する必要性が高まってきています。実際、日本でも、現金お断りの実験店舗を運営する飲食店が出てきていますし、銀行のなかにはATMの運営を外部委託するところも出ています。銀行がデビットカードの普及に多くの宣伝費を掛けている背景にも、ATMの運営コストを削減させたいという意図が見え隠れします。

第三に「S」社会的な側面ですが、これには外国人旅行者の増加があります。観光庁が2009年10月に公表した「訪日外国人個人旅行者が日本旅行中に感じた不便・不満調査」報告書では、外国人の不便や不満の第四位に「クレジットカード利用可能なATMの不足など」が挙がっています。この不満の理由を一歩踏み込んで考えてみると、「お店でクレジットカードが使えなかったので、ATMで現金を引き出そうとしたけれど、ATMでもクレジットカードが使えなかった(すなわち、そもそもクレジットカードが使える店が少ない!)」ということに突き当たります。こうした状況を受けて、多くの外国人の来日が期待できる2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会の開催に向けて、地方商店街や観光地なども含め日本各地で各種クレジットカードを安心して利用できる環境を整備し、訪日外国人が日本での食事や買い物をしやすくすることで経済活性化につなげていこうとする動きがでてきているのです。

最後に「T」技術面の流れをみていきます。ブロックチェーン技術については、多くの媒体で取り上げられていて、改めて検討する必要もないほどです。加えて、日々の生活に係る技術進歩という観点からみたとき、決済に大きな影響を与える事象として、スマホアプリを使った決済技術の進歩をあげることができます。例えば、中国では、あらかじめ店舗のステッカーやPOPに掲示したQRコードを来店客がスマートフォンでスキャンしたうえで、来店客が自ら代金を入力して決済するといった方法が一般化しています。この方式は、小売店にとっても特別な通信デバイスなどの初期投資が不要なため、キャッシュレス決済普及の大きな後押しとなっていると言われています。こうしたスマートフォンに係る技術革新は、日本でもキャッシュレス化の進展にとって強力な後押しとなり得ます。

キャッシュレス化は世界の流れ


こうしてみると、キャッシュレス化は日本も含めて世界の流れと言えそうです。経済産業省は2018年4月に、大阪・関西万博の開催(2025年)までに、日本のキャッシュレス決済比率を40%にまで増やしていく方針を打ち出しています。7年でようやく40%というのは、中国における非現金決済の市場規模が、2009年から2016年までの7年間でおよそ5倍に増えた、という調査(富士通総研

http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/newsletter/2017/no17-014.html)もあるなか、ペースとして遅いのではないかという見方もあるでしょうが、いずれにしてもキャッシュレス化の流れは、今後、日本でも着実に進んでいくことになりそうです。

最後までお読みいただき有難うございました。

次回は、中国でのキャッシュレス化について、深圳を視察したうえで、その動向についてのレポートを予定しています。

株式会社セクションC HP

http://sectionc.tokyo/blog

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