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20221119 たっぴ

ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えてゐるのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。

太宰治「津軽」より

今日は竜飛岬へ行った。

青森県は津軽半島、もともと何もない県のさらに何にもない半島を奥へ奥へつつき進んだ極地にある、ちいこ岬が竜飛崎である。

竜飛崎という名前はアイヌ語でタム・パ(剣の先端)という意味。
この辺りは北海道と近かったので、アイヌ文化が地名などにところどころ残っているのだ。

ここ

こんな辺境に何を見に行ったか。 階段国道である。

階段国道とは、竜飛岬を通る国道339号線の一部区間において車道ではなく歩行者のみが通行可能な階段が国道として指定されているエリアのことである。

ここね、ここ

ほかにも海自のレーダーがあったりしていろいろ面白かったので、後々まで覚えておけるように今日の旅行をまとめておく。


・竜飛岬に行く前に、奥津軽いまべつ駅という新幹線駅に立ち寄った。

ここや

この駅は日本で最も一日乗降者数の少ない新幹線駅で、はやぶさ停車駅にもかかわらず一日平均35人程度しか乗降しないそうだ。

写真で見ると立派に見えるが、実際のところこの駅周辺にはガチで何も存在しない。マジで何もない。

周りがめちゃめちゃな山のなかにぽつんと現れるので最初は夢かと思った。

実際のところこの駅は乗降者のためというよりも、保守点検や災害時の拠点的意味合いの強い駅なんだって。


渡り廊下から

この駅の横に津軽二股駅という駅が存在するのだが、その駅がこれ

は?

ちっせ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あまりにも小さいので駅舎が存在せず、隣接する道の駅が駅舎の代わりとなっているらしい。

なんなんだ。



・道中、”日本中央の碑”と書かれた看板を発見し、そのあまりにもおこがましすぎる文言に興味がわき少し調べてみた。

wikipediaによると


1949年(昭和24年)6月21日、当時甲地村であった石文集落近くの赤川上流で千曳在住の川村種吉により発見された、高さ1.5mほどの自然石に「日本中央」と刻まれた碑である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この日本中央碑は平安時代に坂上田村麻呂が矢じりで文字を刻んだと言い伝えられ、多くの和歌に歌枕として詠み込まれてい ”つぼのいしぶみ” と関連がある碑文である、らしい。

それにしても日本中央はおこがましいな。


・もう少し奥に進むと青函トンネルの入り口を発見した。

意外と普通

もう少し仰々しい感じなのかなと思ったら意外と何の変哲もないトンネルの入り口で少し拍子抜けした。

新幹線が通ればうれしいなと思ったが、残念ながらこの時新幹線が通ることはなかった。 泣

雑だな~

雑すぎるトンネル稲荷を発見。


・さらに北上し、津軽半島東岸に沿いながら竜飛岬を目指す。

google earthさんありがとう

ここまで海岸線に沿って走っていたのだが、その間ずっと家が途切れなかった。

三厩(みんまや)という古くからの漁村エリアらしい。

塗装もなにもされていない素の木材で壁を鎧張りにした家々が山と海の間のほんの少しの場所に一列なって延々と続いている。

本当に昭和、もしかしたらもっと前で時が止まっているかのような本当に不思議で面白い地帯だなと思う。

さらに、中学生集団を発見。

このあたりの中学校の生徒らしい。

やはり人が住むところには子供もいるんだなとおもったら、三厩中学の生徒数は一年生4人二年生8人三年生8年の合計20人。

つまり私が見た集団が全校生徒だったのだ。

怖いねぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(黄猿)


