本物と贋作
朝井リョウ著『発注いただきました!』(集英社)を読んだ。本書はタイトル通り、企業の商品や広告の為に書かれた小説とエッセイが一冊にまとめられた、ファンにとっては有り難い本。なぜなら、掲載された媒体を全て入手して読むのはとても困難だから。他の作家さんもこのようなコンセプトの本を出して欲しいものだ(既に出されている方もいるが)。
キャラメルの箱に「オマケ」として印刷された小説、新聞連載のエッセイ、漫画とのコラボレーション小説など、企業と掲載媒体は多岐に渡り、それだけ朝井リョウという小説家の物語を必要としている(商品や広告の付加価値があると思われている)ということが嬉しかった。一応デビュー作からずっと読んでいる「古参」なので。(笑)
本書の最後に収録されている「贋作」という短編はこの本の為に書き下ろされたものだ。朝井氏曰く『寄せ集め本と思われないように』とのこと。新作が読めるのは何にせよ嬉しい。
で。
この「贋作」がとてつもなく良くて、私は震えた。
国民栄誉賞の記念品製作を受注した小さな硯工房。とある人気書道家に贈呈する、名産の岩から作る硯を納品することになった。その書道家は若い男性で、控えめで礼儀を重んじ、書道パフォーマンスの前の「祈り」や白装束など、見た目も中身も賞賛され、国民的な人気を博している。製作する硯工房は初老の夫婦と青年の弟子の3人で営んでおり、妻が件の書道家の大ファンであるし、経営が傾きつつある工房にとって、この受注は喜ばしいこと、だったのだが……。
という物語。
私は最初、この書道家のようなこだわりや姿勢は、何か「良いもの」のように感じていた。が、この物語の視点人物「祥久」の目を通して見ていくと、祥久の過去のエピソードも相俟って全く違った印象になっていった。
『自分を良く見せるために他者から何かを奪い取り、自分の額縁に飾る』という表現は、そのまま額縁の中身(=人間)に対するタイトルの「贋作」に繋がるのだと読後に気付いた時、私は心の震えが止まらなかった。朝井リョウの小説の好きなところは、「人間の無自覚な悪意」を直視させられるところなのだが、本作もやはり、「良いもの」と思っていた部分が鮮やかに反転し、「醜い」と思うようになっていた。
そういった意味で朝井リョウは「本物」だなと感じた読書であった。