アメリカの黒人の状況を歌った曲〜"Fast Car" 歌詞解説⑤〜
洋楽のヒットチャートで上位になっている “Fast Car” という曲があって、ストーリーがちょっと面白いなと思ったので、こちら↓の解説をしてみています。
最初の歌詞は若者のごくありふれた恋の感じで、2人でここからどこかへ行こうだとか、コンビニで働いて少しのお金を貯めただとか、そうして暮らしていこうみたいな普通の日常を描いているように思えます。
You got a fast car
(君は速く走る車を持ってる)
And I want a ticket to anywhere
(私はどこにでも行けるチケットが欲しい)
Maybe we make a deal
(私たち取引できるかもね)
Maybe together we can get somewhere
(一緒にどこかに行けるかもしれない)
が、途中で「おおっ?」となる箇所があって、という話をしてきました(第2回、第3回、第4回)。
See, my old man's got a problem
(ほら、私の父親には問題があって)
He lives with the bottle, that's the way it is
(酒浸りの生活をしてて、それが現実)
He says his body's too old for working
(父親は体が老いていて働けないと言う)
His body's too young to look like his
(こんな体になるには若すぎるって)
Mama went off and left him
(母親は父親のもとを去っていった)
She wanted more from life than he could give
(母は人生で、父が与えられる以上のものを欲しがった)
I said, "Somebody's got to take care of him"
(私は言った「誰かがお父さんの世話をしなきゃ」)
So, I quit school and that's what I did
(だから、私は学校をやめた。それが私のしたこと)
これはアルコール依存症の家庭でよくある状況で、子供が親の世話係になっているという話を前回しました(こちら)。親子の役割逆転とも言われますね。
この歌をもともと歌っていたのは Tracy Chapman で、1988年のリリースですが(こちら↓)、
ウィキペディアに出ているところによれば、彼女が4歳の時に両親が離婚し、彼女は母親に育てられたようです。
学校では人種差別によるいじめを経験したらしく、大学で人類学を専攻したのもそうした自分の社会経験にあるのでしょう。社会問題をテーマにした歌も多いのもうなずけます。
彼女が有名になったのはネルソン・マンデラの70歳の誕生日コンサートで、そこで急遽、歌えなくなったスティービーワンダーの代打をしたことから。アムネスティ・インターナショナルの人権宣言40周年記念のコンサートでも歌っていたり、「人権」への関心がとても高いみたいですね。
彼女の父親がアルコール依存症だったかどうかは分かりませんが、黒人で、シングルマザーに育てられて、恐らくセクシュアリティもレズビアンであるということで、とてもたくさんのハードルを背負ってきたこと。そういうすべてが彼女の歌声に表れているように思います。
彼女のバージョンのYouTube動画のコメントにはこんな風に書き込みがあります。
I'm 62 yrs old now, I was dating my husband when this song was released.We were two black people trying to make it in the world. We didn't come from money but we had good values within us. We used to listen to this song while riding around on Friday nights talking about our dreams. We could relate to the song about wanting to get away and just start fresh. Today we're living our dreams in our golden years. I didn't know there was a remake of it until looking at my phone and I listen to the country version by Luke Combs . I can still see why it's on Billboards and he did a good job. I teared up justing listening to it thinking about our struggles when we were young with only a high school education facing the world. We're first time grandparents and our kids are doing great.
※要約
(今、62歳で、夫と付き合っていた時に聴いていた曲。夫も私も黒人で、裕福でない家庭に生まれてどうにかしようと頑張っていました。この曲に共感しながら、夫と夢を語り合っいながら、今の現状から抜け出そうとしてた。今はその夢を生きてます。Luke Combs のカントリーバージョンがあるとは知らなかったけど、ヒットになるのは必然でしょう。高卒だけで若くして頑張っていた頃を思って泣きました。今はもう孫もいて、子供も元気にやっています)
I was a teacher at a high school in a very poor area of Oregon. This song makes me cry because it described exactly the lives of so many of my students. The part where I break down is when she said she worked at a convenience store and managed to save up a little money. Just enough to go somewhere, anywhere, where they can be someone, be someone. Rips my guts, those are my students, hundreds of them, trying to find some kind of a better life...
(オレゴンの貧しい地域で、高校教師をしていました。この曲を聞くと私の生徒の多くの生活と全く同じで泣けてきます。特に、コンビニで働いて、少しのお金を貯めて、他の誰かになれる他のどこかへ行く、という部分。それが私の生徒たちの現状で、どうにかして今より良い生活を探そうとしてる)
この曲に共感する黒人の人たちは今も多いのかもしれず、それが長い間のヒットにつながっているのかもしれません。
前回、アルコール依存症の夫が、たとえば、いつものように家の階段から転げ落ちて、倒れて意識を失っているとしたら、妻はその時、どうしたらいいのでしょうか?と問いを投げましたが、長くなってしまったので、それはまた次回に。ちょっと考えてみてくださいね♪
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