そうこうしているうちに本日の目的地竜飛崎に到着。

真ん中にめちゃめちゃ映り込んでいた人をAIで削除

海風が吹きすさぶ中、誰かがならしたであろう「津軽海峡冬景色」だけが流れている。

階段国道に向かう前に駐車場に併設された小さな土産物屋に入ったところ、ふろふき大根をもらえた。

どうやら今日までしか土産物屋は空いておらず、明日からは冬季休業となるらしい。

竜飛岬には青函トンネル記念館というものもあるのだが、そこも冬季休業ということで閉館。

冬になるとこの辺りは雪で完全に閉ざされるんだろうな。

せっかくなのでお土産を買った。

昆布を粉にしたものだそうだ。

夜飯の豚ラーメンに少し入れてみたところ、残り汁が完全にスライムになって面白かった。


階段国道を歩いてみる。

階段

階段国道。道としては何の変哲もない階段。

赤の部分が階段国道。

オレンジのラインで示されているのが国道339号線。
この高低差70mをどうしようかということで設置されているのが階段国道なんだそう。

中腹にあるのは旧竜飛小中学校跡。

こんなところに通っていた子供もいたんだな…

真ん中
下から

ところで、竜飛岬には海上自衛隊の基地が存在する。

「海上自衛隊竜飛警備所」と呼ばれる小さな基地で、対岸にある松前警備所と対になって津軽海峡を通過する艦船の監視等の任務を実施している。

竜飛警備所のレーダー
人も住んでる

赤丸で囲まれている部分が防衛省敷地となっている。

ここに勤務する隊員は大変だろうな。 

見たところ売店もなさそうだし、気候もやばそうだ。

私だったら1週間で逃亡するかも。

それにしても津軽海峡は狭い。 竜飛岬の先端から向こうを望めば、北海道がすぐそこに見える。

こんな狭いところがが公海でいろんな国の艦船が行ったり来たりしているんだと考えると改めてすごいな、と思う。


階段国道を下に降りると竜飛の集落がある。

太宰治はこの集落を小説「津軽」でこのように表現している。

ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えてゐるのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。

太宰治「津軽」


どんづまり

ここから先には何もない。

ゲームとかではよく「この先進行不能」となっているエリアがあるが、現実でそれにぶち当たると不思議な気分だ。


いきどまり


集落に降りて少し歩くと、太宰治記念碑があった。

津軽の一文が彫られている

これはまあいい。

は?

なぜか記念碑の周りにライオンやシロクマ、リスなどの像が無造作に配置されており、意味不明すぎる。

なんで?

さらにここに向かう途中道端に何らかの鳥類の頭骨が転がっていて、強い恐怖を感じた。

太宰治記念館 中には誰もいなかったので入れなかった

ちなみに国道339号線は冬季一部区間通行止めとなるらしい。
知らずに通行しようとしたら行き止まりになっていてびっくりした。


帰路の途中、高山稲荷というところに立ち寄った。

伏見稲荷よろしく千本鳥居があり、青森県でも存在感のある神社だそうだ。


いいね
なんか新しい

妙に鳥居があたらしいな、と思ったら令和になってから老朽化のため鳥居を強化ビニル製に建て替えてあるそう。

一基15万円らしい。 安い。

鳥居を触ってみたところ、明らかに中空の音がして面白かった。

おそらく鳥居の数は200基くらい。

伏見と比べてはあれだが1000本というにはだいぶ少ない。

まあ信仰というのは鳥居の材質や数、歴史の長さで決まるものではないから、まあ、いいか。

今年(もうあと少しで終わるか)の運勢を知りたくておみくじを引いた。

微妙

末吉。

末吉ってわかりにくい。 大吉、吉、N、R、SR、SSRくらいのわかりやすさで伝えてほしい。


帰ってきて一息つこうと思ったが、ここですべてを ”終わり” にしたいという欲が出て、セブンの豚ラーメンを食べてしまった。

くっさ♡ 血糖値スパイクビンビンになるっ♡

ちゃんと日記を書こうとおもったが、あまりにも眠くなってきたので明日日記は書くこととする。

追記:書いた

本日は以上。

今日の飯 朝チョコクリームパン 昼味噌ラーメン 夜豚ラーメン



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